勝敗を決する「ひと言」はあるのだろうか。

 サッカーの試合、ミーティングで自分が何を言ったか覚えている指導者は意外と少ない。また、言われた選手も全員が覚えているとは限らない。

 おおむね、戦う気持ちになるようなこと、モチベーションが上がるようなことをいろいろ言うけれども、おそらく、これはというような決め台詞はないはずだ。選手にしてみれば、同じことを何度も言われて、耳にたこができているようなものだ。

 日本代表レベルの選手にはなおさらで、どんなに言葉を工夫しても、なかなかその耳にとどまるような言葉を伝えることは難しい、と川淵三郎氏は話す。

 2002年夏から日本代表監督に就任したジーコが、ワールドカップ予選の試合のたびに言っていた言葉がある。

 「さぁ、行こう! みんな試合を楽しんでこいよ!」

 多くの監督はこういうだろう。「さぁ、みんな死ぬ気でがんばれ!」。これでは、からだを硬くしてやれ! 緊張でかちんかちんになってやれ! と不要にプレッシャーを与えているようなものだ。ところがジーコは違った。リラックスして、日頃の力を十分出しなさいよ、リラックスすれば、日頃の力は十分でるよ、という考え方だった。もちろん、選手とジーコの間に信頼関係ができているからこそ、言えた言葉だった。
 
 勝敗を決する「ひと言」はあるのだろうか。

 「このひと言で選手が変わった」ということがあれば、それは指導者の思い込み、過信に過ぎないだろう。「この言葉で決めてやろう」と思って言った言葉では、なかなか選手の心は動かせないものだ。しかし、ほんの「何でもないひと言」で、選手が何かを「感じる」ことはある。ジーコのような予想外の言葉の方が、選手の心に残るのかもしれない。

 ただし、その言葉は、指導者の気持ちを率直にこめた真摯な指導から生まれるもので、選手のおかれた状況や立場にぴったりと合致した時こそ受け止められるのであり、それでも「そのひと言」が100人が100人全員に受け止められるとは限らない。その意味で、決め台詞というのはない。「勝つひと言」というなら、それはそのときの状況と、その選手の心構えに対してのひと言だろう。

 W杯で快進撃を続けた日本代表の岡田監督が、試合前にどのような言葉を選手に投げかけたのか、気になるところだ。



『勝つ! ひと言』
 著者:山田 ゆかり
 出版社:朝日新聞出版
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