※トークセッションの内容を一部抜粋してお届けします。

 

スポーツクラブにとって試合の勝敗は、ファンの満足度を左右する大きな要因となります。一方で、勝ち負けだけではない顧客体験を生み出すことも必要不可欠。

 

2019年10月25日(金)に開催されたCX(顧客体験)についてのカンファレンス「CX DIVE」では、「スポーツクラブが生み出す熱狂的なCX」をテーマにセッションを展開しました。

 

株式会社インクワイア 編集者のイノウマサヒロ氏をモデレーターに、株式会社VOREAS 代表取締役の池田憲士郎氏、株式会社名古屋グランパスエイト 専務取締役の清水克洋氏、シーホース三河 代表取締役社長の鈴木秀臣氏、株式会社いわきスポーツクラブ代表取締役 兼 総監督の大倉智氏が登壇し、各クラブの取り組みを明かしました。

 

試合以外の“2、3割”の顧客体験をどう突き詰めるか

ースポーツにおいて、試合で熱狂を作るということはあるかと思いますが、それ以外の部分での顧客体験を高める仕組みについて教えてください。

いわき・大倉:私たちはいわきFCというサッカークラブを商品として売っています。そのためには、会社のビジョンやバリュー、ミッションと、目指すサッカーやトレーニングがすべて紐づいていないといけません。スポーツビジネスは、そういった構造がすごく難しいです。

 

監督や選手、フロントをどのようにまとめていくのか。商品が何なのかを明確化する必要がありますし、まずは試合に人を呼ばないと顧客体験は生まれません。その上で、サッカーの試合の魅力をどのように伝えていくかというところに尽力しています。

 

ーシーホース三河(Bリーグ)は、2018-19シーズンに「ホスピタリティNo.1クラブ」へ選出されていますが、どのような取り組みを行っているのでしょうか?

シーホース・鈴木:私たちはバスケットボールを主体としたアリーナエンターテインメントを行っています。アリーナはスペースが限られているので、その中でいかに観客を楽しませるか。ファミリーシートやスポーツシート、ラウンジなどの様々な席種を用意して、ゆったりと楽しんでいただける空間を作っています。

 

ホスピタリティの面では、アルバイトも含めて徹底的にスタッフの研修をしています。これらを愚直に続けた結果、BリーグからホスピタリティNo.1クラブの称号をいただくことができました。

シーホース三河 鈴木秀臣氏

 

ー名古屋グランパスは2019年に「ガールズフェスタ」を開催するなど、イベントの充実化も図っています。

参考:名古屋グランパス・ガールズフェスタ仕掛け人が語る、女性施策成功の背景

グランパス・清水:当然ながら一番体験していただきたいのは、90分間の試合です。私はこの90分間が顧客体験の7、8割を占めていると思っていますが、残りの2、3割をスタジアムでどう過ごしていただくか。そこで手を抜いたら、肝心の試合が良い結果でも、悪い思い出も残ってしまいます。

 

私たちは、パロマ瑞穂スタジアムと豊田スタジアムという2つの本拠地を持っていますが、どちらでの開催かでファンの1日の過ごし方も変わります。瑞穂は街中にある収容人数が約2万7,000人の陸上競技場。豊田は名古屋の中心地から1時間くらい離れていて、収容人数が約4万5,000人のサッカー専用スタジアム。

 

残念ながら豊田はアクセス面でのストレスがあって、移動に1日の大半を費やしてしまう方が多いです。そのため、試合以外の時間をより楽しんでいただくために、イベントなどの施策が必要だと考えています。

株式会社名古屋グランパスエイト 清水克洋氏

 

ヴォレアス・池田:いちスポーツクラブとして、シーホースとグランパスは競合という立場にならないのですか?

 

シーホース・鈴木:広い意味で言うと、スポーツファンの中で「このスポーツしか見ない」という方は極一部かなと。グランパスの試合がアウェイで行われている日に、シーホースのホームゲームを見に来る方はいますし、両方のファンクラブに入っている方もいます。ドラゴンズファンが、オフシーズンに見に来てくださることもありますよ。

 

それぞれが高めあっていくことで、スポーツファンが地域に増えていく流れは確実にありますし、それをどんどん広げていければと思っています。

 

ファンの『ありがとう』が経営陣のモチベーションに

ーいわきFCやヴォレアス北海道(V2リーグ)は、地域振興を目的に発足したクラブでもありますよね。

ヴォレアス・池田:ヴォレアスは2016年にゼロから作ったクラブなので、自然発生的にファンが増えるわけではないですし、中には厳しい意見もありました。本拠地である旭川市は、もともとライブエンターテインメントが全くない地域でした。その中で、私たちはライブエンターテインメント集団という立ち位置で活動を広げています。

 

スポーツチームの試合では、チアリーディングがありますよね。私たちは、子どもたちに自前でダンスレッスンをして、試合の日に披露してもらっています。それによって、子どもたちがダンスを披露する場もできますし、家族やファンの方々が応援しに来てくれるんです。そういった場を作るということも、私たちの役割だと思っています。

 

参考:地元・旭川から北海道全域へ。ヴォレアス北海道の地域活性化戦略

株式会社VOREAS 池田憲士郎氏

 

ーアリーナを埋めるために工夫したことはありますか?

ヴォレアス・池田:ひたすら足で泥臭く集客していました。最初は私がほぼ一人で町中を回って、ポスターを貼っていただけるように頼みました。そのポスターには、バレーボールとは一切書かれていなくて、あるのはクラブのロゴだけ。

 

ただ、飲食店の方々などには、どのような経緯でクラブを作ったのかを説明します。そうすると、お店に来た人が「このポスターは何?」と聞いてきて、店員さんが地元にバレーボールクラブができたことを広めてくれます。そうして、クラブのお披露目イベントには1,500人弱を集客することができました。

 

ーいわきFCは、実際に試合でどう見せるのかを特に大事にしていますよね。

いわき・大倉:サッカーは、観客から拍手が起きる場面と、悔しむ場面が世界共通だと思っています。その拍手が起きる場面をたくさん作らないといけないですし、だからこそトレーニングをするんです。勝つことももちろん大事ですが、いち興行としてサッカーを捉えています。

 

そうしてファンが徐々に増えてきたわけですが、ファンがどのような真理を抱えているのかは、正直あまり分かっていません。クラブへの期待に対してどう応えれば良いのか、ずっと探し求めています。

 

いわきFCが創立して2年目の2014年に、居酒屋である老夫婦に出会いました。その時は東日本大震災からの復興があまり進んでいなかったですが、「いわきFCのおかげで、すごく楽しめている。本当にありがとう」と言われたんです。やっていて良かったと思いましたし、間違っていなかったと感じられた瞬間でしたね。

株式会社いわきスポーツクラブ 大倉智氏

 

ヴォレアス・池田:ファンから涙ながらに「ありがとう」と言われると、たまらない感情になりますよね。

 

シーホース・鈴木:私たちはファンクラブのグレードをダイヤモンド、プラチナ、ゴールド、レギュラー、キッズと分けて、それぞれグレードの高い会員には、交流会などの限定イベントの特典を用意しています。ファンがそれで喜んでくれるのかは分からないですが、応募は多いんです。やはりファンは選手とのふれあいを求めていますし、そこの満足度をどれだけ上げていけるかが大事だと思います。

 

ヴォレアス・池田:もしファンの好きな選手が移籍したら、そのファンもクラブから離脱してしまうのでしょうか?

 

シーホース・鈴木:2018-19シーズンには主力選手が2人移籍して、ファンクラブの会員が減るのではないかと思いましたが、むしろシーズンシートの売り上げが倍になりました。一部のファンは選手とともにクラブから離れていきましたが、大多数のファンはシーホースというクラブ自体が好きなのだと感じています。

 

多くの“共犯者”を生み出し、スポーツで感動共有を

ー顧客体験を充実させるにあたっては、選手の協力も必要不可欠なのでは?

ヴォレアス・池田:ヴォレアスは日本バレーボール界で初のプロクラブですが、会社の業績が上がらないと選手に給料が支払えません。なので、選手も集客のためにSNSを活用しますし、オフシーズンにも多くのイベントに出演しています。「ちゃんと練習しているの」と怒られるくらいです(笑)。

 

いわき・大倉:いわきFCの選手はプロ選手と企業の社員が半々くらいで働いています。選手のブランディングはクラブにとって必要不可欠ですが、「遠くて近い」「近くて遠い」がベストだと考えているので、イベントには出ても、駅前でビラやチラシは絶対に配らせないです。

 

そして、選手には自分の価値を上げてほしいので、SNSでの発信はマスト。ただ、発信の仕方は相当コントロールしています。

 

グランパス・清水:グランパスは2016年にJ2降格を味わって、そこからクラブとしてのやり方を変えていくことになりました。選手は以前と比べて2倍くらいファンとふれあうようになって、オウンドメディアでの発信も始まりました。

 

もちろんそれは良いことなのですが、選手たちがスタッフに自分の意思を伝えづらい部分もあるのかなと。スタッフはもっと選手の声を拾いながら、露出を増やしていく必要があると思います。

 

ー今後、どのようにしてクラブを成長させていきたいとお考えでしょうか?

ヴォレアス・池田:私自身はかなり楽しんでいますし、仕事という感覚はないんです。会社やチーム、ファンを良い意味で共犯者にして、一つの輪を作っていければと思います。

 

グランパス・清水:ヴォレアスと同じように、みんなで一緒に苦しみながら作っていくというのはベースにあります。2018年には、リーグ戦で史上初となるホームゲームでの観客数4万人超えを達成しました。これはクラブとして成し遂げたいことでもあったのですが、ファンの皆さんもそう思っていたはず。そういった形で、今後も皆さんと一緒に熱狂を作り上げていきたいです。

 

シーホース・鈴木:やはり、いかに多くの方を巻き込んでいくかですよね。スポーツの面白さは感動の共有だと思っているので、ファンやスポンサー、行政などをどんどん仲間にして進んでいければと考えています。

 

いわき・大倉:福島県の子どもたちは、スポーツテストの成績があまり良くなく、運動時間も短いんです。その中で、私たちは無料のスポーツクラスを設けて、子どもたちとふれあっています。クラブビジネスをやっていて、週末に勝たなければいけないという緊張感もありますが、そういった活動ができることにも大きな意義を感じています。

 

<了>