タイパ重視でもYouTubeは「2倍速視聴」してはいけない…脳に情報がグングン入ってくる「正しい再生速度」とは
■読むばかりがインプットではない
今の世の中、現在の仕事に甘んじないで、自分自身のスキルをしっかり身につけておかなければと、周りにも影響されて資格試験の勉強を始めた。
ただ、仕事もあるし、日々の生活もあるし、テキストや参考書に向かってもなかなか捗(はかど)らない。むしろ、YouTube動画を見たり、ポッドキャストを聞いたりしたほうが、頭にすんなり入ってくる気がする。
読むばかりがインプットのやり方ではないはず。ましてや今の時代は、音声や動画をうまく使った教材もいっぱいある。
インプットは、「読むインプット」でなくてはいけないのだろうか?
これは大変ごもっともなお悩みです。情報社会の現代、知りたいことがあれば、誰もがまずはインターネットで調べます。検索エンジンももう古い。調べものはソーシャルメディアからスタートという人たちも急増しています。
■「一番効率のいいインプット方法」は何か
見つかる情報源は、文字ベースの「ネット記事」だけではなく、YouTubeなどの動画であったり、ポッドキャストなどの音声コンテンツであったりもします。
自分の知りたいことを、読むのか、見るのか、聞くのか。一番効果的なインプットの方法はどれなのか?
また逆に、いろいろなインプット法があるからこそ、どの方法でも効果を出していくためにはどうしたらいいのか?
■「見る」と「聞く」は違う脳を使っている
まず、「読む」と「聞く」の比較です。
言うまでもなく、「読む」は目から、「聞く」は耳から、言語情報をインプットしていきます。
そのように情報を取り込む体の部位が違うのと呼応して、私たちが見ているときと聞いているときとで、脳は違う部分を使っています(※1)。
■「読むのが得意な人」は聞くのも得意
図表1のグレーの部分が「読む」で、斜線の部分が「聞く」で活性化する部分です。それぞれのインプットで活性化されている脳の部位が違うのが表されています。
そうした違いと同時に、「読む」と「聞く」の両方のインプットで共通して活性化している脳の部位があることもわかります。図表1の黒い部分です。
特に四角い枠で囲まれている箇所は「ブローカ野(や)」と呼ばれる言語認識に関する脳の部位を含み、「読む」「聞く」と、言語情報が入ってくる経路が違っても、言語認識のメカニズムは共通していることがわかります。
これは、インプットの実践において重要な情報です。
読むのが得意な人は聞くのも得意、その逆もまたしかりです。なぜなら、「読む」も「聞く」も、共通の言語認識の部位を使うので、その部位が発達していれば、どちらのインプットでも効率が良くなるからです。
■「注意力が高い人」は聞くインプットに秀でている
やはり、インプットの基礎の「き」になるのは、言語能力であることは否定し難い事実です。
言語能力が高い人は「読む」も「聞く」もインプットの効率が良くなりがちなのです。
しかしその一方で、「読む」と「聞く」とでは、脳の違う部分が使われているのも事実です。そのため、「読む」と「聞く」とで人によって得手・不得手が出うるのです。
例えば、注意力が高い人は「聞くインプット」に秀でているということがわかっています(※2)。「読むインプット」と違い、音はすぐに消えてしまうので、注意深く聞いておく必要性があるからだと推測されています。
■「読む」は「聞く」の2倍速い
それでは、言語能力の高い人は、「読む」と「聞く」のどちらのインプットでも良く、やりやすいほうがあれば、そのインプットの方法を選べばいいということでしょうか?
残念ながら必ずしもそうとは言えません。
インプットでもう1つ鍵となるものがあります。それは、スピードです。
これまでの研究で、平均的な「読むインプット」の速さは、「聞くインプット」の速さよりも2倍速いことが明らかになってきています。(※3)
これは通常、私たちが話す速さが、読む速さに比べて著しく制限されているからです。
例えば、本を通常の速さで1ページ朗読する間に、黙読であれば2ページ読み進めることが可能だということになります。
いかに「読むインプット」がスピードの点で優っているのかがわかります。
それだけに、「読むインプット」をマスターすることが、効果的なインプットにおいてはとても重要なのです。
■「倍速視聴」は何倍までOKなのか?
しかし、だからといって「聞くインプット」が「読むインプット」より、必ず遅くなってしまうわけではありません。特に今は、スマートフォンやコンピューターで早送りして「聞く」スピードを調整することができるからです。
では、インプットの質を下げずに音声をスピードアップする場合、通常どれくらいまでスピードを上げてもいいのか?
黙読で2ページ読める脳のキャパシティがあるのに、聞いているときはその半分しか進まないのだとすれば、言語の理解力のキャパシティは残っているはず。
例えば、2倍速までは理解度を落とさずに速聴できるのではないか?
この問いは、長きにわたり研究されてきました。(※4)
■およそ1.8倍速ぐらいが限界
インプットする内容の難易度や個人差にもよりますが、これまでの研究を総合してみると、およそ1.8倍速ぐらいまでが限界ではないかというところです。
特に勉強などで、新しい内容をインプットするような場合には、1.5倍速ほどでも理解度が下がってしまいます。(※5)
その一方で、1.4倍速ほどまでであれば、理解度を下げることなく聞くことができ、さらに、通常の速さで聞くよりも心地良く聞くことができるようです。(※6)
理解が進んでいるのに通常の速さだと、その遅さにストレスがかかってしまうこともあり、適度な速さにすることで、そうしたストレスも避けることができます。
デジタル環境で理解度を下げずに「聞くインプット」をするためには、1.5倍以上の速度は避けるようにしたほうが賢明です。
■「動画で学習」は効果が高い
もう1つ、デジタルでのインプットに欠かせないのが、マルチメディアの環境です。
インプットしようとする事柄について、文字だけでなく、ナレーション付きのイラストやアニメーションでわかりやすく解説されているものは数多くあります。
今やYouTube動画は、エンタメのためだけなく、学習やインプットのツールとしても老若男女に幅広く使われています。
この「聞く」と「見る」を総合したマルチメディアのインプットは、「聞く」だけのインプットよりも効果が高いことが科学的にも確認されてきています。(※7)
■「ワーキングメモリー」には限界がある
その効果について、脳科学的な視点から少し説明しておきましょう。
私たちの脳の主要機能に「ワーキングメモリー」というものがあります。
長期や短期の記憶を現在の意識にホールドして整理したり組み合わせたりして、何らかの「コマンド」を意識の中で実行する働きのことです。(※8)
例えば、頭の中で「45+37」などの計算ができるのも、このワーキングメモリーが働いて、意識した数字に足し算を実行できるおかげです。
このワーキングメモリーは、どんな人でも容量が限られていて、最近の研究では、3つから5つくらいのもの(※9)を意識にホールドするのが限界だとされています。
■異なるチャンネルに分散させるほうが効果的
そのため、効果的なインプットには、ワーキングメモリーの容量をうまく使うことが大切です。
そこで効果的なのが、入ってくる情報を「聞く」「見る」など、いわば、違った「チャンネル」からのインプットに分散させることです。
話を聞くだけで理解しようとしても複雑でお手上げだったのに、図解を使ってくれた瞬間、わかりやすくて理解できた。そんな体験は、誰しもがあるはずです。
■「文字+イラスト」なら簡単に理解できる
次の図表2をご覧ください。
例えば、チェスのナイトの動きについて、「前か後ろに2マス移動した後、右か左に1マス、または右か左に2マス移動した後、前か後ろに1マス移動できます」と耳で聞くだけではなかなか理解しにくいところ、図表2のようにナイトの動きの例を目で見ながら聞けば簡単に理解できます。
この現象は、「聞く」だけで情報をインプットしようとするとワーキングメモリーがパンクしてしまうものの、「見る」も使ってインプットをすると、情報処理の負荷が「聞く」と「見る」とに分散できて、ワーキングメモリーをより効率的に使うことができるということを示しています。
つまり、「読む」「聞く」「見る」のどれが一番効果的かということよりも、どのようにそれらをミックスした形でインプットできるかが重要なのです。
ワーキングメモリーへの負荷を分散して効果的にインプットするために、スマートフォンやコンピューターなどのマルチメディア環境で、ベストミックスのインプットを実現していきましょう。
※1 Buchweitz A., Mason R., Tomitch L., Just M. (2009). “Brain activation for reading and listening comprehension: An fMRI study of modality effects and individual differences in language comprehension.” Psychology & Neuroscience, 2:111-123.
※2 Wolf M.C., Muijselaar M.M.L., Boonstra A.M., et al. (2019).“The relationship between reading and listening comprehension:shared and modality-specific components.” Reading and Writing,32:1747-1767.
※3. Ritzhaupt A.D., Barron A. (2008). “Effects of Time-Compressed Narration and Representational Adjunct Images on Cued-Recall,Content Recognition, and Learner Satisfaction.” Journal of EducationalComputing Research, 39(2):161-184.
※4 Pastore R., Ritzhaupt A.D. (2015). “Using Time-Compression to Make Multimedia Learning More Efficient: Current Research and Practice.” TechTrends, 59:66-74.
※5 Cheng L., Pastore R., Ritzhaupt A.D. (2022). “Examining the Accelerated Playback Hypothesis of Time-Compression in Multimedia Learning Environments: A Meta-Analysis Study.” Journal of Educational Computing Research, 60(3):579-598.
※6 Ritzhaupt A.D., Gomes N.D., Barron A. E. (2008). “The effects of time-compressed audio and verbal redundancy on learner performance and satisfaction.” Computers in Human Behavior,24(5):2434-2445.
※7 Ritzhaupt A.D., Barron A. (2008). “Effects of Time-Compressed Narration and Representational Adjunct Images on Cued-Recall,Content Recognition, and Learner Satisfaction.” Journal of Educational Computing Research, 39(2):161-184.
※8 Cowan N. (2008). “What are the differences between long-term, short-term, and working memory?” Progress in Brain Research,169:323-338.
※9 Cowan N. (2010). “The Magical Mystery Four: How is Working Memory Capacity Limited, and Why?” Current Directions in Psychological Science, 19(1):51-57.
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星 友啓(ほし・ともひろ)
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長
哲学博士、EdTechコンサルタント。1977年東京生まれ。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。その後渡米し、Texas A&M大学哲学修士、スタンフォード大学哲学博士を修了。同大学哲学部の講師として教鞭をとりながらオンラインハイスクールのスタートアップに参加。2016年より校長に就任。現職の傍ら、哲学、論理学、リーダーシップの講義活動や、米国、アジアにむけて教育及び教育関連テクノロジー(EdTech)のコンサルティングにも取り組む。全米や世界各地で教育に関する講演を多数行う。著書に『スタンフォード式生き抜く力』(ダイヤモンド社)、『全米トップ校が教える 自己肯定感の育て方』『脳を活かすスマホ術 スタンフォード哲学博士が教える知的活用法』(共に朝日新書)がある。
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(スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長 星 友啓)