モバイル事業に多額の資金を投じてきた三木谷浩史会長兼社長率いる楽天グループ(撮影:風間仁一郎)

「追加出資はナンピン」。みずほ証券による楽天証券への追加出資をそう評したのは、SBIホールディングス(HD)の北尾吉孝会長兼社長だ。

手持ちの株が値下がりしたとき、その銘柄を買い増して買い値の平均を下げるのがナンピン買い。だが逆張りには、リスクも伴う。

楽天グループは11月9日、楽天証券HDが保有する楽天証券株式の29・01%をみずほ証券に売却すると発表した。みずほ証券は2022年10月に楽天証券株19・99%を取得済み。計49%を出資することになる。これにより、楽天は年内を予定していた楽天証券HDの東証への新規株式公開(IPO)を取りやめる。

楽天グループの三木谷浩史会長兼社長は、この日の決算説明会で「リアルに強いみずほと強いパートナーシップを作る」と説明した。楽天証券HDの上場方針は撤回せず、2024年以降に再び上場申請を行う予定だ。

SBIに追随して手数料を無料化

楽天証券の9月までの業績は好調だった。2023年1〜9月期の純営業収益は前年同期比20%増の805億円。取引関係費の増加抑制などが効き、営業利益は同95%増の240億円に達した。

好調な業績に加えて、新NISA(少額投資非課税制度)や「資産運用立国」といった国の政策を背景に業容を拡大させれば、市場で高い評価を得られ、多額の資金を手にできたはずだ。

それが土壇場になって上場延期に追い込まれたのは、10月から始まった国内株取引の手数料無料化で事業計画が狂ったからだ、との見方が強い。なお楽天証券HDは、「無料化前の8月に公表した中長期目標にて織り込み済みのイベントであり、とくにサプライズではない」と、コメントする。
【11月17日12時50分注記】上記の会社側コメントを追記します

無料化を仕掛けたのは、ネット証券最大手のSBI証券。その動きに楽天証券が追随した。信用取引や外国株取引の拡大で減収分を補う予定だが、収益の2割近くを占める手数料を得られなくなったことの痛手は大きかった。

手数料なしでサービスを提供し続ける反面、システム維持コストなどは従前と変わらず必要だ。減収分が、そのまま利益の引き下げ要因になってしまう。楽天証券は2023年に入ってから、同じグループである楽天カードに支払う手数料を見直すなどしてコスト削減に取り組んできた。

そうしたかいもあって営業赤字転落は免れそうだが、当初見込んでいたほどの収益性は得られず、結果的に上場時の株価が低くなってしまう可能性があった。それではモバイル事業の赤字にあえぐ楽天グループが手にする資金が減ってしまう。

今回、上場申請を取り下げたが、上場で得られるはずだった資金をみずほ証券からの追加出資で補った形だ。

楽天経済圏のうまみを狙うみずほ

「これを機にみずほは楽天証券を取り込むつもりではないのか」。ある証券会社幹部は、みずほ証券の追加出資をこのように受け止めた。

手数料無料化の発表後、ネット証券業界は再編の動きが急だ。10月にはマネックスグループが傘下のマネックス証券の株式約49%をNTTドコモに売り渡し、連結子会社から外すと決定した。楽天証券は連結から外れないものの、明け渡す資本は同程度となる。会社規模が大きいだけにインパクトはより大きなものだ。

一方、三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)は、SBIHDとの関係を深め、SMFGが展開する個人向け金融サービス「Olive(オリーブ)」でSBI証券と提携している。それがみずほの危機感を高める要因の1つだ。楽天はECやカードを含めた国内最大ともされる「楽天経済圏」を抱える。みずほが楽天経済圏のうまみを最大限享受したいという狙いも透ける。


SBI証券は三井住友フィナンシャルグループの個人向け総合金融サービス「Olive(オリーブ)」でサービスを提供する。写真はサービス発表時の会見(撮影:尾形文繁)

ただ、SBIHDの北尾会長が「ナンピン」と評したように、楽天証券への追加出資でみずほも相応のリスクを負う。

最初に約20%を取得することになった22年の出資額は800億円。今回の約30%の追加取得の価格は870億円で、単純計算では1株当たりの価格が25%ほど下がっている。手数料無料化の影響が今後具体的に見えてくる中で、以前の出資分に減損リスクが生じる懸念はある。

なおみずほFGは、楽天証券の国内株式取引手数料の無料化の影響を勘案した結果、今回の追加取得価格を算出しているとIRプレゼーションの場で公にしている。
【11月17日12時50分注記】上記を追記します

この下半期は「時代の転換点」か

楽天証券にとって最大のライバルであるSBI証券は高みの見物を決め込む。SBIHDの中間決算説明会で北尾会長は、「楽天のIPOを邪魔するために(無料化を)やったわけではない。楽天がどうなるかはまったく意識していない」と語った。

「われわれはずっと前から(無料化の)準備をしており、手数料の減収分をオフセットできると確信している。今も新しいプロジェクトを考えている」。北尾会長はそう強調しつつ、「下半期(23年10月〜24年3月)は時代の転換点になる」と予言した。

今後、注目は新規口座獲得競争がどうなるかだ。楽天もSBIも無料化発表後に新規口座が増えていると説明するが、本格的な影響を判断するにはまだ早い。松井証券など無料化に追随しなかったネット証券各社からは「顧客流出などは思ったほどの影響がなかった」との指摘も上がっている。

仮に無料化が顧客獲得に影響がなかったとすれば、楽天証券にとってはみすみす収益機会を逃しただけといったことになってしまう。無料化時代の活路をどう見いだすのか。楽天証券は正念場を迎えている。

(高橋 玲央 : 東洋経済 記者)