赤字の元凶であるモバイル事業の契約数は復調傾向にあるが、依然として綱渡りの経営は続いている(撮影:風間仁一郎)

強気と弱気が入り交じるシナリオだった。

楽天グループが11月9日に発表した2023年1〜9月期決算は、売上高1兆4912億円(前年同期比9.7%増)、営業損益が1795億円の赤字(前年同期は2929億円の赤字)で着地した。

前年同期から1000億円近く赤字が縮小した最大の要因は、グループ全体の足を引っ張るモバイル事業のコスト削減が進んだことだ。

KDDIと今春交わした新ローミング契約の進展などによって、基地局整備をはじめとするネットワーク関連費用が大幅に減少したほか、営業費用の抑制も効いている。

2024年中の単月黒字化に現実味?

コスト削減については従来予想されていたものであり、サプライズはない。今回の決算の注目点は、これまで曖昧にしていたモバイル事業の黒字化の時期が提示されたことだろう。

楽天は同日、2024年12月までにモバイル事業をEBITDA(利払い前、税引き前、減価償却前利益)ベースで単月黒字化し、2025年度は通期で黒字化させる方針を明らかにした。

黒字化の条件として楽天は、800万〜1000万回線(2023年10月末時点ではMVNOを除き、541万)の獲得が必要としている。それを今後1年強で達成する構えだ。

決して手の届かない水準ではない。足元では契約数の純増ペースが加速しており、2023年10月単月での純増数は19万2000だった。これを11月以降も維持できれば、単純計算で2024年12月には809万回線に達し、黒字化の条件の下限である800万を超えることになる。

「ネットワーク品質の改善によって解約率が下がり、法人契約も拡大している」。楽天グループの三木谷浩史会長兼社長は、11月9日の決算説明会の場でそう胸を張った。

楽天は当初、2023年中のモバイル事業の単月黒字化を目指していたが、契約数の伸び悩みなどを背景として2023年5月に撤回していた。直近の契約数の増勢ぶりに手応えを得て、改めて黒字化のメドを提示してきた格好だ。


モバイル事業の前途に自信をみなぎらせた決算発表だった一方、その直前には楽天の“弱気”が垣間見えた一件もあった。障害物を迂回してつながりやすい周波数帯「プラチナバンド」の獲得に当たり、総務省へ申請した計画の中身である。

楽天モバイルは10月23日、プラチナバンドの1つである700MHz(メガヘルツ)帯で新たに3MHzの電波の割り当てを受けた。

大手通信キャリア4社の中で唯一プラチナバンドを持っていなかった楽天モバイルは、長らく割り当てを要望してきた。獲得が正式に決まったことにより、自社回線の大幅な通信品質向上が期待できる。

保守的すぎる計画の中身

国民の公共資産とも言える周波数の割り当てを受ける際、申請した事業者は周波数をどう有効活用するかについての計画を、所轄官庁である総務省へ提出する必要がある。楽天モバイルも8〜9月の間に計画をとりまとめ、総務省へ提出していた。

割り当て決定後に公表された計画によれば、楽天モバイルは単年度黒字化を2026年度、プラチナバンドのサービス開始を同年3月に予定しているという。

決算説明会の場で示されたシナリオと比べると、通期黒字化までに1年のバッファーを設けていることになる。このペースを維持したまま契約数を積み上げていけるのか、楽天自身も不透明感を持っていることがうかがえる。

プラチナバンドのサービス開始時期についても、競合からは「すごい遅いペース」(KDDIの郄橋誠社長)との声が上がるほど保守的なものだった。

11月9日に開示した決算資料では「主要都市部から優先的に対応し、2024年早期でのオンエアを目指す」とし、計画の前倒しを示唆している。ただ、サービス開始までに追加で基地局整備などを進める必要があり、状況は流動的と考えておいたほうがいいだろう。

楽天の試算によると、プラチナバンドを利用するために今後10年間で新たに1万を超える基地局の整備が必要となり、544億円の追加設備投資を計画しているという。

この計画に対し通信業界からは、「500億円の投資でできるとはさすがに思わない。かつてソフトバンクがプラチナバンドの割り当てを受けた際は、3年間で2兆円を投資しても、まだつながらないと言われ続けた」(ソフトバンクの宮川潤一社長)といった声も聞こえる。

楽天モバイルでは、クラウドなどを駆使した「仮想化」という新技術で通信ネットワークを構築している。必要となるハードウェア機器が少ない分、競合キャリアと比べてコストを低く抑えている。そうした違いから、楽天としては500億円強の設備投資のみでプラチナバンドを整備できるという主張だ。

しかしこれまでを振り返ると、モバイル事業への設備投資は当初掲げていた約6000億円の計画から、1兆円を超える規模まで膨らんできた。予想以上にコストがかかるといった事態に陥れば、プラチナバンドの運用開始時期も遠のきかねない。

巨額の社債償還へ依然続く「綱渡り」

というのも楽天にとって、巨額の社債償還に向けた原資の確保が目先の課題となっているからだ。モバイル事業への巨額投資のために社債発行を続けた結果、楽天が2025年までに償還を迎える社債の額は、劣後債も含めると約9000億円に達する。

11月9日には、楽天証券の株式約29%をみずほ証券へ追加譲渡し、約870億円の資金を調達すると発表した。みずほ証券の出資比率は49%にまで拡大する。

楽天はこうした借り入れや社債発行に頼らない形での資金調達に奔走しており、4月には楽天銀行を株式上場させた。楽天証券の親会社である楽天証券ホールディングスも東証へ上場申請していたが、今回のみずほ証券からの追加出資に伴い、申請を取り下げている。

市場からは「社債償還のための資金調達はまだ不十分」(証券アナリスト)との声が上がり、綱渡りの経営は依然として続きそうだ。苦しい状況を脱するためにも、赤字の元凶であるモバイル事業の黒字化が急がれるのは言うまでもない。通信品質改善のカギを握るプラチナバンドの運用に必要な投資をどう捻出していくか、バランスのとり方が悩ましいところだ。

楽観と悲観が交錯する楽天の展望。その先行きは、まだ視界不良だ。

( 高野 馨太 : 東洋経済 記者)