民間企業がロケットを打ち上げる時代となりましたが、ロケットは誰でも飛ばせるのでしょうか(写真:Sunny studio/PIXTA)

1996年宇宙飛行士候補に選出され、国際宇宙ステーション(ISS)で日本人初の船外活動を行うなどさまざまなミッションを遂行してきた野口聡一宇宙飛行士。宇宙滞在期間は344日を超えており、2020年にはクルードラゴン宇宙船に搭乗し「3種類の宇宙帰還を果たした世界初の宇宙飛行士」として、ギネス世界記録に認定されました。

そんな野口宇宙飛行士が、「子どもも大人も知っておきたい、驚くべき宇宙の世界」について紹介したのが著書『宇宙飛行士だから知っている すばらしき宇宙の図鑑』です。

宇宙についてさまざまな角度から解説した本書から、民間企業のロケット打ち上げについて綴ったパートを一部抜粋・再構成してお届けします。

1957年10月4日の世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げから、この10月で65年になります。現在では、若田光一宇宙飛行士の搭乗する米スペースXの民間宇宙船「クルードラゴン」の打ち上げや、毎週のように行われる通信衛星「スターリンク」の打ち上げが行われています。

これまで国家主導だったロケットの打ち上げに民間企業が多数参入して21世紀は宇宙活動の民主化の時代となりました。

国家事業だったロケットを民間企業がバンバン打ち上げる時代となって、ロケットは誰でも、どこでも飛ばせるようになったのでしょうか。ビジネスとして企業が自社の敷地からロケットを飛ばしたり、学校でクラブ活動としてロケットを作ったり、自宅の裏庭で趣味でやってもOK?

ロケットの飛行安全を守る宇宙の法律

小学校時代に水が入ったペットボトルにポンプで空気を入れて飛ばす「ペットボトルロケット(水ロケット)」を校庭で実際に体験した人も多いのではないでしょうか。

ですから、ロケットの原理を学ぶという意味ならば、校庭でロケットを飛ばしてもよいわけです。

ですがそのときには、周囲の人にペットボトルをぶつけてしまったり、学校の外に飛び出して周囲の民家に落ちたりといったことがないよう配慮し、指導の先生の注意を守ることが必須ですね。同じように、宇宙へ行く衛星打ち上げロケットを飛ばす場合にも、国が指導役となってルール(法律)が定められています。

日本でこの法律は「宇宙活動法(人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律)」といい、多くの燃料を積んだロケットが長い距離を飛行する場合には、万が一の落下の際に地上に被害を出さないよう、ロケットが飛行してよい場所とコースを決め、法律にもとづいた審査を受ける必要があります。

「モデルロケット」という取り組み

学校の校庭から人工衛星を載せたロケットを飛ばしたいと思った場合、打ち上げの方法を定めた計画を提出して宇宙活動法の審査を受けることになるわけですが、通常の学校は大型のロケットを安全に取り扱い、落下の際にも安全なコースを設定することは難しいのではないでしょうか。ですから、「衛星打ち上げロケット」を校庭から飛ばすのはちょっと無理かもしれません。

ただし、ロケット技術を学び、新たなロケット技術者を育てる「モデルロケット」という取り組みがあります。大学や高校で行われるこの取り組みに参加すれば、衛星を搭載しない小型のロケットを、学校の管理する安全な場所で飛ばすことも可能です。

学校では難しくとも、民間企業が自社の敷地内に射場を持ち、衛星を搭載したロケットを打ち上げることは可能です。

これを米国で実現したのが、イーロン・マスク氏が率いる宇宙開発企業のスペースXです。

宇宙活動法と同じ種類の法律は世界各国で決められていて、米国はその先進国として宇宙開発に取り組む企業を法律面でも支援してきました。今年で設立から20年となるスペースXは、独自開発ロケット「ファルコン9」、「ファルコンヘビー」を1カ月に何回も打ち上げ、総数はこれまでで183回。さらに毎週の打ち上げを実現しようとペースを加速しています。なぜそれほど多くのロケットを飛ばせるのでしょうか?

これは「再利用」という、ロケットの機体が打ち上げ後に自力で地上に戻ってくる仕組みによって可能になりました。

従来の「使い捨て」「使い切きり」と呼ばれるロケットは、打ち上げ後に機体の多くは海に落下します。ですから、1回ごとに新しく機体を製造する必要があります。

イーロン・マスクはなぜあんなにロケットを飛ばせるの?

一方で再利用ロケットは戻ってきた機体を点検・補修して燃料を詰め直せばよいので、次の打ち上げまでの時間を大幅に短くすることができます。多く飛ばすことで、1回あたりのコストも安くなります。

再利用ロケットはスペースXオリジナルのアイデアではないのですが、これまで米国や日本で長く研究されながらも実用化されていませんでした。イーロン・マスク氏は、IT企業のリーダーとして成功したやり方をロケット開発にも適用しています。

私が知るスペースXのエンジニアたちは、IT企業のように自主的に技術を改良して長時間の燃焼が可能なエンジンや、船の上にロケットが戻ってくる飛行制御などを実現してきました。


2015年に初めて、衛星を打ち上げた後のロケット第1段(最も大きな部分)が無人船の上に着地する実証に成功。以来145回のロケット着地を成功させ、120回の再打ち上げに成功しています。中には10回以上も使用された機体もあります。

再利用の考え方は、ロケットだけでなくスペースXの宇宙船「クルードラゴン」でも徹底されています。私が2020年にNASA初の民間宇宙船による国際宇宙ステーションへのフライトで搭乗したクルードラゴン「レジリエンス」号は、2021年に世界初の民間人だけの宇宙飛行「インスピレーション4」のクルーを乗せることになりました。

再利用を徹底したことで、スペースX自身が進めている世界規模の衛星インターネット網「スターリンク」の衛星を3000機以上も展開することが可能になりました。各国のその他のロケットも次々と再利用を目指し始めています。

ロケット再利用を実現し、高速打ち上げを実現したこと。これがスペースXの快進撃の理由なのです。

(野口 聡一 : 宇宙飛行士)