©1980/提供:リトルモア

映画制作を取り巻く環境が変化する現在。技術的進歩やシステム・場所の変化など、制作手法・環境は常に進化している。そんな映画制作の現場を紹介していく。

昨今、名作映画がデジタルリマスター版として再上映される機会が増えてきている。では実際の修復作業とは一体どんな仕事なのか。

第31回ベルリン国際映画祭審査員特別賞をはじめ、第4回日本アカデミー賞最優秀作品賞、1980年度キネマ旬報ベストテン日本映画第1位など、国内の映画賞を独占した『ツィゴイネルワイゼン』が鈴木清順監督生誕100年を記念して、4Kデジタル完全修復版で、4月15日(土)よりユーロスペースにて、プレミア先行限定公開される。

撮影技師の志賀葉一氏(『ツィゴイネルワイゼン』撮影助手)と撮影技師の藤澤順一氏(『夢二』撮影技師、『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』撮影助手)が全面監修。

本作の4Kデジタル修復を手掛けたのは、株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、Imagica EMS)。1935年(昭和10年)、映画のフィルム現像・プリント事業ラボ「極東現像所」として設立以来、半世紀以上に渡り、フィルムと向き合い、フィルム技術と技能を磨き、デジタル技術との融合にも積極的に取り組んでいる。Imagica EMSで、今までに数多くの修復作業に参加されてきたメディア営業部 メディア営業グループ(アーカイブ担当)土方崇弘氏に、一体どのようにして修復作業が行なわれたのかお話を伺った。

写真提供:株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス

修復(リマスター)作業とは

――今作の修復に携わることになった経緯を教えてください。

土方:本作の配給であり、権利を管理されているリトルモアさんとは、弊社も今までは新作映画制作や試写などの技術協力でご一緒していましたが、今回のようなリマスター作業は初めてでした。鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』のリマスター作業について、やるとしたらどういったものですか、というお問い合わせをいただいたところが出発になります。

その背景には、昨年の秋にヴェネツィア国際映画祭で、弊社でリマスターした、鈴木清順監督『殺しの烙印』の4Kデジタル復元版(日活株式会社)が、クラシック部門で最優秀復元映画賞をいただき、修復技術も評価していただいた経緯があります。2023年の5月が鈴木清順監督生誕100年の節目になるので、そこに向けて企画されたと伺っています。

――デジタルリマスターとはよく聞きますが、具体的にはどういうことなのでしょうか?

土方:映画の制作は長い間、撮影だけではなく、合成・編集・上映も全てフィルムで行われていました。ネガフィルムをカメラに入れて撮影・現像され、それが編集されて、繋がった一つの作品となり、そのフィルム原版から上映用のフィルムを複製する。その複製されたものをプリントと呼んでいます。その上映プリントが映画館で上映されていた、というのがフィルム時代の映画です。

それが時代を経て、今や映画館ではデジタル上映が主流になってきました。その過程で、映画館にフィルム映写機がほとんどなくなってしまっていて、現在はフィルムで上映することが難しいという事情があります。ですが技術の進歩により、今度はフィルムから高品位なデジタルデータが作れるようになってきました。フィルムの映像や音声をデジタルの技術で抽出し、従来映画館ではフィルムで観ていたものをデジタル上映で観る、という形がどんどん増えてきています。一般的には、デジタル技術を使って新しいマスターを作る、という意味で「デジタルリマスター」と呼んでいます。

Imagica EMS メディア営業部 メディア営業グループ(アーカイブ担当)土方崇弘氏

――修復(リマスター)作業には、どのような工程があるのでしょうか?

土方:昨今デジタル化に使用されるフィルム素材は、上映用のプリントではなく、その元になったオリジナルネガが一般的です。撮影してカットごとに切って繋がれロール状に巻かれている、ネガ原版からデジタル化していくことが増えてきていて、今回もその形で作業をしています。コピーされたプリントと比較すると、ネガの方が映っている物のディティールや色の情報量が多いのです。ネガ原版は画のフィルムと音のフィルムが別々になっていて、それぞれをデジタル化して最後に一つにします。

画の方は、まずフィルムのコンディションに応じて物理的な補修をします。カットのつなぎ目の弱った接着面を補強したり、手作業で汚れを取り除いていきます。フィルムは左右に穴(パーフォレーション)が開いていて、そこに引っ掛けて機材で送られるので、穴の部分に切れ目が入ったり、酷い場合は裂けてしまったりしています。そういった症状の補修を手作業で行って、ある程度綺麗になったものを、フィルムスキャナーという機材を使ってデジタル化していきます。

このスキャンの技術というのが特に目覚ましい進歩を遂げていて、以前は別の仕組みの機材を用いて地上波アナログ放送と同じ、SDと呼ばれる小さなサイズの画像でしか変換できなかったものでしたが、HDや2K、今は4K、8Kといった、高精細なデジタルデータの作成ができるようになってきました。その後は全てデジタルでの作業になります。

フィルムスキャンをしたままではすぐに使える状態ではなく、まず大きな問題がゴミや傷です。空気中に漂う、目に見えない小さな埃であるとか、ゴミが挟まったままカメラや機材を回って、ひっかき傷みたいに縦に線が入るといった症状が起きてしまっていて、クリーニングをしても改善出来ないものもあります。傷の線や、点在するゴミ、パラって呼んだりしますけれど、それらをデジタル技術を使って、コマ単位で補完したり塗りつぶしていくのが、レストアという作業です。

その後にグレーディングという作業に入ります。ネガフィルムをデジタル化したままだと、実は色の調整は反映されていません。当時は、カットごとのばらつきの補正であるとか、例えば昼間に撮った夕方のシーンをちょっとオレンジ色にする、といった演出目的の色の調整(タイミング作業)は、オリジナルネガから上映用プリントにフィルムを複製をするときに初めて反映されていたんですね。

今回扱っているのはネガフィルムなので、当時のそういった色や明るさの調整を、改めて反映させなければいけない。デジタルフローでその作業を補うのがグレーディングです。古い作品の多くは、フィルム自体の劣化で色が変質して褪色してしまっているものもあるので、そういった症状もこの段階で直していきます。

同じように音も、当時の音ネガ(音だけのフィルム)であったり、または音ネガの元になったシネテープや、6ミリ幅の磁気テープなどを同様に補修やクリーニングしてデジタル化をします。そののち、「サー」というヒスノイズや「パチパチ」といったような、例えばレコードで聞くようなノイズを、デジタルツールで補正していきます。完成した画と音を同期させて初めて、デジタル上で映画が再び蘇る、ということになります。

提供:IMAGICAエンタテインメントメディアサービス

フィルムの状態をチェック

――それぞれの工程についてお聞きしていきますが、フィルムをチェックする際に気にされていることはありますか?

土方:どの工程もそうですが、ここで重要なのはやはりフィルムをどれだけ知っているか、扱い慣れてるか、というところに尽きます。例えばフィルムにゴミがついてると言っても、どういったゴミがついているかによって落としやすい薬剤も違いますし、どのくらいの力具合で作業をするかも変わってきます。

何らかの原因で変形してしまっているフィルムもあります。変形していると、フィルムスキャナーにかけたときに、負荷が掛かってあっという間に切れたり、破壊されてしまうこともあり、そうなってしまうと例え一部であっても唯一無二のオリジナルが消失してしまう。それを避けるために、いかにここで綺麗な状態に戻すか、というところに注力しないといけないんですが、それはフィルム作業に従事している熟練の技術者の培われた能力以外の何ものでもありません。弊社では大阪の部門に適した機材や薬剤などが揃った環境があり、手の感覚だけでフィルムの状態がわかるぐらいの経験豊富なスタッフたちがこの作業にあたっています。

――今作のフィルムの状態はいかがでしたか?

土方:今回の『ツィゴイネルワイゼン』に関してはかなり状態は良く、大きなトラブルはありませんでした。1970年代やそれ以前の1960年代のフィルムの傾向としては、人気作は、再上映や、パッケージ、放送等で、何度もネガが定期的に使われているので、新鮮な空気を吸ってフィルム自体は健康なことが多いです。ただ、よく使用されているので傷やゴミがついてることが多い状態です。

一方で、蔵出しものというか、当時上映したっきり鉄の缶に入ったまま何十年も置かれていたフィルムだと、傷やゴミはないのですが、素材によっては経年劣化によりガスが出て充満してしまって、やがてそのガスで自ら溶けていく症状を起こすので、変形していたり、縮んで硬化していたり、カビなどが生えているようなことがあります。今作に関しては前者ですね。おそらく何度も、過去、国内外の目的を含めてアプローチされる機会があったためか、フィルム自体は健康でした。

写真提供:株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス
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スキャナーでフィルムを読み取りデジタル化

ーーフィルムスキャンとはどのような作業なのでしょうか? 

土方:「35ミリフィルム」とよく言いますが、この35mm幅の中にある一つのコマを、どれだけ情報を削ぐことなくデジタル化するかが、スキャンの行程で重要なところです。複合機のスキャンや、スマホで写真を撮るときとイメージは似ているのですが、動画を構成する多くの静止画を一コマ一コマを読み込んで、デジタルデータに置き換えていきます。

――4Kスキャナーの特徴は?

土方:以前は、読み取る部分のセンサーが今と比較するとあまり良くなくて、一コマはそれなりのサイズでしかデータに出来なかったのですが、今はスキャナーが進歩していて、とても細かいところまで高解像度のデジタルデータに置き換えることができます。フィルム自体は変わらないのですが、デジカメの画素数が上がったようなイメージで、読み取る側がとても細部まで対応できるようになりました。もちろん当時撮影部さんがしっかり対象物を捉えているフィルムだからこそなんですが。そういったフィルムが元々持っているポテンシャルと、機材の進歩で、従来見えなかった衣装の質感であるとか、髪の毛1本1本、肌の細かな部分っていうのもようやく読み取れるようになってきました。

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――35ミリフィルムが4Kスキャンに耐えうる解像度ということでしょうか?

土方:諸説あるので一概には言えないのですが、35ミリの情報をきちんと読み出すには4Kぐらいのデジタルの解像感がないと、フィルムのポテンシャルは出せないだろうと言われています。もっと多いという人もいれば、物によってはそこまでやらなくても、という人もいらっしゃいますが。ただ、いま4Kリマスターがこれだけ増えてきている中で、特に旧作ほど「すごく見違えたね」となっていることがありますが、このほとんどはフィルムにポテンシャルがあるからこそですね。

ーースキャナーはどのように選定されたのでしょうか?

土方:リマスターの分野でいうと、スキャナーにも特性があります。変形してる素材に強かったり、傷やゴミが映らないように映像だけをきちんと捉えてくれるスキャナーもありますが、今回はフィルムの揺れに強いScanStationというスキャナーを使いました。今作のフィルムは健康とは言っても、やはり経年で多少の収縮はあったことと、ネガフィルムなので、カットごとにフィルムの繋ぎがありミリ単位で間隔が変わったりしています。そうするとスキャン時にちょっと揺れたりする。揺れると、画像も当然揺れちゃうんですよね。そういったところの補正をスキャナー側でうまくやってくれるような機能を持つ機材ということで、ScanStationを選定しました。

ーー今作で映像を4K化してみて、印象的だったシーンはありますか?

土方:清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』を含む大正浪漫三部作(『陽炎座』『夢二』)は、画面の中の人物や物の配置が独特だったり、色使いも含めてアブノーマルな画も少なくなくて、そのせいで馴染みのある景色や人にも不思議なイメージを感じたりすると思うのですが、鮮明になることによってそういった印象はより際立ったなとは感じます。藤田敏八さんの表情は遠くからでも分かるし、大楠道代さんと原田芳雄さんの有名な「目のゴミをとるシーン」も輪郭からその肌の形から、前よりも生々しさを感じるようになりました。大谷直子さんのはっとするような白い肌や佇まいも印象的です。あとはロケが多いので、海辺や浜辺のシーンや、奥に山々があったり、木々があったり木漏れ日があったりといった細かなディティールがどっと溢れていて、作品に登場する人物がシンプルな分、映像の密度と共に空間がぐっとこちらに迫ってくる感覚を覚えました。

©1980/提供:リトルモア

ゴミや傷を消すレストア作業

――レストア作業はどのように行っているのでしょうか?

土方:スキャンしたデータのゴミや傷、取りきれなかった揺れなどの処置を施していきます。フィルムの劣化によって、コマ単位で明るかったり暗かったりといった微妙な差が出てきてしまっている場合、そういった部分の明滅もソフトウェアで直していきます。

写真提供:株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス

――今作のフィルムのレストア作業で苦労されたシーンはありますか?

土方:景色や建物、髪の毛、髭、着物の模様もそうですね、ディティールがとても細かいので、ホコリなのか、元々撮影されたものなのかを見極めるのがやはり大変です。消してはいけないものを消してしまう、というのがレストアする立場として一番やってはいけないことだと思っているので、きちんと写ってるものは残す、完成したあとにできてしまった不具合は処置する。その辺を見極めるのは大変でした。

色の調整をするグレーディング

――旧作のグレーディングをする際に意識することはありますか?

土方:リマスター作品は、色の正解が存在するんですよね。当時の技術者たちが、アナログ技術で調整した“この作品の完成の色”が存在していて、いかにそれに近づけるられるかっていうのが作業の要ですね。現代の技術者が今の目線でこっちの方がいいんじゃないかと思っても、それはもう自分たちの主観になってしまうので。そうではなくて当時の正解になるべく近づけることが大切だと思っています。

今回は当時のスタッフである志賀さんや藤澤さんからみて、ここはもう少しこうしようというご意見があればそこはデジタルの力を借りて少し磨いていくやり方をしています。ただ、これはCG加工で何かを消したり、ということではなく、あくまでも色や明るさの完成度をあげるような内容です。基本的なやり方としては、当時の東洋現像所でアナログで調整したときの資料、カットごとにRGBの色をどう調整して最終的に色を決めたかの記録(タイミングデータ)が残っていましたので、まずは経年による褪色の程度も計算して、オリジナルの補正値を全カットに細かく割り当てた状態がベースとなっています。尚、作業は藤澤さんからのリクエストで、劇場上映時と同じようにスクリーンの環境で行っています。

左から撮影技師 志賀葉一氏、Imagica EMS カラリスト 阿部悦明氏

――当時の記録も見ながら再現されているんですね。

土方:そうですね。これは当時担当をしたラボだけが持っているとても貴重な財産ですし、なんといっても制作時の狙いが最も反映されている資料なのです。あとは元々アナログでこういうタイミング(=明るさ・色の調整)の作業をやっていたタイマーOBの小椋も作業監修についてもらっています。

――記録がなかった場合は再現するのが難しそうですね。

土方:正直かなり難しいです。やっぱり何か手がかりがないと、きっちり調べてもひとつ基準が狂えば違うものになってしまうので。オリジナルと違うものを作るっていう方針であればそれはそれでいいんですが、なかなかそうはいかない。こうした作品は国内だけではなくて海外のファンの方もたくさんいらっしゃるので、その人たちの知っているものと異なってはならないし、そんな愛される作品を作った当時の監督・スタッフの方々や、フィルム技術者の先輩方にも恥じないよう、認めていただけるようにしなければいけない……などと考えるとすごくプレッシャーではありますが、とにかく我々が大切に気を使うところですね。

左から撮影技師 藤澤順一氏、志賀葉一氏、カラリスト 阿部悦明氏、タイマー 小椋俊一氏、土方崇弘氏

(グレーディングの作業を終えた志賀氏、藤澤氏、小椋氏、阿部氏にもお話を伺いました)

――今作のリマスターをするにあたって何か意識された点はございますか?

志賀:僕たち現場が至らなくてうまくいかなかったところはちょっと触ってもらったりはしたけれども、基本的には薄暗いあの感じをキープするようにお願いしたんですよ。コントラストの強い感じじゃなくて、柔らかい薄暗い感じを生かすようにってリクエストはしました。デジタルだと、いくらでもできちゃうんですよね。いわゆる一般的に綺麗なものができるわけだけども、やっぱりフィルムのオリジナルのいいところを壊さないように。それが基本ですよね。

――藤澤さんはいかがですか?

藤澤:同様ですね。やっぱり先ほど志賀さんがおっしゃった、その時代、歴史っていうかな。フィルムについては、例えば傷だとか、そういうものも一つの歴史っていうか、そういう考え方の中で、デジタルを使って再現していければ。基本的にはフィルムをもとにして、作業を進めてもらう形ですね。

志賀:特別2Kだから4Kだから変えようとも思わないですし、やっぱり作品が大前提なので。全体のトーンがきちんと等しくなるように意識しました。

――グレーディングの作業をする中で苦労されたところはありましたか?

小椋:元々がフィルムの作品なので、初号を目指そうっていうのがまずあるんですね。一番最初に完成したときの形、プリント上映されたものを目指す。でも、オリジナルのデータが生かされてるプリントが、当時のままの状態で今も残っていることは不可能に近いので、観ることができない。そこら辺はちょっと想像の世界に入っていくのですが、その助けになっているのが昔のタイミングデータ。あとはフィルムが持ってる粒子や発色・明暗のニュアンスをきちんと頭の中に入れておいて、それを再現させるっていうのが必要だと思います。

今作はネガフィルムからやっていますけれど、ネガフィルムとポジフィルムの感じも違うんですよ。志賀さんも一番最初に言われていましたけど、観ているものはポジ像だよねっていうこと。当時はポジプリントを観ている。でもスキャンしているのはネガフィルム。もちろん情報量はネガの方が多いので作業の優位性はあるのですが、それをデジタル的な操作をしてポジフィルムのルックに持っていくっていうのが目指すところではあります。

――当時のデータも活用して、フィルムの空気感を再現しているのですね。

阿部:フィルムの空気感を出すのは、そもそもデジタルになってるので難しいところなんですけどね。その辺りをどう再現し、表現していくのか、っていうのがとても悩ましい部分であり、同時にやりがいでもあるんです。フィルムの豊かな表現力をどれだけ忠実に再現するかというところに力を注いでいます。

小椋:本当は、デジタルになった瞬間にアナログとはもう違うものができてると私は思っていますけど。でもそれを、見た目や感じ方だけでも、復元っていうと変ですけど、フィルムに慣れ親しんだ人たちに観ていただいても、空気感・世界観が保たれているので大丈夫、と言ってもらえるようなものを作るのが、この「デジタル修復」という仕事だと思っています。

©1980/提供:リトルモア

劇場で聴くために、オリジナルの良さを活かす整音作業

――旧作で音を調整する際に意識することはありますか?

土方:今回スタッフとテーマとして掲げたのが、劇場で聞くときに、耳なじみのいい音をちゃんと再現するということです。既存のHDマスターも放送やパッケージなどでの使用がメインでしたし、劇場上映は現存しているプリントフィルムで運用されていたと思うので、今回デジタル化された音が映画館でかかるっていうのは、初めてに近いことだと思います。

映画館って、家でテレビで観るのと違って、細かな音から大きな音まで全て聞こえる場所なので、映画館用に作る音の方がダイナミックレンジが広い。映画作品をテレビで観ると、セリフが小さくて一見聞こえづらいと思う作品もあったりするかもしれないんですけど、それは映画館が、大きな音は大きく聞こえるし、小さなセリフでもきちんと耳に届くような環境だから、そういう設計をされているんですね。

『ツィゴイネルワイゼン』も音声チャンネルこそモノラルではありますが、当時の音も映画館で聞くことを前提に仕上げていると思うので、変に音を平均化することはせずに、オリジナルの持つ大胆な音づくりもそのまま生かそうとしました。映像と同様に、オリジナルの音を出来るだけ尊重する方針です。具体的な作業としては、大きな音で歪んでしまってるところは、なるべくそういった症状を感じないようにごくごく部分的に整えながら、小さな音はそのまま、ただしきちんと聞こえるように適度に磨いて、音の強弱や質感は変えないように心がけていました。

写真提供:株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス

若い人たちが新作映画として観る

――近年、リマスター化される作品が増えているのはなぜでしょうか?

土方:やはり技術的な進歩はあると思います。5、6年前まではリマスターは一大事業で、ましてや4Kで作るとなると、数年単位で何千万もかけて、といった状況だったんですが。スキャナーもどんどん性能の良いものが出てきて、スキャン後の10TBを超えるようなデジタルデータを扱えるサーバーや回線、パラ消しやグレーディング処理ができるソフトウェアも含めた技術的な環境が構築されてきたことが大きいと思います。

もう一つが、コロナ禍の新作が作られない時期に、旧作が映画館にかかることがあったんですよね。ジブリ作品が映画館で観られるとか、いくつかの有名作品のリバイバル上映が行われていました。今まで名画座ではやられていたようなことが、シネコンでもかかり始めて、そこから「旧作も、初めて観る人にとっては新作にもなるかもしれないし、面白いものは面白いよね」、みたいな発見もあったりして。劇場作品を改めて映画館のスクリーンで楽しむということが、また見直されたのかなっていう気がしています。そして上映のためのデジタル素材が必要となったときに、やるなら単純に変換するのではなくて、ちゃんとリマスターをしようという動きが少しずつ起きている。我々も最初は4Kは、映画館向けではなくて配信や放送で流行っていくのではと考えていましたけど、蓋を開けてみれば劇場で上映する作品が多くなっています。

――今の人たちにとっては、劇場で初めて観る新作のように感じてもらえるんですね。

土方:そうですね。ちゃんと映画が映画館で観られるのは、我々としてもとても嬉しいですね。数年前、とくに旧作市場ではここまでの規模は想像できなかったことだったので。そういう気運もあるのかなっていうのが一つあります。

そして一方で、最近私が思いを巡らせているのが、技術の継承についてです。フィルムが全盛だったころと比べると、機材もスタッフもデジタルに移行し、フィルムを日常的に扱うことが徐々に難しくなっています。リマスター工程のところでお話した、補修やクリーニングといった物理的にフィルムを触れるスタッフや、タイミングのことがわかってる人が次の世代は少ないですし、そういった熟練の方々も段々歳を重ねている状況があります。

今はまだそういう現役の方々が残っているギリギリの時代なんですよね。デジタルリマスターってデジタルってつくんですけど、やっぱりアナログのことを知っていれば知っているほど良いものが上がるっていうのは事実なので、今この時点では両方の技術の組み合わせで良い作業ができているのですが、そのことをしっかり自覚しなければいけないと思っています。前向きに考えれば、ここまでリマスターがきちんとできるようになってきたっていうのは、フィルムで培ってきた先人たちの技術や品質が引き継がれてきた証だとも思っているので、この先もそれを絶やさないよう、ちゃんと記録にしたり、技術を引き継ぐ場を作ったり、といったことを意識的に行っていきたいです。

――今後もリマスター作品が作られていくためにはどうしたらよいでしょうか?

土方:それはもう観てくださる方や自分も含めてみんなで盛り上がることでしかないですね。観た方には、それが面白かったとか、自分はあんまり合わなかった、でもよくて、映画はどちらも観た人を豊かにしてくれるものだと思います。なのでこんな変な作品を観たんだよとか、こんな珍しい作品を観られたんだよみたいな声が、とにかくたくさん聞こえるといいなと思っています。我々も権利元の方とお話をする中で、この企画は受け入れてもらえるのかな、なんて迷いながら話を進めていきます。そんなときにこんな作品が上映されていたよとか、こんなジャンルも海外だとリマスター化されているよみたいな発信って非常に励みになります。生まれてきた作品は初めて観る人には新作でもあるし、それが人生に何かを与えるものになるかもしれない。誰かに観てもらうために作品も生まれてきているので、やっぱり一人でも多くの人に届くことが絶対いいよね、とよく言うんです。個人で楽しむのももちろんなんですけど、是非周りに伝えていただいてもっと面白さが広がっていくといいなって思っています。

――あの作品を観たい!といった需要が高まってくれば、リマスター化される可能性も?

土方:そうですね。結構、業界の方々もSNSを見ているので(笑)。みなさんの声がとても大事だなと思っています。

(取材・写真:曽根真弘/写真提供:株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス)

 

映画『ツィゴイネルワイゼン』4Kデジタル完全修復版は、4月15日(土)よりユーロスペースにて先行特別限定公開

士官学校教授の青地(藤田敏八)と無頼の友人・中砂(原田芳雄)を中心に、青地の妻 周子(大楠道代)、中砂の妻と後妻(大谷直子の二役)をめぐる幻想譚が、妖しくも美しく描かれる本作。内田百輭の「サラサーテの盤」ほかいくつかの短篇小説を、生と死、時間と空間、現実と幻想のなかを彷徨う物語として田中陽造が見事に脚色。

監督:鈴木清順
出演:原田芳雄/大谷直子/藤田敏八/大楠道代/麿赤兒/樹木希林/真喜志きさ子 ほか
提供・配給:リトルモア
共同配給:マジックアワー

【4Kデジタル完全修復版】
監修:志賀葉一、藤澤順一 デジタル修復:IMAGICAエンタテインメントメディアサービス

公式サイト:http://www.littlemore.co.jp/seijun4k/

©1980/提供:リトルモア

 

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株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービスは、映画・ドラマ・アニメ等をはじめとした映像制作サービス、配給・配信・パッケージ・ ローカライズ等のコンテンツ流通サービス、そして、映像資産を未来へつなぐ映像修復・アーカイブサービスに至るまで、トップクリエイターと技術者が、想像力と積み重ねた経験・技術を結集し、質の高い映像作品を生み出すお手伝いをしています。     

 

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