野口聡一さんが語る、知られざる「宇宙のゴミ」について(写真:Outer Space/PIXTA)

1996年宇宙飛行士候補に選出され、国際宇宙ステーション(ISS)で日本人初の船外活動を行うなどさまざまなミッションを遂行してきた野口聡一宇宙飛行士。宇宙滞在期間は344日を超えており、2020年にはクルードラゴン宇宙船に搭乗し「3種類の宇宙帰還を果たした世界初の宇宙飛行士」として、ギネス世界記録に認定されました。

そんな野口宇宙飛行士が、「子どもも大人も知っておきたい、驚くべき宇宙の世界」について紹介したのが著書『宇宙飛行士だから知っている すばらしき宇宙の図鑑』です。

宇宙についてさまざまな角度から解説した本書から、知られざる「宇宙のゴミ」について綴ったパートを一部抜粋・加筆してお届けします。

「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」の存在

20世紀なかばから始まった宇宙活動の負の遺産として、軌道上を高速で飛び交う不要な人工物体「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」の存在があります。

寿命がつきた後の人工衛星、打ち上げ後のロケットの一部、それらが爆発して飛び散った破片や燃料など、地上からレーダーで追跡できる一辺の長さが10cm以上のデブリは2022年1月の時点で2万5000個を超えるほど。それよりも小さな破片がまるで雲のようにその周辺を漂っていると考えられています。

大小さまざまなデブリは宇宙ステーションや人工衛星と同じ軌道を回り、宇宙ステーションに避ける動作をさせたり、衛星に衝突して壊したりするリスクを持っています。

私たち宇宙飛行士が滞在する国際宇宙ステーション(ISS)でも、デブリ回避のためにエンジンを噴射する対策が行われることは珍しくありません。

ISSをいつでも離脱できるように、宇宙船の近くに避難することもあります。ISSの通常の業務は中断してしまいますが、衝突する2つの物体の相対速度(一方から見たもう一方の速度)は、秒速15km(時速約5万4000km)に達することもあり、最悪の事態を想定してデブリ回避を最優させなければならないのです。2022年もこうしたISSのデブリ回避活動がNASAのサイトで何度も報告されています。

ISSはこうしたデブリ回避のため、また軌道を維持するために定期的にエンジンを噴射します。これまでエンジンの役割はロシアの宇宙船「プログレス」が担ってきましたが、今年からはアメリカの民間補給機「シグナス」でも可能になりました。

また、史上初めて民間宇宙船として宇宙飛行士をISSに送ったスペースXの「クルードラゴン」に続いて、ボーイングの民間宇宙船「スターライナー」が開発中です。このスターライナーもISSを守るエンジンとしての役割を持っています。デブリ回避のためのエンジン噴射は起きないに越したことはないのですが、万が一のために二重三重に備えられているのです。

スペースデブリはなぜ増えた?

スペースデブリの問題については、1970年代からすでに指摘されていました。

たとえば、1978年にNASAのジョンソン宇宙センターのエンジニアであったドナルド・ケスラーさんが、ロケットの残骸や稼働していない人工衛星などが軌道上に増えすぎると、残った燃料の爆発などからバラバラの破片になり、さらに破片同士が衝突し……と連鎖的にデブリがデブリを生んでカスケード的に数が増えていく現象を予測する論文を発表しました。

ある臨界点を超えると人為的にデブリの数をコントロールすることができなくなり、人工衛星を打ち上げたり宇宙飛行士が宇宙ステーションに滞在したりといった活動ができなくなってしまいます。この状態がいわゆる「ケスラー・シンドローム」と呼ばれるものです。連鎖衝突そのものをケスラー・シンドロームと呼ぶわけではないのです。

ケスラー・シンドロームは、最悪の事態の予想ですから、まだその状態には至っていません。そうなる前にデブリの数をコントロールしようというのが世界の宇宙活動の大切な目標です。

20世紀のデブリの発生源は、主にロケット上段に残った燃料の爆発でした。これが21世紀に入ると、2つの重大な事象が発生します。ひとつは2007年の中国による衛星破壊実験、もうひとつは2009年の人工衛星どうしの衝突事故です。破片の数が飛躍的に増えて、コントロールが難しくなることが明らかになりました。

2019年にはインドが、2021年11月にはロシアが衛星破壊実験を実施。過去にはアメリカも含めて複数の国が行っていた衛星破壊実験ですが、非常に危険であることがわかった中で強行された実験は国際的な非難の対象となりました。今年、ISSが回避したデブリには、昨年のロシアの実験で生まれたものも入っているのです。

技術とルールの両輪で進むデブリ対策

スペースデブリを減らし、軌道上を安全にするために、国連を中心とした国際ルールづくりや、使い終わった衛星やロケットをできるだけ早く取り除く仕組みづくりが活発になってきています。

「ADR(積極的デブリ除去)」とは、スペースデブリや寿命がつきた後の人工衛星を軌道上から取り除く技術です。地球を回る人工衛星の軌道には、大きく分けて高度2000km以下の「地球低軌道」と、3万5800kmの「静止軌道」があります。低軌道の中でも比較的低い、高度300〜400kmにあるスペースデブリは、比較的早く落ちて地球の大気圏で燃え尽きてしまいますが、高度600〜800km付近ではなかなか落ちずに軌道を回り続けるため、衝突の可能性が高くなります。

そこでデブリを捕まえる専用衛星や、大気圏再突入を促進する装置などを使用して軌道から積極的に取り除こうというものです。日本では、ベンチャー企業のアストロスケールや川崎重工業がADRの技術開発に取り組んでいて、まもなく宇宙での実証実験の成果が聞こえてくるでしょう。


ADRのような新たな技術は、企業や国がバラバラに取り組んでいると効果が上がりにくくなります。そこで、各国の足並みを揃えてデブリ対策を国際的なルール化しようという動きも進んでいます。

これから打ち上げられる人工衛星は、運用終了後に早く大気圏に再突入するための装置を搭載して、できるだけ早く軌道を離脱する。アメリカの場合は、小型衛星を開発する場合に軌道離脱を可能にするエンジンなどを搭載すると、衛星打ち上げ前の国の審査を少し早め、また費用も割り引くという制度があります。

また、バイデン大統領は2022年に自主的に衛星破壊実験を禁止することを決めました。デブリ対策のルールを積極的に自国に適用することで、国際的な機運を高めようというものです。

スペースデブリは、宇宙を積極的に利用しようとすればするほど増えてしまうものです。では宇宙活動をすべて禁止してしまえばよいかといえば、宇宙飛行士っである私にとってそんな世の中は来てほしくありません。対策にはコストも時間もかかりますが、「コストをかけてでもデブリ対策をすることでより宇宙に進出しやすくなる」仕組みを国際的に考え、進めようとしているのです。

(野口 聡一 : 宇宙飛行士)