特別な才能がなくても。「自分の輪郭の見つけ方」を大学で学ぶ――週末北欧部chika【learn learn FINLAND―北欧で、生き方を学ぶ記録】
北欧好きをこじらせて、ついにかの地への移住を果たしたコミック作家、週末北欧部chikaさん。そこで出会ったのは、「学び」によって人生を耕す人々と、それを後押しする社会。学びをとおして“世界の見え方”が更新され、新しい人生が形作られてゆく――そんな「学びの先にあったもの」を見つめるエッセイです。(毎月第1水曜日更新)
※NHK出版公式note「本がひらく」の連載「learn learn FINLAND ――北欧で、生き方を学ぶ記録」より
#05 自分の名前で働くためのレッスン
フィンランドの芸術大学で受けていた3か月コースの中で、「自分の名前で働くこと」というテーマで授業をしてくれたのは、ひとつの肩書きに収まらないユニークな先生だった。
先生はグラフィックデザインやイラストレーションを軸にしながら、ブログを書き、コメンテーターをし、漫画を描き、子ども向けの絵本まで出している。
授業のパワーポイントは、ほとんど写真だけ。
文字の並んだ資料を追うというよりも、先生自身の話を聞きながら「その人がどんなふうに考え、自分の仕事を作ってきたのか」を少しずつ受け取っていくような時間だった。
先生の「自分の名前で働くキャリア」の始まりは、ブログだったそうだ。
最初から立派な仕事や、目に見える実績があったわけではない。
けれど先生は、そのブログに「デザインブログ」という名前をつけた。
そこでは自分の作品を紹介するだけでなく、少しユーモアのある投稿も続けていたそうで、意外にもそれがキャリアの輪郭を作るのに役立ったそうだ。
たとえば、フィンランドには「フィスカルス」という、オレンジ色のハサミでよく知られたブランドがある。
先生は、祖母から譲り受けた形見のハサミをオレンジ色に塗り、まるでフィスカルスのように見せて投稿した。
またフィンランドでは、使い終わったコーヒーパッケージを編んだり縫ったりしてバッグに再利用するクラフト文化があるけれど、先生は流れをあえて逆にして、古い布バッグからコーヒーパッケージを作った。
それらは立派な作品紹介ではないけれど、「身近なものを少し違う角度から眺め、そこにデザインやユーモアを見つける」という先生らしさは、そんな小さな投稿に表れていた。
日々の中で何を面白がり、何を自分らしい視点として受け取っているのか……その発信の積み重ねが、少しずつ「この人はこういう見方をする人なんだ」という輪郭となり、やがて先生は「デザインに詳しい人」「独自の視点を持つ人」として知られるようになっていった。
すごい実績がそろってから始めるのではなく、まだ小さな興味や視点に、自分で名前をつけてみる。
そして、それを少しずつ外に出していく。先生の話を聞きながら、「自分の名前で働く」ということの始まりは、案外そういうところにあるのかもしれないと思った。
授業の中で、先生がはっきり言っていたことが二つあった。
ひとつは、どんな人として知られたいかを、自分で決めること。
もうひとつは、「あなたは誰か」も大事だけれど、もっと大事なのは「あなたはどうなりたいか」だということ。
人にどう見られるかは周りが決めるものだと思いがちだけれど、「どんな人として認知されたいのか」は自分で考えて決めてもいいのだと先生は言った。
先生自身もデザインでの知名度や実績が十分ではなかったころから、「デザインブログ」で活動を始めていた。
デザインのことをやりたいなら、まず自分の場所にその名前を置いてみる。
そうすると、その名前に少しずつ自分が追いついていく・・・・・・そんな順番があってもいいのだと教えてくれた。
先生はまた、自分からひたすら売り込みに行くよりも、できれば相手のほうから見つけてもらえる状態を作るほうが理想的だ、とも話してくれた。
そのために大事なのは、自分が何をしている人なのか、何に関心があるのかを、小さくても発信し続けること。先生自身も、人に覚えてもらうための工夫をいろいろ試してきたのだという。
たとえば、オリンピックのロゴなど新しいデザインがニュースで話題になったら、自分の意見を発信する。
年中ハーフパンツをはいて、いつも同じようなポーズで写真を撮り続ける。
「小さいサングラスをかけるでもいいし、常に小さい豚を小脇に抱えていてもいい。人に自分らしさを覚えてもらえることなら何でもいいんだ!」
先生の極端な例には少し笑ってしまったけれど、もちろん奇抜なことをしろという話ではなかった。
大事なのは、どういう人として覚えてもらいたいのかを自分で考えて、外に出してみることなのだと思った。
その授業の中で、先生はよく人から言われることとして、こんな話もしてくれた。
「自分には、そんな特別な才能がない。
あなたみたいに、自分自身を価値にできるようなものは何もない」
そう言われることがあるのだそうだ。
けれど、そんな考え方に対しても、先生の話はかなり具体的だった。
特別なことが何もないと思うなら、自分がいつも見ているYouTubeなどの動画の履歴を見てみればいい。そこには、自分が飽きずに見ていられるもの、興味があるもの、好きなものが並んでいるはずだ。
そこから、自分の好きなことを書き出していけばいい。必ず何かのヒントがある、と。
ただ「自分らしさを見つけよう」と言われるより、まずは自分が実際に見続けているものを見てみればいい・・・・・・そんな具体さが素敵だなと思った。
そして、そこから何か見えてきたのなら、それを形にするのは他の誰でもなく、自分でやるしかない。だからこそ、それが自分にとっても楽しくて、しかも誰かに楽しさやうれしさを渡せるものなら、それはとてもいいことだと、先生は話してくれた。
そのうえで、先生は「物事を複雑にしすぎないことも大切だ」と続けた。
まだ準備が足りないとか、競合がいるとか、考え始めれば気になることはいろいろある。
けれど、そこばかり見ていると始める前に立ち止まってしまう。
先生自身も、まだ100%ではなくても、60%くらいの完成度から仕事になっていく経験をしてきたのだという。
完璧になるのを待ちすぎなくていい。
この授業で先生が何度も伝えてくれていたのは、そんな始め方の軽やかさだった。
先生は、自分自身を価値にすることの難しさについても話してくれた。
自分の名前で活動するからといって、全部を出せばいいわけではない。
先生には三人のお子さんがいるけれど、そのことはあまり公にはしていないらしい。
小さいうちはまだしも、大きくなれば子どもたちは親の活動とは別の場所で生きていく。
その時に「あの人の子ども」として見られてしまうのは、フェアではない……そんな想いがあるからだそうだ。
その話が、私はとても印象に残った。
自分の名前で活動するというと、どこか「自分を出すこと」に意識が向きやすい。
けれど本当は、出さないものを決めることも、その人らしさを守る一部なのかもしれない。
先生の授業を受けながら、感じたことがある。
私はこれまで、「まず名乗ってみる」ということに、どこか慎重だったのかもしれない。
まだ自分の中でしっくりきていない言葉を使うと、なんだか落ち着かない気がしていたからだ。
けれど先生が話していたのは、自分を大きく見せることではなかった。
フィンランドが好きなこと。
漫画を描いていること。
小学生の頃から日記を毎日書いていること。
どれも私にとっては、ずっと大事にしてきたものだった。
ひとつずつ見れば、それぞれに深く関わっている人はたくさんいる。
けれど、その三つが自分の中で「重なっていること」には意味がある。
好きで見続けてきたもの、書き続けてきたもの……
そんな小さな積み重ねの組み合わせが、少しずつその人の輪郭になっていくのかもしれない。
先生の話を聞いて、自分の名前で働くということが、以前より少し具体的に、そしてやわらかく見えてきた気がした。
次回はその続きとして、何かを始めたあとに出てくる未成熟さや失敗と、どう付き合っていくのかについて書いてみたいと思う。
週末北欧部chika
フィンランドが好き過ぎて13年以上通い続け、ディープな楽しみ方を味わいつくした自他ともに認めるフィンランドオタク。移住のために会社員生活のかたわら寿司職人の修業を始め、ついに2022年春に移住。モットーは「とりあえずやってみる」。好きなものは水辺、ねこ、酒、一人旅。著書に『北欧こじらせ日記』シリーズ、『マイフィンランドルーティン100』シリーズ、『世界ともだち部』シリーズ、『フィンランド くらしのレッスン』、『Tasty! 日刊ごちそう通信』、『まいにちヘルシンキ』など多数。
バナータイトルデザイン 山崎友歌(Y&Y design studio)

