乗客の「10時間車内閉じ込め」は十分に避けられた…JR西日本が犯した「3つの判断ミス」
■身動きがとれず、体調不良で16人が救急搬送
10年に一度と言われる大寒波の到来で、1月24日から26日にかけて日本海側を中心に各地で大雪となった。寒波が流れ込んだ京都府や滋賀県でも24日18時ごろから気温が氷点下に転じて大雪となり、深夜までに京都市で15センチ、大津市で11センチの積雪を記録した。
こうした中、JR東海道本線(JR京都線・琵琶湖線)山科―高槻間で計15本の列車が立ち往生し、約7000人が最長9時間50分もの間、車内に閉じ込められるトラブルが発生。このうち、少なくとも16人が体調不良で救急搬送されている。事態を重く見た国土交通省は25日、再発防止に向けて必要な措置を講じるとともに、乗客の救助に関する情報伝達の在り方などを検証し、報告するよう求めた。
JR西日本といえば台風時の計画運休や、強風予測システムの試験導入など、自然災害への対応に力を入れてきた鉄道事業者という印象がある。それがなぜ、このようなことになってしまったのだろうか。どこに問題があったのだろうか。運転見合わせに至った経緯を確認しながら、その時々の問題点を指摘していきたい。
■線路を切り替える「ポイント」が多数凍結
今回の大雪のメカニズムは、海水温が平年より低下するラニーニャ現象の影響で東南アジア付近に雨雲が発生。これに押し出されて偏西風が蛇行し、大陸から寒気が日本列島に流れ込みやすくなり、日本海側で雪が降りやすい西高東低になるということだそうだ。
関東に雪を降らせる南岸低気圧とは異なり、西高東低型の雪は比較的予測が容易だ。今回の事例では、1月初旬にはロシア北部でマイナス60度を記録する数十年ぶりの強烈な「冬将軍」が発生したと伝えられており、日本への影響が危惧されていた。1月20日ごろには週明けは大雪になると新聞、テレビが報じており、国民の多くが雪を警戒していたはずだ。
同23日には国土交通省も「大雪に対する緊急発表」を発出し、「1月24日から26日頃にかけて日本の上空にこの冬一番の強い寒気が流れ込むため、日本海側を中心に大雪となり太平洋側でも大雪や積雪となるところがある見込み」として「大雪が予想される地域では、公共交通機関においても、大規模かつ長時間にわたる遅延や運休が発生するおそれ」があると注意を呼びかけていた。にもかかわらずJR西日本は適切な準備ができていなかった。
雪が鉄道にもたらす影響は多岐にわたるが、最も頻度が多いのは線路を切り替えるポイントの不転換だ。これはポイントの隙間に雪が挟まり、低気温で凍結することでポイントが動かなくなるもので、列車の進路が構成できなくなり、運転続行が不可能になる。
■問題点1.事前に融雪機の準備をしていなかった
24日は19時ごろからJR西日本の近畿エリアで21駅43カ所、うちJR京都線・琵琶湖線では京都、山科、向日町の3駅計21カ所でポイント不転換が発生。特にホームが多く、多数のポイントが設置されている京都駅では多数の障害が発生したという。
こうした事態を防ぐために、ポイントには雪や氷を溶かす融雪器が設置されている。都市部で用いられる融雪器は主に燃焼式と電気式があり、スイッチひとつで稼働する電気式に対して、燃焼式はそれぞれに灯油を給油し、着火する必要がある。JR西日本は北陸など豪雪地域では電気式を導入しているが、雪の頻度が少ない近畿圏では燃焼式が中心だ。ただこれは阪急電鉄や京阪電鉄など大手私鉄も同様である。
結論から言えばJR西日本は大雪の予測を見誤った。同社は融雪器を稼働する基準を「6時間に10センチの降雪が予想される場合」としていたが、予報では積雪は8センチと予想されていたため、JR京都線・琵琶湖線の融雪器に火を灯していなかったのである。
■問題点2.運転再開に固執した不可解
これは契約する気象予報会社の気象情報に基づく判断だったというが、10年に一度といわれる大寒波が訪れる中、あまりに軽率だったと言わざるを得ない。融雪器を稼働していれば絶対にポイント不転換は発生しないというわけではないが、京都市内に乗り入れる阪急京都線、京阪線、近鉄京都線は前日23日夜から24日未明にかけて融雪器を稼働し、結果的に遅れが生じる場面もあったが問題なく運行を継続している。
18時ごろから急速に雪が強くなり、JR西日本としても運休を検討していた矢先だったというが、時すでに遅しである。とはいえ起こってしまったことは仕方ない。問題はその後の対応だ。
26日のJR西日本東京定例会見で長谷川一明社長は、本来は「1時間が経過して復旧できない場合は徒歩誘導を検討する社内基準がある」としながらも、「夜間、大雪の中で歩くのはリスクが大きいため、列車の運転再開を優先してしまった」と説明する。
しかし一方でポイントに挟まった雪はマイナス3度の気温で凍りついており、雪が降り続く中で復旧作業の着手が遅れ、氷はバーナーでも溶けない状態だった。これは作業に着手した当初から分かっていたはずで、なおさら復旧に固執したのは不可解だ。
作業の状況は逐一経営層に伝わっていたと説明するが、対策本部の判断を尊重するとして、対策本部長でもある長谷川社長から方針転換の指示がなされることもなかった。
■問題点3.間引き運転すら行われていなかった
ポイント不転換が解消しない中、駅に入れなくなった列車は次々と駅間で立ち往生した。その中で最も「被害」が大きかったのが山科―京都駅間下り線を走行していた1820M列車だ。この列車には立ち往生した列車の中では最も多い1400人が乗車していた。この列車は19時40分ごろに駅間停車し、動き出したのは9時間50分後の翌朝5時30分だった。
鉄道運行にとって最も避けなければならないのが駅間停車だ。長時間車内に閉じ込められれば乗客が体調不良に陥る可能性があり、乗客が勝手にドアを開けて線路に降りて運転再開がさらに遅れるリスクもある。そして乗客を降車させる場合、停止個所によっては多数の乗客を1キロ以上も徒歩で避難誘導することになり、混乱は必至だ。
そのため災害時は周辺の安全を確認した上で、徐行で最寄り駅まで走行するなど、できる限り駅から避難することを基本とする。その中で駅の数に対して列車本数が多すぎると駅に入れない列車が生じるため、災害で遅延・運転見合わせが予測される場合は、いわゆる間引き運転を実施する。あるいは100%の間引き、すなわち計画運休に踏み切る。
そのパイオニアがJR西日本だったはずだが、この日は間引き運転すら行われていなかった。長谷川社長は「重大な輸送障害の発生が予想される場面で、最悪の事態を想定した判断ができなかった」と反省の弁を述べる。
■想定するきっかけはいくつもあったはず
だが「想定外」を想定するきっかけはいくつもあったはずだ。例えば計画運休導入の契機となった2015年の台風11号では、7月17日夜から18日午後まで運転再開できない状況となり、長時間にわたる駅間停車が多発。乗客が救急搬送する事態となった。
また2018年6月18日に発生した大阪府北部地震では、朝ラッシュ時間帯に発生したことで153本の列車が駅間停車し、多数の乗客が長時間車内に閉じ込められた。国土交通省が翌年10月に取りまとめた駅間停車対応策には「列車の走行中に、トラブルや自然災害等によって列車が駅間停車した場合、乗客の安全確保を最優先としなければならない」と記している。
直接の原因は異なるが大雪で大規模な駅間停車が発生した事例もある。1998年1月8日夜、東京都心で9センチの降雪があり、JR東海道線、JR総武線でパンタグラフ故障とそれに伴う架線溶断が発生した。多数の列車が駅間停車し大混乱を招いた反省から、JR東日本は降雪時に大胆な間引き運転を行うようになった。
JR西日本は確かに台風時の計画運休に先鞭(せんべん)をつけた。また大阪府北部地震の反省として、駅間停車した列車のうち駅に移動可能な列車を特定し、避難を容易にするシステムを導入した。それなのになぜ大雪で駅間停車が生じることを想像できなかったのか。
■災害対応のパイオニアに足りなかった「嗅覚」
JR西日本はこれまで、大雪による大規模な輸送障害も、台風や地震時の大規模な駅間停車も経験していた。にもかかわらず、これを掛け合わせた事態を想定できなかったというのはなかなか根深いと言わざるを得ない。
現在、原因究明と改善策の検討を進めているというが、降雪の基準を10センチから5センチに変更するなどという小手先の対応では解決しない。基準は最低限やるべきことであり、それだけでは目まぐるしく変わる事態に対応することはできない。
JR西日本にはこの「嗅覚」が足りなかった。融雪器にしても、10センチの積雪はあくまで目安であって、これ以下の予測で使用してはならないという決まりはない。だが燃焼式融雪器の点火には係員を緊急招集する必要があるといい、これも判断を鈍らせた可能性がある。
懐事情の厳しい同社だが、現場社員の削減が進む現状も踏まえれば、少なくとも京都駅のような多数のポイントがある大規模駅には電気式融雪器を導入したほうが良いのではないだろうか。
列車を止める、動かすの違いはあるが、2017年12月11日には、山陽新幹線内を走行中のJR西日本保有N700系車両の台車から異音、異臭が発生したと報告があったにもかかわらず運行を継続し、東海道新幹線名古屋駅で台車に亀裂が発生していたことが判明する重大インシデントが発生している。
■楽観主義、縦割り主義、戦力の逐次投入では解決できない
台風時の計画運休のように事前に準備されたオペレーションはつつがなくこなすが、台本のない突発的な事象では、何も起こらないだろうという「楽観主義」、専門部門との連携が不足した「縦割り主義」、小手先の対策を繰り返す「戦力の逐次投入」という、まるで旧日本軍のような失敗が繰り返される。今回も現場から次々と降車避難を求める声があがったが、指揮官は右往左往するばかりで有効な手を打てなかった。
経験工学と言われる鉄道事業においては、過去の数多の失敗と経験の積み重ねで成り立っている。JR西日本は台風や地震と同様、反省をふまえてそれなりに実効性のある改善策を講じるだろう。
だが今回、閉じ込められた乗客にとって被害を受けた「今」がすべてで「次」などない。反省した時点で取り返しがつかないことがあるのは、福知山線脱線事故を起こしたJR西日本が一番分かっているはずだ。
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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。
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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)