SNSでの意見を活用した企業プロモーションは多々あるなかで、成功する例もあれば炎上する例も……(写真:Ryuji/PIXTA)

「焼肉のタレがわかりにくい」。牛めし(牛丼)・定食チェーン「松屋」へ寄せられた要望に、公式SNSが反応して、話題を呼んでいる。タレのボトルに添えられた英訳では、その中身を区別できないとの意見を受けて、新たな表記を募集したのだ。

筆者はネットメディア編集者として、SNSでの意見や交流を活用した企業プロモーションを10年以上ながめてきた。大成功した事例から、あざとすぎて「炎上」してしまったケースまで――。

ウェブ上で「消費者の声」を集めることには、メリット・デメリットの両面がある。今回は「タレのボトル」を起点に考えてみよう。

「Yakiniku Sauce」が話題に、SNSで即施策化?

事の発端は、松屋店内の卓上に置かれている「タレ」だ。ボトルは現在、「甘口」「バーベキュー」「ポン酢」の3種があるが、添えられている英訳はすべて「Yakiniku Sauce」。これが外国人客には難しいのではないかと、2023年11月上旬からSNS上で話題となり、一部メディアも報じた。

たとえばBuzzFeed Japanの記事(11月9日配信)では、運営会社・松屋フーズへの電話取材の様子をあわせて伝え、「変更することを含めて検討」などの回答を引き出している。

そんななか11月10日に、松屋は公式X(旧ツイッター)アカウントで、英訳の提案を「緊急募集」すると告知した。期間は3日間で、引用リポスト(旧リツイート)での提案を集め、抽選で1人に「焼肉のタレ」3種の現行ボトルをプレゼントするという。

この呼びかけに対して、「翻訳のプロに頼めばいいのでは」といった冷ややかな声もあるが、純粋に改名案を挙げるユーザーも続出。

「表記がわかりづらい」との指摘が話題となった直後、すぐさま動いたことにより、一般ユーザーの投稿をふくめた「仕込み」や「やらせ」といった、いわゆる「炎上商法」を疑う声もゼロではないが、おおむね好評なようだ。


英訳がすべて「Yakiniku Sauce」。写真は2023年11月14日時点のもの(編集部撮影)

消費者を巻き込むSNSマーケティングは、諸刃の剣ではありながら、もし成功すれば、新たなファン獲得や、既存ファンの親密度を高められる余地がある。企業のPR戦略としても、大いに参考になる事例になりそうな印象だ。

噴出する券売機への不満、思い出される過去の黒歴史

ところが、X(旧ツイッター)を離れると、異なる声が浮かんでくる。どういうものかと言うと、今回の施策とは関係のない、「券売機」への苦言が、ニュースサイトのコメント欄で多く見られるのだ。

松屋において券売機は、ここ最近、消費者軽視ではないかと受け止められてきた事例だ。かつては商品別のボタン式だったが、タッチパネル方式になってから、操作が難しくなったとの声がでてきた。

UI(ユーザーインターフェース)の観点から、「一覧性がない」「何度も繰り返しタップする必要がある」といった指摘が相次ぎ、改良を経た今なお、不満のSNS投稿は絶えない。つい先日も、スマートフォンによるモバイルオーダーを勧める店内POPに、「操作が煩雑で、渋滞ができるからでは」とのヤジが飛んでいた。

券売機への積もり積もった不満が、焼肉のタレの英語表記の騒動にも飛び火してくる。まるでそれは、「SNS上の小手先の施策よりも、もっと大事なところを改善してほしい」……という消費者の叫びのようにも思える。

そんな現状を打開できるかもしれない英訳公募だが、先ほど筆者は「消費者を巻き込むSNSマーケティングは諸刃の剣だ」とも指摘した。その一例として、かつて松屋自身が経験した炎上が挙げられる。もはや「黒歴史」といえる、カレー終売騒動だ。

松屋は2019年11月、公式ツイッター(当時)で「松屋の定番。オリジナルカレー。まもなく本当に無くなります」と終売を告知した。投稿には「#松屋は牛めし屋」のハッシュタグも添えられていたことから、松屋からカレー全般が姿を消すのでは、と感じたファンからは、惜しむ声が相次いだ。

深夜の発表だったが、「オリジナルカレー終売」の速報は、すぐさまSNS上で拡散され、未明に産経新聞ウェブ版が「松屋、カレーやめるってよ 牛丼の松屋、公式ツイッターで告知」の見出しで記事化すると、さらにタイムラインには嘆きが増えていく。

結論から言えば、松屋からカレーは、なくならなかった。約12時間後の翌朝になって、オリジナルカレーに代わり、期間限定だった「創業ビーフカレー」が定番商品となると発表されたのだ。すると、カレー系商品の継続を喜ぶ反応のみならず、「心配して損した」との失望も続出した。

産経の見出しは、結果的に先走りすぎた感もあるが、同様の勘違いをしていた人も多かっただろう。一連の経緯によって、松屋は「炎上」し、多大なバッシングを受けた。その影響があったのかは不明だが、出鼻をくじかれた「創業ビーフカレー」は短命に終わり、「オリジナルカレー」の復帰を経て、2023年1月からは、創業ビーフカレーを「パワーアップ」させたという「松屋ビーフカレー」となっている。

「松屋のタレ」の一件を聞いて、もうひとつ筆者の頭に浮かんだことがあった。コンビニエンスストア「ローソン」のプライベートブランド(PB)商品をめぐる騒動だ。2020年春のリニューアルで、商品パッケージが一新されたものの、ブランド内の統一感を目指すあまり、遠目からでは商品間の見分けがつきにくいと非難をあびたのだ。

人気デザイナーの佐藤オオキ氏がひきいるデザインオフィス「nendo(ネンド)」をクリエイティブパートナーに迎えて、「ご家庭での生活を豊かに楽しんでいただく」ことを目的とした施策だった。

企業側のねらい通り、「おしゃれでカワイイ」「シンプルでスッキリしている」といった反応もあったものの、SNS上では「不便だ」との意見も散見された。結果的に、商品写真を拡大するなどの対応が取られた。

成功した事例も存在する

ただ、諸刃の剣である以上、成功するケースも当然ある。

「SNSで寄せられたニーズを、プロモーションに活用する」という意味では、ハンバーガーチェーン「バーガーキング」の例も思い出される。2019年に「下北沢店作ってくれや」と一般ユーザーから投稿されると、半年後に公式アカウントが「作ってんで!」と返答。軽妙な口調に加えて、工事中の店舗に、そのやりとりのスクリーンショットが貼り出され、さらなる話題を呼んだ。

いかに消費者のニーズをくみ取り、商品や店舗に反映させるかは、とくに外食のようなBtoCビジネスでは重要となる。その点、バーガーキングの事例は、うまくSNSを活用した事例だったと言えるだろう。

消費者との絶妙なさじ加減が必要

「松屋」ブランドは現在、約1000店舗で展開されている。全店のタレボトルを更新するとなると、ある程度の労力や費用もかかる。それだけに、フットワーク軽く動いた、今回のキャンペーンが成功すれば、消費者に好印象を残すだろう。券売機への不満が、ある程度残っていたとしてもだ。


モバイルオーダーにも取り込んでいる松屋。「操作が煩雑で、渋滞ができるからでは」とのヤジもあるが、改善途中なのだろう(編集部撮影)

サービス業の肝であるところのUIやUX(ユーザーエクスペリエンス)を、消費者に委ねることによって、パブリックリレーションの潤滑油になり得る。ただ、「なんでも消費者の意見を聞いてくれる」となってしまうと、事業戦略と顧客ニーズが合わなかったときに、「裏切られた」とか「都合のいいときだけ客頼みしやがって」などと感じさせてしまう。また「客にこびている」とも思わせるわけにもいかず、絶妙なさじ加減が必要となる……。

松屋店内で食べていると、頻繁に「みんなの食卓でありたい、ま・つ・や!」のサウンドロゴが流れる。タレボトルを接点として、SNSで「あなたのアイデア」を募る。数多くの「あなた」を束ねた先に、「みんなのアイデア」が生まれる――。より松屋が「みんなの食卓」に近づく一歩になると期待している。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)