消耗戦は「ロシアに有利」と証言したウクライナ軍のザルジニー総司令官(写真・ゲッティ=共同)

潮目が変わる時期がある。今回のイスラエルとガザの紛争の後、ウクライナ問題に関する西側の大手メディア報道の流れは大きく変わった(日本の報道だけはそうでないようだが)。

2022年2月から、ウクライナ擁護とウクライナ支援で動いていた西側の主要メディアは、すべてのニュースを反ロシアで固めていった。それは、19世紀ロンドンの『タイムズ』紙が行った「反ロシア」の世論操作とよく似ていた。

西側のニュースソースは、ウクライナ政府とアメリカ政府に依存していた。だからこそ、一方の当事者側の希望的観測だけが1人歩きし、現実に起こっていることは十分考慮されず、一方的な方向からのみメディアは発表し続けてきた。

それは、ウクライナへの支援を西側の国民に納得させるために、都合よく行われた操作でもあったといえる。

「ウクライナ善人説」が闊歩した結果

結果的に西側では、「ウクライナ善人説」が闊歩し、「民主主義を守る正義の戦い」と位置づけられ、ウクライナ支持の声は日増しに増大していった。

こうした戦争報道は、しばしばわれわれを迷妄にみちびく。負けている戦いが、勝っている戦いに変貌し、人々に勝利を確信させ、無謀な戦争の拡大へと駆り立てる。そこで失われるのは尊い人命であるが、好戦的議論が戦争を継続させ、停戦のタイミングをずらしていく。

ウクライナの戦争責任者、陸軍の司令官ザルジニーのインタビューが、『エコノミスト』誌や『タイムズ』誌に掲載された。そのインタビュー記事は、2023年6月4日から始まったウクライナの攻勢が、結局多くの犠牲をともなって成功しなかったことを明らかにしていた。

戦争当事者が戦争の最中、自らの失敗を認めるなどということは通常ではありえない。しかも、勝利を確信させ、さらなる武器援助をゼレンスキー政権が拡大しようとしていた矢先である。

西側メディアが真のジャーナリズムに立ち返ったのか。いやそうではない。イスラエルとガザの紛争という新たなる戦争が起き、アメリカも、二兎を追うことが財政的に不可能になってきたからであった。

早速ウクライナへの支援のストップが問題になった。もう少しでの援助で勝利が得られれば、援助の切り捨てなどはありえない。とすると、勝利はありえず、もはや負け戦であり、支援が無駄であることを認めざるをえなくなったということかもしれない。

これはいわば勝利を信じてきた人々にとって青天の霹靂であり、正義の勝利を信じた人々は戸惑いを隠せないはずだ。金の切れ目が縁の切れ目という言葉のように、停戦はやむをえないことなのか。

2023年6月攻勢の経緯

ロシア側(中国、インドなどを含む)の報道も使いながら、2023年6月のウクライナ攻勢のこれまでの状況を見てみよう。

ロシアは2022年秋、同年2月以降拡大していた戦線を大幅に縮小した。占領地域をロシアに編入し、国土防衛線を構築し始めた。この撤退が、西側では勝利と見られ、「ロシア弱し」という憶測を生む。

ドンバスからクリミアまで1000キロメートルに長く伸びた戦線は、ロシアのみならずウクライナにとっても、かなり難しい問題を投げつけていた。ロシアはこの新しい国境を守るべく、ドニエプル川の左岸に堡塁を頑強に幾重にもつくりあげていた。

この強力な防衛線を打破するには、どこか1点にターゲットを絞るしかない。そしてクリミアに至るザポロージャからケルソンに至る地域がその対象となる。それが2023年6月4日からのウクライナの総攻撃であった。

ドニエプル川の堤防決壊は、ウクライナ側にとって有利になったはずである。それはロシアがもっているクリミア半島に至る水路を断たれ、なおかつドニエプル川左岸の低地が洪水になったからである。

その後、クリミアとロシアを結ぶケルチやセバストポリの攻撃は、クリミア奪回という目的の旗印となる。

しかしロシアの防衛戦は頑強で、進みえたのはわずかザポロージャ近くのロボチネだけであった。その一方、北のクピアンスクやアフデーフカなどでは、どんどん陣地を失っていった。

しかも、その進撃した地域で何度も繰り返される突撃攻撃は、武器や兵員の損失を増大させるばかりで、ほとんど進展はなかった。

そこで先のザルジニーの発言となる。数カ月にわたる攻撃は人的被害を増大させただけで、本来の目標を到達できず手詰まり(Stalemate)の状態を作り出したというのである。

もちろん、ザルジニーは2024年に行われる次期大統領選の有力候補と目されている。その牽制ともとれる発言に対して、ゼレンスキーはいらだち、現在ウクライナ政府には内紛の種が蒔かれているといわれる。

ザルジニーとゼレンスキーは2022年秋の作戦においても、対立していたといわれる。後退するロシア軍を深追いしてロシアを殲滅せんとするゼレンスキーに対し、深追いはせずに春を待つという慎重なザルジニーとが対立していたというものだ。

ゼレンスキーは西側の援助を勝ち取るために戦果がほしい。しかし、軍はそれだけの体制が整っていない。その軋轢の中で対立が起きたというのである。

ウクライナで生じる内紛の火種

本来ならば、2024年5月にウクライナでは大統領選があるはずである。2023年10月に出たアンケートでは、ウクライナ人のゼレンスキーへの支持率は急激に下がっている。

90%の人々はウクライナの勝利を信じているというのだが、長引く戦争に厭戦ムードも出ている。ゼレンスキー政権は「戦争」という自転車に乗った政権であり、自転車が停止すると倒れかねない。

唯一の頼りが西側からの援助であり、それによって戦争を支えるしかない。ウクライナ戦争が代理戦争であるかぎり、ゼレンスキー政権は存続するのである。

しかし、この戦争をアメリカの代理戦争ではなく、スラブ人同士の問題として考えると、この長引く戦争はある意味同士討ちでもある。その意味で停戦を望む声も大きい。

停戦を望む大統領候補(ザルジニーのような強力なライバルなど)が出現すれば、意外と支持を得る可能性は高い。一時期、本命と言われていたキエフ市長クリチコの復活もあるかもしれない。

アメリカは最近ロシアとの停戦の話もちらつかせ始めている。その流れで、ウクライナ戦争の手詰まりという言葉が出たのである。

最近アメリカやヨーロッパのメディアの関心は、完全にイスラエルとガザとの戦争状況に移っている。メディアは、その中で少しずつウクライナ戦争の真実を暴露し始めている。

状況を知らず突撃だけを命じるゼレンスキーに対する批判の声も軍部に出ている。それが先のザルジニーの発言となったのである。

一方で、疲弊した軍隊が戦争を継続することは難しい。ウクライナに勝利する能力がないばかりでなく、ひょっとすると長く伸びた戦線を守る防衛能力もないかもしれない。兵員が足りないのである。その天王山が、北のクピアンスクとアフデフカであろう。

ウクライナのこの砦が突破されれば、ずるずると後退する可能性はある。ロシアは2022年同様厳しい冬を待っている。ウクライナがロシア側の強固な第1次防衛戦を突破したのはドニエプル川のロボチナだけだが、その近くのトクマクにロシアの兵員が増強されつつあるというニュースもある。そうなると南のドニエプル川戦線も厳しい冬を迎えることになるかもしれない。

西側メディアに踊らされたウクライナ

しかし、あきれるのは西側の政治家とメディアの問題である。さんざんウクライナ支持をあおり、戦争を西側世界のデモクラシーを守る戦争だとかき立て、強力な資金力と軍事力をもってさえすれば簡単にロシアに勝利できると思わせた責任は大きい。

ウクライナはそれに踊らされてその気になり、無謀にもロシアを挑発し、戦争に入っていったともいえるからだ。

西側のロシアに対する経済制裁は、結局効果なく終わったばかりか、むしろロシア経済は成長しているかに見える。その原因は、アメリカの経済制裁に苦しむアジア・アフリカの国々がロシア支持に回ったことにある。

BRICS諸国がロシアとの貿易をドルを使わないで行ったことで、ドル封鎖をしても効果がなくなったのである。そればかりか、ドルを使わなくとも他の通貨で国際貿易が可能だということを知ってしまったことのほうが重大である。

最初のもくろみが誤算であったことがわかりつつある中で、それまでの報道とどう折り合いをつけるのか。強いアメリカとEUというイメージの崩壊をどう食い止めるのか。ガザなどに戦線を拡大し、現在の状況を打破することに出るのか。

それとも第3次世界大戦という暴挙に出るのか。それともウクライナ戦争の停戦をし、少しでも陣地を確保することに努めるのか。この冬はその山場である。

ウクライナはアメリカの援助がなければ、戦う能力はない。アメリカの援助があってさえも、勝てないのだから、戦争継続はウクライナの人々に悲惨な結果をもたらすはずだ。

かつてナチスのヒトラーはロシア戦線の失敗をものともせず、戦い続けて敗北した。その敗北は、首都ベルリンの陥落とナチスの滅亡、そして大量の自国民や他国民の犠牲を生み出した。

そんな暴挙をゼレンスキーは行うのか。これではプーチンが批判するように、ネオナチそのものである。民主主義があるというのなら、政権を移譲しても停戦合意にたどりつき、疲弊した国家と国民を立て直すべきであろう。それには勇気がいる。  

西側のマスコミは、もうあおり続けるのをやめるべきである。冷静に戦況を分析し、しかるべき停戦合意の指針を示すことが求められる。

(的場 昭弘 : 哲学者、経済学者)