三谷幸喜が語る映画の思い出 伊丹十三さんから言われた「三谷くん、コードに頭は下げなくていいんだ」

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公開直後から早くも話題になっている新作映画『スオミの話をしよう』。

同作の脚本・監督をつとめた三谷幸喜さんが、この映画をはじめ、傑作大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や最新舞台『オデッサ』など、各作品の舞台裏からアイデア・創作の技法までをたっぷりと語った最新刊『三谷幸喜 創作の謎』(三谷幸喜 松野大介著)が発売されました。その内容を特別に公開します。

今回は、監督としてのふるまい方についてです。

(聞き手:松野大介さん)

※本記事は『三谷幸喜 創作の謎』(三谷幸喜・松野大介著)から抜粋・編集したものです。

映画監督は、何歳までできる?

――映画監督歴27年を超え、スタッフもかなりお馴染みの方ばかりかと思います。やりやすい環境かとは思いますが。

三谷:仕事の面ではそうですが、それはこの先の課題でもあるんです。カメラマンの山本英夫さんは『T H E 有頂天ホテル』からのお付き合いで、僕とほぼ同世代。山本さんのほうが一歳上。話しやすいし感覚も合う。山本さんのスケジュールに合わせて映画制作全体のスケジュールを決めるくらい重要な方。

三谷:録音の瀬川徹夫さんは監督デビューの『ラヂオの時間』から。大ベテランですよ。だってあの実写版『マグマ大使』(66〜67年)の腕が伸びる、シャキーン! という効果音を作られた方ですから。

――飛行機がマグマ大使に変身する時の!

三谷:小銭を何枚か持ってガチャガチャさせた音を加工したと伺いました。そのくらいキャリアの長い方。何よりお世話になっているラインプロデューサーの森賢正さんも60代後半。僕自身が今年63歳になったわけだし、つまりスタッフの平均年齢がどんどん上がってきてるんです。

映画監督は、頭と感性がしっかりしていれば、ひょっとしたら90歳を過ぎてもできるかもしれない。優秀なスタッフがいてくれたらの話ですが。そもそも監督って、スタッフが「AとB のどちらがいいですか? 」と選択肢を出してくれたものに、「それはA ですね」と答えを出すのが仕事。だから山本さんや瀬川さんにはいつまでも元気でいてもらわないと。

――何十年も続くシリーズものでも高齢なカメラマンから他の人に替わったら映像のタッチが変わるとか言います。演出は監督でも映像を撮るのはカメラマンですから。

「自分の撮影現場に居づらい」理由

三谷:長く監督をされている方はどこかのタイミングでスタッフを世代交代させているのかな、どうなんだろう。僕自身は、他の意味でも難しいところにきていて。これまで数年に一度好きな映画を撮らせてもらってきたけど、この年齢になっても、まだまだ自分にプロの映画監督のイメージが持てないんです。いまだにスタッフから映画の作り方を教わっているという感覚なんですよ。

三谷:最初の『ラヂオの時間』の時には、スタッフの方たちに「ありがとうございます」「すみません!」と言いっぱなしだった。初めての映画で舞い上がっていたから、床に伸びている太いコードに引っかかった時、つい「すみません!」と頭を下げてしまって。現場に見学に来られていた伊丹十三さんから「三谷くん、コードには頭下げなくていいんだ」と言われた(笑)。

今もその頃と状況はそんなに変わってない。でもスタッフに頭ばかり下げている「腰の低い監督」って30、40代ならギリギリ許せるけど、60代だとちょっと変じゃないですか。気持ち悪いでしょう。若いスタッフからしたらやりづらいと思うなあ。だからといって、今さら偉そうにもできないし。だからものすごく現場に居づらい。

――三谷幸喜が自分の撮影現場に居づらい!(笑)

三谷:現場スタッフはどんどん若くなってます。インターンの大学生もいてケータリングとか小道具を運んだりしてくれる。そこに僕が「おはようございます!」とお辞儀しながら現れる。僕は人を呼び捨てにしないから、どんなに年下でも「○○さん」と呼ぶ。それが若いスタッフは逆に緊張するみたいです。

――もっと堂々と振る舞ってくれたほうがスタッフは気楽でしょうね。

三谷:もう、どうしていいかわからない。しかも僕の年齢にしては映画界の言葉やルールを知らなすぎる。脚本家としては多少はキャリアはあるけど、映画はたまに撮るペースですから、精神は新人なんです。一本ごとに時間も空くので、積み重ねというものもない。忘れちゃうんですよ。

60代の一見ベテラン監督が専門用語に「それって何ですか? 」と聞き返すから、若いスタッフが動揺してるはず。この人はわざとバカのふりをしているのか、と構えてしまうことだってあるはず。先ほど話題にしたピクチャーロック、9本も撮っていてあれを知らない映画監督って、ありえないですもん。みんな、恐怖だと思うなあ。

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