「NISAなんて始めなきゃよかった」…年金月13万円・67歳元会社員、50万円投資が1ヵ月で8%増。絶好調の滑り出しに歓喜も…震える手でスマホを握りしめたワケ
毎日のようにスマホの画面を見つめ、胃を痛める日々。お金の不安をなくすために始めたはずの新NISAが、いつの間にか67歳男性から老後の平穏を奪い去っていました。現役世代とは違う「シニアの投資」。本当に大切にすべきこととは? 男性の実例から、無理のない資産運用について探ります。
「年金月13万円じゃ足りない」…投資に老後を託した67歳男性
加藤重雄さん(仮名・67歳)は、長年勤めた機械部品メーカーの下請け企業を定年退職し、年金生活を始めて2年ほどになります。
若い頃に離婚をして、一人暮らし。受け取っている老齢年金は月13万円ほどです。しかし、実際の生活費はそれを上回っていました。
「家賃が7万円。そこに光熱費や食費、通信費なんかを入れると、最低でも月16万〜17万円はかかる。病院代や、2年に1回の家の更新費、ちょっとした交際費を入れると、年金だけではとても暮らしていけません」
そのため加藤さんは、週に3日、商業ビルのテナントが閉まった後の夜間見回り・管理のアルバイトをしています。これで得られる収入が月約7万円。年金と合わせれば月20万円ほどになり、当面の生活費はまかなえていました。
しかし、現役時代に用意した貯蓄は約800万円。物価高の影響もあり、決して余裕があるとはいえません。最近は、年齢のせいか足腰の痛みが悪化していました。
「このアルバイト、一体いつまで続けられるんだろうか。もし働けなくなったら、一気に生活が破綻してしまう……」
加藤さんの心に、底知れない焦りが募っていました。
「貯金だけでは沈む」テレビの言葉に背中を押され
そんなとき、テレビやネットで目にするようになったのが新NISAの話題でした。
「物価上昇の時代、貯金だけでは資産が目減りする」「非課税で効率よく資産形成」「シニアでも遅くはない」――そんな言葉を聞くうちに、加藤さんは考えるようになりました。
「ただ貯金が減るのを待つよりも、やってみたほうがいいんじゃないか?」
焦りに背中を押されるようにして、加藤さんはNISA口座を開設。成長投資枠を使い、初心者向けとして大人気だという米国株インデックスファンド(投資信託)に、手元の貯蓄から50万円を投じることにしたのです。
ところが、ここから加藤さんの生活は一変することになります。
1ヵ月で「プラス4万円」の衝撃
投資を始めて1ヵ月が経った頃、スマホの画面には期待以上の数字が表示されていました。世界的な株高と円安の波に乗り、投資信託の評価額がわずか1ヵ月ほどで8%も上昇していたのです。
50万円だった運用資産は、一気に54万円台へ。もちろん現金化していないので単なる含み益ではありますが、加藤さんは数字を見て歓喜しました。
「ちょっと待っただけで4万も増えた。投資ってのは、すごいもんだな」
この強烈な成功体験が、加藤さんの日常を狂わせ始めました。
50万円で4万円ほど。ということは100万円入れていたら8万円だった。それは、加藤さんの1ヵ月のアルバイト代を超える金額です。
「よし、思い切って……150万円追加しよう。この調子で利益が出たら、すごいことになる。国が推薦している仕組みだから、酷いことにはならんだろう」
加藤さんは計200万円の原資で、老後の安心を得ようとしたのです。
「お金の不安解消」のための投資だったはずが…
しかし、貯金の4分の1という大金を投資に回した加藤さんは、朝起きてから夜寝るまで、日に何度もスマホで基準価額をチェックするようになります。投資信託の価格更新は1日1回だと知っている。それでも、確認せずにはいられないのです。
相場は良い時ばかりではありません。翌々月、株価は急落。「頼む、上がってくれ」という願いもむなしく下がり続け、評価額もプラスからマイナスへ。
その後、それほどの時間を待たずして、相場は一転プラスになりました。ところが「また下がるかもしれない」という不安がなくなりません。アルバイト中もスマホが気になり、仕事が上の空になることもしばしばでした。
「お金の悩みを軽くしたい、安心したい」と始めた投資が原因で、お金のことで頭がいっぱいになり、精神的に追い詰められていった加藤さん。――まさに本末転倒の状態です。
「毎日スマホばっかり見て、不安で胸がいっぱいなんて。いったい俺は、何をやってるんだ。こんなことなら、始めないほうがよかったんじゃないか……」
「このままじゃ駄目だ…」投資と家計を見直し
限界を感じた加藤さんでしたが、「投資をやめる」という選択は思いとどまりました。それでは、当初抱えていた“この先への不安”の解決にはならないからです。
加藤さんは、上がったタイミングでNISAでの保有額を100万円にまで縮小。残りは毎月1万円ずつの自動積立に変更し、スマホから証券会社のアプリを削除したのです。
「毎週土曜日に1回だけ見ることに決めました。それでも、つい見たくなるんですが……少しずつ癖をつけていかないとね」
投資額が大きすぎて「もし大暴落したら」という不安に囚われてしまった加藤さんでしたが、100万円は「精神的に耐えられる、自分にとっては絶妙な金額」と語ります。
あわせて生活費も見直したといいます。「節約は自分の意志でコントロールできますから。何も手を出せない投資の暴落に怯えるストレスより、よっぽど気楽です」と加藤さんは笑います。
老後は「大きく増やすこと」より「安心して続けられること」を優先する
シニア世代の投資は、若い世代とは違い、「大きく増やすこと」よりも「安心して続けられること」が何より大切です。
しかし、早く増やしたいと焦るあまり、リスク許容度に合わない金額を投じたり、個別株などで“博打”のような投資をしてしまうケースは少なくありません。新NISAの“つみたて投資枠”は選定基準が厳しい一方で、“成長投資枠”は幅広い商品から選択できます。その分、慎重な選択が求められます。
加藤さんが選択した米国株ファンドは実績があり、優良企業に広く分散投資されているため、比較的安定した値動きが期待できるものです。とはいえ、投資に100%はありません。仮にリーマンショックのような大暴落が起きた時、シニアの場合は現役世代のように「リカバリーまで10年待つ」という時間が残されていない可能性も考慮する必要があります。
とはいえ、預金だけでは物価上昇に対応できないのも事実です。だからこそ、自分の性格や年齢、そして生活状況に合わせて「ハラハラしない、放っておける範囲」で無理なく資産を分けていくことが、老後を穏やかに過ごすための現実的な選択といえるでしょう。
