日本企業の伴走者として「人権意識変革」へ 蔵元左近弁護士が語る「ビジネスと人権」次のステージとは
ジャニーズ事務所、フジテレビ--。企業を揺るがしたハラスメント問題は、「ビジネスと人権」の重要性を広く知らしめた。10年以上前からこの概念の普及に取り組んだ第一人者で、ジャニーズ性加害問題当事者の会の代理人を務めた蔵元左近氏(BUSINESS LAWYERS AWARD 2025 ビジネスと人権部門賞、主催:弁護士ドットコム)に、日本企業の人権意識の変化と今後の課題を聞いた。
●あれから10年、ようやく芽吹いた意識
ジャニーズ事務所、フジテレビ…有名企業を揺るがしたハラスメント問題。人権侵害が企業の存亡にも関わるという「ビジネスと人権」の重要性を、多くの日本人は初めて知った。しかし、蔵元左近氏は驚かなかった。10年以上前から「この概念は、日本の経済界にも必要とされる時代が必ず来る」と予見し、情報発信と企業支援を続けてきたからだ。
「ビジネスと人権」の概念に初めて触れた2012年ごろから、雑誌の連載や講演、ビジネス系弁護士と労働者側弁護士の垣根を超えた研究会の企画など、尽力してきた。2022年には、友人である高橋大祐弁護士ら専門家と共に「ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)」を設立。同機構は、グリーバンス・メカニズム(苦情処理メカニズム)を備えた第三者的プラットフォームとして、世界でも先進的な取り組みだ。個人などからの通報を受け付け、弁護士などの専門家が関与し、訴訟に頼らずに企業との対話・救済を促進する。
しかし、2023年に英BBCがジャニー喜多川氏の性加害問題を報じた当初、日本の企業関係者や記者から「ビジネスと人権」というワードは出てこなかった。「それまでの情報発信や企業支援は、十分ではなかったのだと痛感しました」と蔵元氏は振り返る。
その後、被害当事者の会の代理人に就任したこともあり、「ビジネスと人権の専門家」としての認知度は大きく高まった。日本企業の問題意識も明らかに変化し、取締役会向けの研修や全社的な支援の依頼が相次いでいる。人権侵害の起きやすい業界はまだまだある。「日本の各業界の構造的な弱点を克服したい。社会が変わっていく手助けができたらと思っています」
●ニューヨークの中心で受けた衝撃
もともと、一橋大学大学院で国際法を研究し、法曹の道に進んだ蔵元氏は、ずっと葛藤を抱えていた。企業法務に専念するビジネス系弁護士として生きるのか、自身の関心事である公共性の高い分野に関わるのかー。ニューヨーク州のコーネル大学への留学で、都市から離れた自然のなかで、環境に配慮する生活や価値観に触れた。
そして、オバマ大統領が誕生した2008年、マンハッタン中心部の名門・スキャデン・アープス法律事務所で勤務した際に、大きな衝撃を受ける。それは、移民問題や環境訴訟などあらゆるプロボノ案件に若手弁護士が積極的に取り組む姿だった。しかも、報酬対象となる労働時間の中に、一定のプロボノ活動が組み込まれるシステムが確立されており、「日本は遅れている」と感じた。今では日本の大手事務所も導入しているが、当時の日本では一般的でなかった。
帰国してからも、葛藤は消えなかった。日本企業において、人権や環境への配慮は、「本業とは別物」とみなされていたからだ。両者をつなぐものはないかと考えていた2012年ごろ、英国の現代奴隷法についての解説記事を読む中で「ビジネスと人権」という概念が紹介されていた。「自分がやるべき仕事はこれだ」。関連する記事や論稿を継続的に追うようになった。
●予想は確信へ、そして次のステージへ
2014年に日弁連国際室の嘱託になり、海外の法曹団体と交流すると「ビジネスと人権」は海外で既に中心的な話題となっていた。2015年秋、ウィーンで開かれたIBA(国際法曹団体)の年次大会では、国連のビジネスと人権指導原則の策定(2011年)に携わったハーバード大のジョン・ラギー教授と、コフィ・アナン元国連事務総長の対談に、欧米のビジネス系弁護士が詰めかけていた。「各国の巨大事務所の若手弁護士が集まるほどのイシューなのだ。自分の予想は間違っていなかった」。確信を得て、自身が日本企業に対して発信を行う責務すら感じたのだという。
日本で「ビジネスと人権」の第一人者となった今、次のステージを見据えている。人権デューディリジェンス(DD)や環境DDなどを本格的に支援する企業体を新たに立ち上げることだ。非営利組織ではなく営利組織とするのは、海外の現地調査などを含め、持続的な収益性が不可欠だから。国際条約や国際基準、さらに国内法を横断的に分析し、実効的な対策を提示する際は、法の専門家である弁護士が中心的な役割を担うべきとも考えている。
銀行の経営陣に絶大な信頼を得ていた新人時代のボス・故小沢征行弁護士の教えは「クライアント企業の真の利益のためには、耳に痛いことも言う」だった。日本企業の真の利益のため、ビジネスか人権か、という二項対立ではなく、ビジネスも人権も。かつて抱いていた葛藤は、今はもう存在しない。
【プロフィール】
くらもと・さこん 日本国・米国NY州弁護士。M&Aやコンプライアンスを専門とし、「ビジネスと人権」等のサステナビリティ分野に注力している。東京オリパラ委員会「持続可能性に配慮した調達コード」通報受付窓口助言委員長等を歴任。近著に『12事業分野別 人権・環境デューディリジェンス実務ガイド』(現代人文社)
