「証券界のガリバー」といわれた野村證券ホールディングス(HD)の“争奪戦”が、にわかに注目を集めている。市場の低迷から経営は急速に悪化し、先に発表した7〜9月決算は460億円の最終赤字に転落。厳しい今後を象徴するように、9月6日には終値ベースの株価で業界2位の大和証券グループ本社に抜き去られる屈辱を味わった。株価逆転は両社が上場して以来、初めてのことだ。
 野村争奪戦に名を連ねるのは、日本の金融機関を代表する3大メガバンク。野村を取り込めば証券戦略で一気にライバルを出し抜き、世界に伍して戦えるとの読みに他ならない。しかし、金融庁の思惑が絡むだけに、舞台裏はそれほど単純ではない。

 金融庁は、10月末に期限が切れる空売り規制強化期間の時限措置を、来年4月末まで半年延期する内閣府令を公布した。空売りとは保有していない株式を証券会社などから借りて売り、その後に買い戻して返す投資手法。空売りした後、株価が落ち込んだ時点で買い戻せば大きな利益が出る。
 金融庁の規制は(1)株の手当てのない空売りの禁止、(2)発行済み株式の0.25%以上を空売りした場合、取引所への報告を義務付ける、の2点。要するに「不心得な輩の横行は食い止める」と宣言しているのだ。

 延長した理由は何か。
 「金融庁は、欧州危機などで市場の不安定が続いているためと説明していますが、これは建前に過ぎません。むしろ、証券取引等監視委員会などとタッグを組んで進めてきた、公募増資を巡るインサイダー摘発が、秒読み段階に入ったのではないかとの見方が専らです」(金融市場関係者)
 これには多少の説明が要る。昨年秋、東京市場で「インサイダー取引や株価操縦が恒常的に行われている」との疑惑が浮上した。昨年の7月から9月にかけて公募増資を発表した東京電力、日本板硝子、国際石油開発帝石の3社は、増資発表前から空売りによる大口取引が相次ぎ、株価が急落した。公募増資は企業が新株を発行して投資家から資金を調達する手法。株式発行増に伴い一株当たりの価値が目減りするため、株価は一時的に急落する。それを見越して事前に増資情報を掴んだ投資家が大量の空売りを仕掛け、株価が下がった段階で買い戻せば確実に儲かる。当然、これは「禁じ手」である。

 ところが、海外投資家の目には日本が「インサイダー天国」としか映らない内実がある。日本では増資を引き受ける幹事証券が事前に大口の機関投資家に対し、どれぐらい買ってくれるかを打診する需要調査を行っている。これを逆手に取ればインサイダー取引がまかり通る。そのため日本証券協会のルールでは、需要調査自体が“ご法度”とされているが、罰則規定がないこともあって、これをどこまで守ってきたかとなると怪しい限り。
 「東電など3社は目立ち過ぎたから問題視されたまでのこと。他にも疑惑の増資例はゴロゴロしている。そもそも米国では公募増資の発行価格が決まる5営業日前に空売りを行った場合は割り当てから外すとの規制があるのですが、日本では規制がない。そこに目をつけた海外のヘッジファンドなどが『証券会社だって手数料が入るから美味しいではないか』と煽り立てた。どっちもどっちの図式なのです」(証券記者)