試合中に自軍ベンチ裏で一服中の中島選手

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前回このコラムで育成選手制度についてふれたのだが、その育成枠導入に先立つこと5年前、2000年のドラフトから3年間にわたり、オリックスブルーウェーブ(当時)が「契約金ゼロ枠」という試みを実施したことがあった。

これは、プロ球団に入団するには実績や力量が不足していると思われる選手に対し、入団時の契約金を支払わないことにして、登録日数や出場試合など一定の条件を満たした場合のみ後から契約金を支払うという制度で、当時大きな議論を呼んだ。

現在の育成枠に比べると「育成」というよりも「即戦力」を求めるスタンスが濃かったため、大卒社会人選手の獲得が中心で、実力を見極める期間が短かった(実際に1年で自由契約になった選手も存在する)。また、契約金というリスクをとらずに選手を獲得し、戦力にならなければ即解雇するという球団側の姿勢がクローズアップされ、批判的な見方をされることが多かった。

当時NHKの番組『にんげんドキュメント』の中でも、「契約金ゼロで挑んだ男たち」というテーマで取り上げられたのだが、ここでも「低年俸・契約金なしでもプロ選手という夢を捨てきれない選手たち」というような、いささか悲哀を込めた描き方をされていた。実際に社会人選手などは、プロ入りしたことで逆に給料が下がるというケースもあったようだ。

結果として、3年間で入団した選手の多くが、成績を残すどころか一軍の試合出場すらかなわず、2003年球団GMに就任した中村勝広氏は「本人にとってもチームにとってもメリットはない」という判断を下す。「契約金ゼロ枠」は撤廃されることになり、3年間で入団した計10選手についても、2005年までに1名を残して全員が引退に追い込まれることになった。

そんな中、唯一の生き残りとして現在もプレーし続ける選手がいる。楽天イーグルスに所属する中島俊哉である。「契約金ゼロ枠」最後の年である2002年ドラフト8巡目で入団した中島は、2004年の選手分配ドラフトによる楽天移籍を経て、二軍で着実に実績を積んできた。2007年には球団史上初のファーム月間MVPにも輝いている。

守備には不安を抱かせながらも、その脚力とパンチ力はチームにとって大きな魅力だ。2008年に規定打席不足ながら一軍で打率.315、5本塁打をマークすると、昨季は故障による離脱がありながら、クライマックスシリーズ第1ステージ1回戦でソフトバンクのエース杉内から左翼ポールを直撃する2ラン本塁打を放った。

引退した礒部公一から背番号8を受け継いで迎えた今シーズン。6月で30歳になる中島にとっては野球人生をかけた勝負の季節となるが、彼はここまで二軍戦での出場に留まっている。

5月の青空の下、ジャイアンツ球場でプレーする彼の姿を観た。よみうりランドのジェットコースターから聞こえる悲鳴が風に舞う中で行われたこの日の試合、中島は4打数無安打。しかし強風が吹きつける中で、右翼手として6度の守備機会を無難にこなした。

今季、楽天の一軍は開幕から打線が低調。鉄平やリンデン、山崎武司ら主力打者の不調は中島にとって大きなチャンスとなる。悲願のレギュラー獲得に向け、聖澤諒、中村真人といった若手のライバルは多いが、ここは楽天球団創設時からのメンバーとして培ってきた経験と努力の成果を発揮して、活躍の場を見出してもらいたい。

ちなみに2004年の選手分配ドラフトを経て誕生した楽天イーグルスは、その後新入団やトレードで所属選手の新陳代謝が進み、旧オリックスを経て入団した14選手中、今季も楽天でプレーしているのは山崎武司と中島の二人だけである。

(写真:試合中に自軍ベンチ裏で一服中の中島選手。この後捕手の藤井も合流して談笑。)

2010年5月2日(日)
巨人2−4楽天
 勝利投手 川井 (2勝1敗0セーブ)
 セーブ  石川 (1勝1敗1セーブ)
 敗戦投手 西村優(0勝1敗0セーブ)
 本塁打
 楽天 丈武3号ソロ
 巨人 エドガー2号ソロ

※毎週月曜日更新

■筆者紹介
松元たけし
野球は観るのもプレイするのも大好き。そしてビールが生きがいの20代後半。
好きな球団はV9巨人と広岡監督時代の西武、そして野村監督時代のヤクルト。
西武第二球場やヤクルト戸田球場で観戦した帰りには、隣接の選手寮を外から覗くストーカー行為をはたらく。いやぁ、みんなちゃんとごはん食べてるかなと思ってさ。

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