辞任か続投か〜代表監督はつらいよ(後編)

【前編】サッカー日本代表はぬるま湯? 世界では勝てなかった代表監督が次々と去っていった>> 

 たった1試合の敗戦でクビが飛ぶこともある代表監督。だが、代表監督を苦しめるのはそれだけではない。辞めることではなく、辞められないことだ。ワールドカップが終わってもピッチ外の笛は鳴り止まない。批判は続き、世論は収まらず、次の代表戦は容赦なく近づいてくる。

 まさにその渦中にいるのがカルロ・アンチェロッティだ。世界で最も成功したクラブ監督のひとりであり、欧州5大リーグを制し、チャンピオンズリーグを何度も勝ち抜いてきた名将である。だが、その男がブラジル代表を率いて初めて臨んだワールドカップの結果は、期待とは程遠いものだった。


続投するカルロ・アンチェロッティ、森保一の両代表監督 photo by JMPA

 ブラジルがノルウェーに敗れたからではない。ブラジル人が受け入れられなかったのは、その戦い方だった。この国では、「どう勝つか」が「勝ったかどうか」と同じくらい重要である。「ジョゴ・ボニート」――美しく、自由で、見る者を魅了するサッカー。それは単なるプレースタイルではない。ブラジルという国のアイデンティティーそのものだ。だから、内容の乏しい勝利も、消極的な試合運びも、人々の心には残らない。敗退後、ブラジル国内では批判が一気に噴出した。

「これはブラジルのサッカーではない」
「なぜ外国人監督に未来を託したのか」
「ブラジルらしさはどこへ行った」

 矛先は、すべてアンチェロッティへ向かった。

 重圧を背負ったのは彼だけではなかった。アシスタントコーチを務めていた息子のダヴィデ・アンチェロッティにも非難が集中した。大会終了後、ダヴィデはフランスのリールの監督に就任し、ブラジルを離れることになった。新しい挑戦であると同時に、この終わりの見えない騒動から距離を置くという意味もあったのだろう。

 さらに、アンチェロッティの家族までもが、この状況に疲弊していると伝えられている。彼のカナダ人の妻は、夫に代表監督を辞めてほしいと望んでいる。批判も重圧も、ブラジルという国がサッカーに注ぐ熱量も、想像をはるかに超えていたからだ。

【クラブでは成功を収めても】

 大会終了後、アンチェロッティ一家はブラジルへ戻らず、バンクーバーに滞在している。契約は2030年まで残っている。だが、果たしてアンチェロッティがリオデジャネイロへ戻る日は来るのか。いま、その問いに答えられる者はいない。

 イングランド代表のトーマス・トゥヘルもまた、似た立場に置かれている。契約はユーロ2028まで。だが、その契約にはひとつの条項が盛り込まれているという。結果次第では延長もあるが、逆に途中で切られる可能性もある。代表監督の契約書は、クラブ以上に冷徹だ。

 アルゼンチンとの準決勝。あと一歩届かなかった敗戦は「惜しかった」では終わらなかった。「なぜ勝てなかったのか」という問いだけが残った。イングランドは1966年以来、ワールドカップを掲げていない。半世紀以上積み重なった期待は、ひとりの監督では受け止めきれるものではない。メディアは疑問を投げかける。サポーターは失望を隠さない。評論家たちは次の監督候補を語り始めた。

 トゥヘルは続投する。しかし、その椅子は決して安定していない。クラブサッカーでは、タイトルを積み重ねれば名将と呼ばれる。だが、代表監督には別の時間が流れている。4年に一度というわずかな機会のために準備を重ね、たった数試合で評価が決まる。積み上げた実績も、世界的な名声も、その瞬間、何の保証にもならない。アンチェロッティもトゥヘルも、その現実を痛いほど知ることになった。

 残ることにもまた覚悟がいる。ワールドカップが終わっても、戦いは終わらない。代表監督に休息はない。大会が終わったその日から次の4年間が始まる。ベンチに残ることを選んだ監督たちは、その現実を誰よりも知っている。

 ルイス・デ・ラ・フエンテは、その資格を自らの手で勝ち取った。スペインを世界王者へ導いた今大会で、彼が築いたチームは最後まで自分たちのサッカーを貫いた。勝ったからではない。どんな相手にも自分たちのスタイルを曲げなかったことが、スペインの人々に支持された理由だった。代表監督という仕事は、結果だけでは測れないところがある。国がどんなサッカーを望むのか。その答えを体現できるかどうかも問われる。デ・ラ・フエンテはその問いに応えた。だから彼の物語はまだ終わらない。

【代表監督を続ける勇気も必要】

 そのスペインに決勝で敗れたアルゼンチンのリオネル・スカローニも、ベンチに残ることを選んだ。試合終了後の会見で、彼の目には涙が浮かんでいた。あと一歩届かなかった悔しさ。4年間積み重ねてきた時間が終わった寂しさ。その両方が、静かな表情ににじんでいた。それでも彼は、辞任という言葉を口にしなかった。

「このチームには、まだ未来がある」

 会見で語ったそのひと言に、彼のすべてが表れていた。少なくとも2026年末までは指揮を執り、その先のことは時間をかけて考えるという。感情に流されて決断しない。それがスカローニという監督であり、アルゼンチンが彼を信頼し続ける理由なのだろう。

 その立場は、日本代表の森保一監督にも重なるかもしれない。ワールドカップで日本はまたしても「新しい景色」へあと一歩、届かなかった。それでも日本サッカー協会は森保の続投を決めた。

 1試合の勝敗で評価したわけではないのだろう。8年間という積み重ねだ。森保が築いてきたものは、結果だけでは測れない。日本代表は、世界の強豪と互角に戦うことが当たり前のチームになった。海外で活躍する選手は増え、世界は日本を「勝って当然の相手」ではなく、「油断できない相手」として見るようになった。

 もちろん、課題は残る。「あと一歩」とはいえ、その一歩が最も困難かもしれない。ただ、それは監督ひとりで埋められるものではない。日本サッカー全体で越えるべき壁だ。そう判断したからこそ、協会は来年のアジアカップまで同じ監督にその続きを託したに違いない。「勝てなければ去る」が当たり前になった今日のサッカーで、異例の決断であることは確かだ。

 いずれにせよ代表監督には、辞める勇気だけではなく、続ける勇気も必要なのである。

 アメリカのマウリシオ・ポチェッティーノ、トルコのヴィンチェンツォ・モンテッラ。ノルウェーのスターレ・ソルバッケン、ウズベキスタンのファビオ・カンナバーロ。そして、パナマを2度目のワールドカップへ導いたトーマス・クリスティアンセンもまた、続投という道を選んだ。だがそれは「安定」を意味しない。むしろ、次の失敗まで猶予を与えられたにすぎない。代表監督とは常に期限付きの仕事なのだ。

【ジダン、クロップ...新監督が続々と誕生】

 ワールドカップが終わると、世界中で空席になったベンチが新しい持ち主を探し始める。監督は去る。その椅子が空いたままになることはない。

 フランスがディディエ・デシャンの後任に選んだのはジネディーヌ・ジダンだった。選手として祖国を世界王者へ導き、クラブではレアル・マドリードで黄金時代を築いた男が、今度は代表監督として新たな挑戦に臨む。

 ドイツはユルゲン・クロップを迎えた。低迷が続く代表を立て直すために必要なのは戦術だけではない。再び「自分たちは勝てる」と選手たちに信じさせる力がなければならない。その役目を託されたのである。

 ウルグアイはディエゴ・フォルランを暫定監督に任命した。国を知り、代表を知り、ワールドカップという舞台の重みを知る男。国のレジェンドに未来を託した。

 次回2030年大会のホスト国であるポルトガルは、ジョルジェ・ジェズスが新しい時代を築こうとしている。メキシコではラファエル・マルケスがハビエル・アギーレからバトンを受け取った。どの国も、新しい4年間を歩き始めている。監督が変わるということは、戦術が変わるだけではない。国の夢を託す相手が変わるということでもある。

 ワールドカップではよく「90分で人生が変わる」と言われるが、それは選手だけの話ではない。ベンチの監督もまた、90分で英雄になり、90分で職を失う。それでも彼らは、ピッチの脇に立ち続ける。試合開始の笛が鳴れば、迷いも恐怖も胸の奥へしまい込み、自分の信じるサッカーを貫こうとする。その姿は、選手たちとは違う意味で孤独だ。

 2026年ワールドカップは、史上最大規模の大会として記憶されるだろう。しかし同時に、代表監督という仕事が、かつてないほど過酷な職業になったことを、世界中の誰もが目撃した大会でもあった。勝者は喝采を浴び、敗者は舞台を去る。そしてその空いた椅子にはまた新しい誰かが座る。「指揮官たちの舞踏会」が終わることはない。

リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon