人生の役に立たないカープ助っ人外人列伝
テキスト系妄想メディア「ワラパッパ (WARAPAPPA )」より
こんにちは。ザ・ギースの尾関です。
突然ですが僕は広島カープが大好きです。数多くある球団でのあの何とも言えない立ち位置。貧しさ、そして赤さ。歴史からしても独特のカラーの球団です。お金がないがゆえに、高いお金を出して助っ人外人を取るという発想は全くなく、自前で育てようとドミニカに自前の助っ人育成施設を作ってしまう程です。(野菜を買うお金がなかったので、カイワレやミニトマトをベランダで育てていた僕の実家を思い出します。)
今日はそんな奇妙な球団、広島カープの一風変わった助っ人外人の歴史の中から、一ミリも人生の役に立たないエピソードをいくつか紹介したいと思います。
どうかこれらのエピソードが皆様の心に響きません様に。
・ドミニカから来たケサダという選手が一番最初に覚えた日本語は「ヒャクマンエン」
・デッドボールに怒りすぎて、外野までピッチャーを追いかけて行ったアレンはもう今年で54歳。
・エディ・ディアスという選手は牛の配合に興味がありすぎて牛の配合の本を試合中ベンチでも読んでいた。
・ロマノというピッチャーは将来自分の遊園地「ロマノランド」を設立する夢があり、勝手に想像で描いた設計図を常にカバンに入れていた。
・コルビー・ルイスはイタズラの微調整ができず、チームメイトの部屋に氷水を大量に流し込んで変な空気になった。
・球が揺れるナックルボールを投げていたフェルナンデスの球団オリジナルグッズはふんどし(タマが揺れるつながり)
・鳴り物入りで入団したトレーシーは、来日してすぐに「トレーシーのラジオの英会話」を半年分録音したが、3ヶ月でいなくなった。
・バーデンはベンチでYouTubeを見過ぎてクビになった。
・デイビーという選手はチームメイトに自分の大便を写メールで送る性癖があった。
・試合中背中にセミが止まった助っ人外人はカープのチュークだけ。
いかがだったでしょうか。
万が一、皆様の人生の役に立ったとしたら彼らが来日した、いや彼らがこの日本で生き抜いた意味があったと言えるのではないでしょうか。
今後も広島カープから目が離せません。
こんにちは。ザ・ギースの尾関です。
突然ですが僕は広島カープが大好きです。数多くある球団でのあの何とも言えない立ち位置。貧しさ、そして赤さ。歴史からしても独特のカラーの球団です。お金がないがゆえに、高いお金を出して助っ人外人を取るという発想は全くなく、自前で育てようとドミニカに自前の助っ人育成施設を作ってしまう程です。(野菜を買うお金がなかったので、カイワレやミニトマトをベランダで育てていた僕の実家を思い出します。)
今日はそんな奇妙な球団、広島カープの一風変わった助っ人外人の歴史の中から、一ミリも人生の役に立たないエピソードをいくつか紹介したいと思います。
・ドミニカから来たケサダという選手が一番最初に覚えた日本語は「ヒャクマンエン」
・デッドボールに怒りすぎて、外野までピッチャーを追いかけて行ったアレンはもう今年で54歳。
・エディ・ディアスという選手は牛の配合に興味がありすぎて牛の配合の本を試合中ベンチでも読んでいた。
・ロマノというピッチャーは将来自分の遊園地「ロマノランド」を設立する夢があり、勝手に想像で描いた設計図を常にカバンに入れていた。
・コルビー・ルイスはイタズラの微調整ができず、チームメイトの部屋に氷水を大量に流し込んで変な空気になった。
・球が揺れるナックルボールを投げていたフェルナンデスの球団オリジナルグッズはふんどし(タマが揺れるつながり)
・鳴り物入りで入団したトレーシーは、来日してすぐに「トレーシーのラジオの英会話」を半年分録音したが、3ヶ月でいなくなった。
・バーデンはベンチでYouTubeを見過ぎてクビになった。
・デイビーという選手はチームメイトに自分の大便を写メールで送る性癖があった。
・試合中背中にセミが止まった助っ人外人はカープのチュークだけ。
いかがだったでしょうか。
万が一、皆様の人生の役に立ったとしたら彼らが来日した、いや彼らがこの日本で生き抜いた意味があったと言えるのではないでしょうか。
今後も広島カープから目が離せません。
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