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最上級パーソナル・ラグジュアリーカー

text:Alstair Clements(アラステア・クレメンツ)photo:Will Williams (ウィル・ウイリアムズ)translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
1963年から1965年の初代ビュイック・リビエラはアメリカの自動車黄金期を過ごしたクルマだった。ビル・ミッチェル率いるゼネラルモーターズのデザイン部門に属した、ネッド・ニクルスによる素晴らしいスタイリングを持ち、デトロイト生れのクルマの中でも最も印象深いクルマの1台だと思う。

それに続く3代目、1971年から1973年までのビュイック・リビエラは、陰りゆくGMブランドの中にあって、最初で最後の独立したモデルだった。4代目以降はモデルと車体を共有し、エンブレムだけを張り替えたバッジエンジニアリング化していくのだ。

3代目ビュイック・リビエラ

モデルレンジの中でも最上位に位置した、パーソナル・ラグジュアリーカーのデザインは少々過激すぎ、中古車としても人気が出ることはなかった。そんな安物感のイメージは、映画やテレビの脇役として登場しても、向上することはなかった。

1965年にはアートハウス系の映画にも登場するが、1971年から1973年のリビエラはギャングなどのクルマとして登場。派手なカーアクションの後、破壊されるのがいつもの流れ。

1990年代に盛り上がったハリウッド映画の中でも、1970年代の中古車は脇役の丁度いい小道具になった。ギャングスターが安く買って乗り回すようなイメージだ。1993年の「レッドロック/裏切りの銃弾」には1971年型にニコラス・ケイジが乗っていたし、1997年の「アイス・ストーム」ではケビン・クラインがドライブ。

映画の名脇役として活躍した「悪者」

ブルースウィリスは「ラスト・ボーイスカウト」で1971年型を爆破。メル・ギブソンは「リーサルウェポン3」で武器にした。他にも登場した映画はあるが、カナディアン・ブラック・コメディでも名脇役として活躍。「騎馬警官(デュー・サウス)」ではデヴィッド・マルシアーノが1972年型を運転した。

カナダでもやはりビュイックはカーチェイスを演じ、柔らかいサスペンションを激しく屈伸。ボディから独立したシャシー強度を実証するかのように、派手なジャンプと着地を繰り返した。

3代目ビュイック・リビエラ

そんな1971年に発表された3代目リビエラは独立モデルとして誕生したが、フランスとイタリアに伸びる地中海沿岸をイメージさせる「リビエラ」という名前のクルマは、20年以上前から存在していた。初代リビエラが登場したのは1949年のニューヨーク・モーターショー。

一見コンバーチブルにも見える「ハードトップ・コンバーチブル」スタイルをまとって、ロードマスター・リビエラ・ハードトップクーペが発表。ドア後ろのBピラーをなくしたことが特徴で、流れるようなスポーティなサイドラインを描いている。だが1955年まで、4ドアのリビエラには採用されなかったデザインでもある。

ピラーレス・ウインドウに加えて、リビエラの特徴となるリアフェンダー前で落ち込むクロームメッキのサイドモール「スウィープスピア」が用いられた。このエレメントは最も有名になった1963年型には採用されず、3代目の1971年型には復活するも、その再び後消えてしまう。

フェラーリとロールス・ロイスの良いとこ取り

1963年に登場した初代のビュイック・リビエラは、元はキャディラック・ラ・サールIIとして開発されたクルマ。XP-715というコードネームで開発され、キャディラックによって却下されるも、フォード・サンダーバードのライバルとしてビュイック・ブランドが拾い上げる。

一説では、クリーンでシャープなボディラインのデザインと高性能との組み合わせは、ビル・ミッチェルによる要求だったという。フェラーリとロールス・ロイスの良いところを組み合わせる、という希望だったようだが、なかなか敷居の高い願いだ。

3代目ビュイック・リビエラ

3年後にリビエラはモデルチェンジ。1966年から1970年の2代目もエレガントなクルマだ。だが沿道の視線を釘付けにするようなアピアランスは備わらず、子供の注目を集めることもなかった。

そんな反省を踏まえて、1971年に登場した3代目リビエラは、ビュイックのモデルの中でも最も物議を呼ぶエクステリアデザインをまとっていた。逆スラントしたノーズには巨大な折れ曲がったバンパーが付き、1930年代のアメ車を彷彿とさせる過剰なボートテールなど、極端に大胆なスタイリングを得ている。

1971年型のデザインは、ビル・ミッチェルもかなり力が入っていたはずだ。これまでと異なり、3代目リビエラは初めからビュイックのモデルとして計画された。ボディサイズがここまで大きくなることは想定外だったろう。全長は5545mmで、全幅は2032mmにも達する。

賛否両論を招いた大胆なデザイン

当初の計画では、GMのコンパクトなAボディ・プラットフォームを用いて生産するはずだった。しかしコストの都合で、ビュイック・ルセーバーと同じ大きなBボディ・プラットフォームを用いたデザイナーを求められた。

ビル・ミッチェルは後に「あまりにも大きくなり、スピードボートではなく、タグボートになってしまった」 と話している。コルベット・スティングレイのようなファストバックも特徴ではあるが、リアガラスは左右分割ではなく、突き合わせで接合された大きな1枚もの。

3代目ビュイック・リビエラ

ミッチェルがチーフデザイナーだったが、実際に手を動かしたのはジェリー・ハーシュバーグ。1964年からGMに在籍し、後にビュイックのデザインスタジオ2でチーフデザイナーとなった人物。ビル・ミッチェルのアイデアを具現化する重要な役目を果たした。

「クルマはややエキセントリックに見えました。でも、コルベットもキャディラックの大きさに伸ばしたら、奇妙に見えるでしょうね。ミッチェルはクラシックなスタイルが欲しかったのです。議論を招くようなデザインも好きでしたね」 とハーシュバーグはインタビューに答えている。

スタイリングは良く練られているといえ、傾斜したテールと大きくえぐられたウェストラインは、「スウィープスピア」を再解釈し強調されたもの。だが賛否両論だった。広報資料には「近年でも最も大胆なデザイン」と表現されていたが、後にジェネラル・マネージャーとなったリー・メイズは嫌いだと個人的に話していたそうだ。

その流れを受けて1973年に発表された4代目リビエラは、デザインの大胆さは一気に抑えられた。

後編では、3代目リビエラについてさらに詳しく見ていこう。