東日本大震災の復興支援慈善試合(6月4日、鹿島)に出場するため、2006年ドイツ・ワールドカップの日本代表監督ジーコ(58)が、2006年の帰国以来、5年ぶりに来日した。現在は、ブラジル国内15の州を拠点に、貧困に苦しむ子どもたちにも良い環境で、学業と両立しながらサッカーを楽しめるスクール「ジーコ10(テン)」を開催。自宅のあるリオにはほとんどいないという多忙の中でも、日本代表について「可能な限り全てを見ている」と話す。日本代表選手、自身と同じくイタリアのウディネーゼに在籍したアルベルト・ザッケローニ監督、そして9月に始まるアジア予選について話を聞いた。
取材・構成 スポーツライター 増島みどり 取材協力・鈴木國弘氏 
今の日本は攻守のバランス、全体のバランスがとても良いチームだ

ブラジルでも日本代表の試合は見ているのでしょうか。

ジーコ 優勝したアジアカップ(1月、カタール)は全ての試合を見ることができた。ザッケローニ監督の仕事で特に印象的なのは、海外でプレーをする多くの選手たちの良いところを実に巧みに引き出している点だった。香川(真司、ドルトムント)がドイツであげた実績、すばらしいプレーは日本の攻撃能力の高さを象徴するものだ。代表としての活動期間が、チームとしても香川個人もまだそれほど長くない段階のアジアカップで、ザッケローニ監督はいち早く、彼の長所を日本の攻撃に組み入れ、全体に磨きをかけた。海外組の選手たちは、それぞれ修羅場をくぐっている。本田(圭佑、CSKAモスクワ)は、私がモスクワを辞める以前から、良い選手だ、獲得すべき、とフロントに言い続けていた。結局私がCSKAを去った(09年9月)約半年後の1月に入団したね。長谷部(誠、ヴォルフスブルク)が積んだ経験は十分に生かされ、長友(佑都、インテル)のようなパワーのある選手は守備だけで置いておくには惜しいので攻撃でも活用されている。彼らを、短い時間で融合させたのは監督の手腕だ。そして、これらが融合すれば、誰がキープレーヤーだとか、中心選手だという必要はない。そういうチームになっている。

ザッケローニ監督は、ジーコがかつて在籍したイタリアのウディネーゼでも指揮を取りました。

ジーコ 数回話したことがあるが、すばらしい人だと思った。言うまでもなく、セリエAのビッグクラブで監督を歴任することは容易ではない。それができたのは、彼のサッカーに対する真摯な姿勢と、勉強家で有能であること、そして情熱。これらが全て揃った監督だからこそだ。だから、日本代表監督としても就任間もない早い時期から結果を出したのだ。

アジアカップでは守備で力を発揮した長谷部、今野(泰幸、FC東京)はジーコが代表に初招集した選手たちですね。

ジーコ アジアカップの今野もとても良かった。新しい選手たちの活躍も楽しみだが、特に、自分と一緒に仕事をしてくれた選手たちが、代表としてがんばっている姿を見ることほどうれしいものはない。昨年のワールドカップでも、松井(大輔、グルノーブル)、駒野(友一、磐田)、大久保(嘉人、神戸)も私のもとで、代表のキャリアをスタートさせ、ともに仕事をした選手たちで、本当に感動する。

今や遠藤(保仁、G大阪)のFKは代表の武器です。

ジーコ あの代表を取材した記者なら、初めて遠藤に蹴ってみてくれ、と私が言ったシーンも覚えているかもしれない。最初は、彼がFKを蹴ることは全くなかったし、本人にもそんな気はなかったようだった。しかし、合宿で遠藤のキックを見ていると、タッチの巧さに、これはすばらしいFKをするのでは? と直感した。その後は練習で強制的に蹴らせてしまったが、ガンバに帰ってもFKをどんどん練習し、試合でも蹴って自信を持ったのだと思う。CKもすばらしいボールを蹴っているね。世界のサッカーでは益々セットプレーの重要性が高まり、大変な武器だ。今や、世界的にも注目を浴びるキックの誕生を、自分が少しでも手伝えたとすれば、こんなに光栄で、うれしいことはない。

ジーコの頃と比較して、チームとしての代表はどうでしょうか。

ジーコ 組織的であることがとても特徴的だ。バランスがとても良いともいえる。監督のサッカー観が現れているものだと思うが、攻めながらも守りへのバランスを欠かない。ポジショニングが良い点、またそれぞれが役割をよく理解して活かされている点は、アジアカップを見ていて感じることができた。攻守のバランス、全体のバランス、これがとても良いチームだ。

日本もW杯のベスト4に入る、そういう時期に来ている

9月には、もうアジア予選が始まります。何かアドバイスがあれば?

ジーコ アドバイスするまでもないが、ワールドカップのアジア予選は、同じアジアの大会だとしても、アジアカップともまったく異なった試合を強いられるものだ。中東が少し勢いを落としているかもしれないが、巻き返してくるだろうし、逆に、オーストラリアがいて中国が伸びていて、東アジアの中だけを取っても、戦いは熾烈になっている。トップを守ることだけでも本当に困難だ。しかし、何としても、アジアのトップを守り抜くのだという強い気持ち、絶対に気を抜かないこと。予選では、そういう気持ちは、技術的なものよりも大事になると思う。何よりもお願いです。本当にお願いだから、ブラジルで行われるワールドカップに日本が来ないなんていう事態は勘弁してほしいよ。

突破した場合は、リオのCFZ(ジーコ・フットボール・センター)をキャンプ地とするために代表は優先してもらえるのでしょうか。

ジーコ それには施設を拡充しないとね。リオにはあまり良い施設、環境が整っていないので、恐らく各国代表からも使いたい、という問い合わせが来るだろうね。もっとも日本代表はブラジルでも人気があるし、うちでなくてもどこでも大歓迎されるでしょう。

代表は2014年、ベスト4進出も可能でしょうか。

ジーコ 心から期待している。このまま伸び続け、これからも今以上に伸びていくだろう。日本がベスト4に入る、そういう時期に来ていると強く思う。

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[取材後記]
 5年ぶりの来日に、「自分はポルトガル移民の息子なのに、今では日本が第二の故郷となった。そしてまさか・・」と、家族のエピソードを披露した。長男ジュニオールの奥さんは日系人。12月に孫が誕生する予定で、家族に「日本人の血」が新たに加わることになる。不思議な縁に「家族にまさか、コインブラ(ジーコの苗字)ハヤシさん(ジュニオールの奥さんの苗字)が加わり、孫が生まれるなんて」と、誕生が待ちきれない様子だった。

 勝負の世界は離れたが、「ジーコ10」では子どもたちに直接指導をし、貧困などで子どもたちが学校に行かなくなるのを防ぐために学業との両立を支援する。

 1月のアジア杯について聞かれたとき、先発を、DFからフォーメーション通り即答して、それぞれのプレーに感想を言った。日本代表に注ぐ敬意と愛情は、代表を率いた頃と少しも変わっていない。

[増島みどり]
五輪、野球、サッカーを担当したスポーツ紙をへて、97年からフリーのスポーツライターに。ジーコ監督時も含め、W杯、予選、国際大会で日本代表に長く帯同し、夏・冬五輪種目など広く競技、選手を取材する。著作多数。スポーツの速報や選手ブログを集める「ザ・スタジアム」を主宰。http://thestadium.jp/