ドナルド・トランプ公式Instagram(@realdonaldtrump)より

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支持率は拮抗しているが

 11月の米大統領選挙はますます波乱含みとなってきた。

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 民主党のジョー・バイデン大統領が6月27日のテレビ討論会で精彩を欠き、高齢不安に拍車がかかったからだ。一方、共和党のドナルド・トランプ前大統領も有罪判決を受けており、いずれの候補も嫌われる「ダブルヘイター」の選挙戦の様相を呈している。

 足元の両候補の支持率は拮抗しているが、筆者は「現下の米国社会の状況にかんがみれば、トランプ氏が当選する可能性が高い」と考えている。

 好調だった経済が急減速するリスクが生じていることが主な要因だ。5月の小売売上高(季節調整済)は前月比0.1%増と市場予想の0.3%を下回った。

ドナルド・トランプ公式Instagram(@realdonaldtrump)より

 インフレ下でも個人消費が旺盛だったのは、パンデミック期に積み上がった約2兆ドル(約320兆円)の余剰貯蓄があったからだ。だが、その貯蓄も底を突き、今後の個人消費は縮小するのではないかとの懸念が生じている(6月28日付ブルームバーグ)。

 JPモルガンは5月末「高所得層は問題なく暮らしている一方、低所得層は苦しい生活を強いられる」として「米国経済は『選択的不況』に陥っている」と指摘した。

 米国では路上や車中で生活するホームレスが急増し、昨年1月時点で過去最多の約65万人に達した。行政当局はホームレスに対する管理を強化せざるを得なくなっている。

「米国は既に衰退期に入っている」

 米国における貧富の格差は広がるばかりだ。急増するホームレスの数は昨年1月時点で過去最多の約65万人に達し、行政当局が管理を強化せざるを得なくなっている。

 米企業のCEOの報酬率の平均(中央値)は過去10年で5割超上昇し、従業員の給与の約200倍となった。富の偏在度を示すジニ係数は0.48と「騒乱警戒ライン」を超えている(6月21日付日本経済新聞)。

 貧富の格差や価値観の相違が拡大している状況を踏まえ、世界最大のヘッジファンド「ブリッジウォーター・アソシエーツ」の創業者であるレイ・ダリオ氏は「米国は既に衰退期に入っている」と危機感を露わにしている(5月26日付日本経済新聞)。

 筆者は米国社会の流動性が低下し続けていることに注目している。社会の流動性とは階層間の変化のことを指す。低所得層に属する個人や家族などが中所得以上の層に移行するのがその一例だ。

 米国では「アメリカン・ドリーム(貧しくても努力すれば、社会的な成功が得られる)」の神話が失われつつあるが、この傾向はさらに加速している感がある。

 米国では大学で学位を取得することが成功のための前提条件とされているが、ピュー・リサーチセンターの最新の調査結果によれば、米国人の53%が「借金をしてまで大学に行く必要はない」と回答している。

頑張っても報われない社会

 この調査結果には理由がある。米国の学費は上昇を続けており、イエール大学などでは2024〜25年度の学費が9万ドル(約1440万円)を超えるという。そのため、学生の多くはローンに頼らざるを得ず、卒業生の平均ローン残高は2万9000ドル(約1600万円)に上っている。

 だが、苦労して学位を取得しても厳しい現実が待っている。米国の民間調査企業によれば、米国で最近学位を取得した人の約52%が大卒資格を必要としない仕事(飲食サービス、建設、事務補助等)に就いているという。

 このような事情から、若者の「大学離れ」が進んでいるものの、非大卒者と大卒者の収入格差は一向に縮まっていない。若者の暮らしは厳しくなる一方だろう。

 貧富の格差が広がっても「頑張れば報われる」社会であれば、国民の不満が溜まることは少ないだろう。だが、現在の米国ではこの「安全弁」が機能不全になってしまったと言っても過言ではない。

 現在の米国は、GAFA(Google、Apple、Facebook=現Meta、Amazon)をはじめとする、カリフォルニア州の「テック貴族」が支配する新たな「封建制」の下にあるとの指摘もある(6月5日付ニューズウィーク日本版)。

 中でも白人男性が最も不安や怒りを募らせていることだろう。今や高等教育機関では女性がますます勝ち組となっている。

勝ち組女性に圧倒される男性たち

 修士の学位を取得する米国人の65%が女性であり、「女性のせいで自分はエリート層に入れなかった」と恨む米国人男性が増えているという(6月21日付日本経済新聞)。

 米国でも多様性を推進する取り組みが活発化しているが、白人男性は多数派であるが故に、その恩恵に浴することができていない。

 白人男性にメンタルヘルスの問題が急増していることから、彼らにも支援が必要ではないかという声が上がっている(3月29日付ニューズウィーク日本版)ものの、具体的な取り組みはほとんどなされていないのが現状だ。

 現在のトランプ氏が最も支持を伸ばしている層は30歳未満の男性だ。黒人やヒスパニック系の有権者も含まれ、女性の社会進出に圧倒され疎外感を覚えている層だと言われている。彼らが惹かれているのは、トランプ氏が提唱する政策で自身の生活が改善するという期待よりも、トランプ氏がアピールする「男らしさ」だという(6月21日付日本経済新聞)。

 トランプ氏が大統領選で勝利すれば、支持者に応える形で強権的な政治手法を駆使する可能性がある。そうなれば、米国社会の分断は致命的になってしまうのかもしれない。日本をはじめ国際社会は、トランプ氏再選の可能性を高めている米国の惨状をもっと深刻に受け止めるべきではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部