グーグル日本法人 川合純一執行役員

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運や偶然ではなく、長期間にわたって調子のいい会社がある。それはその会社が、社風や社内用語、暗黙知などの形で、その会社独特の仕事の仕組みという「共有資産」を持っているからではないだろうか。

2015年1月29日に発表されたグーグルの2014年決算は、売上高が前年比18.9%増の660億100万ドル、純利益は同11.8%増の144億4400万ドルで、ともに過去最高を更新。この収益を基にグーグルは続々と革新的な製品やサービスを生み出していて、それを支えるのが同社独特のカルチャーなのだ。

「グーグルが特徴的なのは『イノベーション』と『スケーラビリティ』が共存している点です」と話すのは、グーグル日本法人の川合純一執行役員で、大手企業向けの広告サービスを手がける部署を統括している。イノベーションは必ずしも理屈から生まれるものではなく、偶然の発見や出会いも重要視しているそうだ。一方のスケーラビリティは、より汎用性が高い、世界中で広く使われるようなサービスを追求していくことを意味するという。

「その2つのせめぎ合いにより、いままでにない革新的なサービスを生み出すのがグーグルのカルチャーなのです」と川合さんはいう。そして、この難題を解くための重要なカギとなるのが、「10倍のスケールで考える」という“不文律”なのだ。社内の現場では「10X(テン・エックス)」という言葉が使われることが多いそうだ。

あるチームで過去の実績や市場調査などのデータを基に、来期の目標を100と設定したとする。これはあくまでも「ロジカル」に設定したもので、十分に達成可能な数字。普通の会社だと、この目標に向かって努力していく。しかし、グーグルではいったん脇に置き、「10Xでいこう」と呼びかけ、より野心的な計画を再考する。文字通り100の10倍、1000を達成するためにはどうすればいいのかと。

「ロジックや根拠は不要で、イロジカルな“10Xの脳”で目標に向かう線を引き直します。同じ期間で10倍の目標を達成しようとしたら、2次曲線、3次曲線のような急上昇するカーブを描くことになる。そして当初の目標との間に生じた乖離には、どんな課題があって、どうしたら解決できるかを考えていくのです」(川合さん)

この際に自分たちのチーム以外の部署、たとえばマーケティングやエンジニアの担当者などにも協力を要請することが日常茶飯だ。さらに、日本にとどまらず世界中の仲間を巻き込んでいくこともよくあるそうだ。

「目標を達成するために違う部署に要望を出していくが、立てた仮説や計画が野心的で大きなインパクトがあればあるほど、世界中のグーグルで働く仲間が自分の仕事の優先順位を変えてでも参画してくれます。プロジェクトが進むなかで、革新的でありながら世界中で受け入れられるスケーラブルなものが生まれてきます。それが10Xのダイナミズムです」(川合さん)

■画期的なシステムでモバイル広告急成長

13年に25%だった日本のスマートフォンの保有率は、14年には46%と大きく伸び、グーグルもスマートフォンやタブレットなどのモバイル端末向けの広告サービスに力を入れている。しかし以前だと、スマホで商品をチェックしても、そこでは購入に至らず、最終的に自宅のパソコンで決済ボタンをクリックする人が多く、そのため企業の反応はいま一つだった。

「でも、電車内でのスマホの利用は多く、たとえば朝8〜9時の通勤時間帯に検索がピークを迎える分野もあります。そこで世界中のマーケティング部署やエンジニアと一緒に意見交換をして生まれたのが『クロスデバイス(推定合計)コンバージョン』という複数のデバイスにまたがるデジタル広告の効果を測る方法です。スマホやパソコンなど複数のデバイスでの広告効果を測ることができ、いまでは数多くの企業で活用されています」(同)

通常、店を出すときは人通りの多いところ(モバイル)を狙う。さらに目立つように看板(広告)も立てる。それなのに、最終的にお金を払ってくれるところ(パソコン)だけを見ていると、大勢いる潜在的なお客を取りこぼしてしまう。クロスデバイスコンバージョンのデータによって、見えていなかったお客がどれだけいるかが一目でわかり、モバイル端末向けの広告サービスの有用性も理解されるようになった。

■部下の意思尊重が上司のスタンス

こう見てくると、グーグルの社内の雰囲気は自由闊達なように思えるだろう。実際にグーグル日本法人の社内は、和風をイメージしたインテリアで彩られていて、随所にフリースペースが設けられている。仕事をするもよし、休憩するもよし、立ち話なども大歓迎で、そこかしこで楽しそうに社員が話し込む姿を見ることができる。

「イノベーションは自由な雰囲気のなかから生まれます。私は執行役員ですが、普段肩書は気にしません。誰でも世界中の仲間に向けて自由に発言できます。自分にアイデアがあれば、部署や職位に関係なく誰にでも直接相談して一向に構わないのです」(川合さん)

自由な雰囲気という点でいうと、グーグルには「20%ルール」もある。仕事時間の20%を自分の好きなことに使え、お馴染みの「Gmail」や「Google日本語入力」なども、これを活用して生み出されてきたのだ。

「10Xを実践していくのには集中力が必要で、プライオリティの低いプランやアイデアはどうしても後回しにしがちです。しかし、そのなかに将来有望な“原石”があるかもしれない。それを探して磨いていくのに活用していくのが20%ルールです」(同)

20%ルールでは、やりたいことを本人が上司に伝えるが、そもそも好きなことをするとはいえ、ストップをかけなければならないほど突拍子もないものは出てこないそうだ。それは普段からコミュニケーションを密にしていることも影響している。

週1回、上司とチームメンバーの1対1のミーティングが行われ、ビジネスの進捗や問題点の共有を図るなかで、何を考えているのかを上司は把握する。いま川合さんのチームには、20年開催の東京オリンピックに向けた企業のニーズ発掘に20%ルールを活用しながら取り組んでいるメンバーがいて、川合さんは応援役に回っている。

「10X」「自由」「20%ルール」――。閉塞感を払拭し切れない日本企業にとって、学ぶべき点が多いはずだ。

(田之上 信=構成 稲垣純也=撮影)