部下に尊敬される上司と舐(な)められる上司はどこが違うのか。札幌大谷大学の平岡祥孝教授は「尊敬される上司は、部下を育てようという思いの強さが違う。上司の仕事は部下サービス業であると捉えたほうがいい」という――。

※本稿は、平岡祥孝『リーダーが優秀なら、組織も悪くない』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

■上司が変わったら仕事が楽しくなった

【A】最近ね、新しい業務のことでモヤモヤしているんだ。だいたい手順はわかってきたんだけれど、けっこう面倒で難しい。すごく時間もかかるし。それにまだ、相当勉強しないといけないの。

C課長からは、早くそのエキスパートになれって言われているんだけれど、要は頑張れ、頑張れだけなのよね。昨日も遅くまで残業になってさ……。何だか不安になっちゃったんだよね。やっていく自信なくしちゃってさ。最近辞めちゃったF先輩の気持ちがわかるような気がするのよ。

【B】ウワー! ガチな仕事の話だったのね。また、例の彼氏が何かやらかしたかと思ったわよ。

でもさ、女性のキャリア形成とか、ワーク・ライフ・バランスとか、CSRとか、CSとか、やっと賑(にぎ)やかになってきたけど、女性、男性問わず皆、きちんと理解して納得しているか、私は内心疑問だったんだよね。男社会をノビ〜ノビと生きてきた管理職のオジサンたちなんてどう思っているやら。

私も私で、最近まで「会社にお勤めすることが仕事」ぐらいにしか思ってなかったな。学生時代のキャリア教育なんかまったく役に立たないよね。仕事をする意味なんて、あんまりマジメに考えたことなかったよ。

【A】過去形で言うってことは、今は違うってこと? 心境の変化はいつからなの?

【B】H課長と仕事をするようになってからかな。

【A】その話聞かせてよ、この店は奢(おご)るからさ。

【B】それではご馳走になりますか。まずはね、前任のG課長時代の振り返りからね。

■優しいのに評価されないG課長は何が悪いのか

【B】Aちゃんも知っている通りさ、G課長は誰にでもいい顔をしていたでしょう。自分にも甘かったし、部下にもさ。とりわけ女性の部下には甘かったもん。課長みずから始業間際の出勤でしょう。だから、遅刻やミスに対しても厳しく注意しないの。

仕事ぶりも、与えられたことを可もなく不可もなく処理していたって感じかな。言うこともコロコロ変わるし、期日に遅れてもお咎(とが)めなしだから、だらだらとやっていた。

いい意味では家族的だったの。飲み会では、課長自ら幹事と主役を引き受けてくれて、いつも動物柄のネクタイをだらんと緩めて大はしゃぎ。まぁ、楽と言えば、楽だったんだけどね。

【A】居心地のいい課だったんだね。うらやましいな。

【B】確かにね、「いい人」ではあったのよ。でもね、今だから言えるけど、仕事で頼りになる上司とはまったく思えなかったの。要するに冴(さ)えない課長だったの。

仕事の進め方や部下の指導に力強さや迫力がないからさ、仕事を通しての緊張感、充実感や達成感が全然なかったというわけ。わかるよね?

【A】うん、わかる、わかる、なるほどね。

それで、H課長に代わってどうなの? 優しそうな人だよね。私はH課長とは挨拶を交わす程度だけど、笑顔で「さん」づけして声をかけてくれるの。

C課長だと、機嫌が悪いときは挨拶しても無視されるわよ。

【B】まずね、G課長とは服装が違うの。

スリムな体型のH課長は、いつもダークスーツでしょう。それがまた上質の生地でさ、清潔感と何かしら上品さを感じるんだよね。ビジネス現場では、服装も戦略じゃない。見た目も大事よね。

※写真はイメージです。(写真=iStock.com/kazuma seki)

G課長は、体型には眼をつぶっても、服装が安っぽかった。お腹がベルトに乗っている感じだし、ネクタイやワイシャツの趣味もちょっと……。そんなことも仕事につながっていくのかなあ? シャープさが無いもんね。

■部下が評価するパーフェクト上司

【A】Gおじさんの話はもういいからさ、H課長の仕事ぶりはどうなの?

【B】すべてにおいて明確な目標を設定するわね。部下一人ひとりに対しても、一つひとつの業務に対しても。

そして、必ず、その仕事を何のためにやるのか、理由を丁寧に話してくれるから、やらされ感がない。指示や助言は具体的で説得的だし。単に「頑張れ」なんて言わない。

でもね、仕事の過程への目配りと気配りは本当に細かいよ。

【A】仕事に自信があるんだね。上司としての雰囲気はどうなの?

【B】ともかく話しやすいの。

仕事のことは当然で、個人的な悩みや相談であっても、いつでもどこでもウェルカムって感じ。仕事中でも必ず手を止めて、相手の顔を見て聴いてくれる。何かあれば別室で向き合って話してくれるの。超多忙のときでも、必ず時間を遣り繰り(やりくり)して相談に乗ってくれるから。

一言でいえば、人間としての安定感があって、仕事が出来るミドル。

でも、チームリーダーとして、威圧的に仕事を引っ張っていくというのではなくて、部下と同じ目線に立ってサポートしてくれるから、部下の気持ちを仕事に向けさせていくことが上手だなあ。

【A】ミスしたり失敗したりしたら怒らないの?

【B】部下のミスや失敗って、上司にとっては腹立たしいことでしょ。腹の底では「バカヤロー」「ドアホ」と吠(ほ)えているかも知れないけれど感情的なものの言い方はしないよ。

「なぜそうなったのかな」「これからどうしようか。良い方法がないか、君と考えよう」って。何かね、部下や後輩のかたわらに一緒にいてくれる感じよ。責任は決して部下に押し付けないしね。

もちろん手抜きが原因の杜撰(ずさん)な仕事は、担当者の責任が厳しく問われることは当たり前だけどさ。でも、必ずフォローはするね。

【A】そういう変化が、Bちゃんの仕事観を大きく変えたのね。

【B】そうね、仕事を通して成長したいと考えるようになったかな。

意識が変われば、仕事への取り組み方が変わってくるでしょう。何かあればH課長に相談できると思えば、チャレンジ精神も生まれてくるしね。サポートしてもらって結果が出れば、手ごたえを実感できるよね。

褒められたり、周囲から感謝されたら、やっぱりうれしいじゃない。それがエネルギーになって、次の仕事にもポジティブに取り組めるようになる。

ようやく、仕事をするおもしろさを味わえるようになった感じ。

■デキる上司のもとでは残業も増えないワケ

【A】じゃあ、残業も増えたでしょう?

【B】意外に残業は、たいしたことはないの。H課長は時間管理やスケジュール管理も能力の一つと考えているから、仕事への集中と時間の工夫を課の全員に呼び掛けているし、自ら実践しているよ。

H課長は早朝出勤で誰よりも早いの。警備員さんの話によると、わが社で一番みたい。それがわかると、不思議なもので自然に課全員が始業30分前には揃っちゃうの。

各々の仕事の状況を共有化させているから、どうしても残業が必要なときには誰かがヘルプしてくれるようになった。もちろん、私もするよ。

※写真はイメージです。(写真=iStock.com/Tomwang112)

【A】仕事への気持ちって、上司でそんなに変わるんだね。

私もH課長に相談してみたいなぁ。でも、部下でもないし変だよね?

【B】全然、大丈夫だよ!

C課長には内緒で相談に乗ってくれるよ。でも、過剰に踏み込んでも来ないからさ。

外食が趣味だから、何かご馳走してくれるかもよ。

■上司自身も部下に育てられている

部下や後輩と誠実に向き合い、その成長を助けることなど、ミドルであれば至極当然のことではないか。しかしながら、これまた私の独断と偏見によれば、現実はそうではないことが多いように思われる。

ミドルに余裕がないのか。それとも能力がないのか。もともとその気がないのでは。何よりも「育ってほしい」という強い思いが必要である。

他方、学生と共に学びつつ教師も育つように、ミドルも部下に育てられるという謙虚な姿勢を併せ持たなければならない。統制と命令に基づくような、一方的な押し付け型の教育や指導をしても、部下はもちろん、何より自分のためにならない。何事も双方向のやり取りが重要だ。

目の前の相手を尊重し、期待し、信じることこそが、育てる前提条件ではないか。

仕事の過程を詳細に観察していて、適切な助言や助力を与える。

減点主義に陥らず、わずかであっても、その場その場で加点してあげることだ。焦らずに成長を待つ姿勢である。

自分の時間を使って部下の話を真剣に聴く。相談には可能な限り乗る。出来ることは最大限してあげる。出来ないことは、その理由を説明して納得してもらう。

一人の捕手がさまざまなタイプの投手の球を受けるように、部下の性格や気質あるいは能力は、一人ひとり異なる。それゆえ、ミドルは、部下一人ひとりに対して個別の対応をしなければならない。スピードやコントロールなどから、捕手が先発投手の今日の最も有効な勝負球を探っていくように、さまざまな角度から部下に質問を投げかけて、仕事上の問題点や本人の課題を絞り込んでいく。

すなわち、ミドルは、観察眼に優れた聞き上手そして質問上手にならなければならない。

そして、学生が「この先生の下で学びたい」と思うように、部下や後輩が「この人についていきたい」「この人と仕事がしたい」と、本当に思ったときから、すべては始まる。この関係性を構築するまでは、ミドルは、部下一人ひとりの仕事基盤を整えることに力を注がないといけない。

■上司の仕事は部下サービス業

ある意味、ミドルは部下サービス業とも言えるのではないか。

平岡 祥孝『リーダーが優秀なら、組織も悪くない』(PHP研究所)

見せかけだけの仲良しチームを作り、それを求心力や統率力のなせる技と勘違いしている能天気ミドル。

やたら高圧的な態度で抑え込んでいるものの、内実は面従腹背の部下だらけで、一皮むけば、不満が鬱積しているとは露ほども知らない独裁主義ミドル。

自分が抜きん出て優秀だと思い込み、部下を見下す唯我独尊ミドル。

口先だけで不誠実な本心は見破られていて、軽蔑されているにも関わらず、自分では部下を思い通りに動かしていると錯覚している哀愁ミドル。

部下を奴隷のように酷使しておきながら、まるで感謝をしない冷血ミドル。

私自身のささやかな経験からも、愚かなミドルが誠に多い。

ある有名なシェフは「人間関係はフォン・ド・ヴォーと一緒だ」と言った。時間をかけてじっくり材料を煮込むことで、料理にとって価値ある旨み成分が出来る。

部下や後輩を育てる場合にも、時間と手間を惜しんではならない。ここに「育てる経営」の原点がある。すべての結果は行動から生まれる。ミドルならば、部下が望んでいる結果を生み出せるように導いていくことを使命とせよ。正しい努力は決して裏切らないから。

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平岡 祥孝(ひらおか・よしゆき)
札幌大谷大学社会学部教授
1956年、大阪生まれ。北海道大学大学院農学研究科修士課程修了。学生の就職支援やインターンシップ事業に長年かかわる。教育論や仕事論などをテーマに講演や高校出張講義など多数。2001年、『英国ミルク・マーケティング・ボード研究』(大明堂)にて日本消費経済学会学会賞受賞。その他著書に、『ミドルの仕事論』、『インターンシップの現場から見た仕事論』、『北海道再建への戦略』(編著)、『「それでも大学が必要」と言われるために』(編著)がある。「北海道新聞」水曜夕刊コラム「平さんの異論・暴論・青論」を執筆中。
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(札幌大谷大学社会学部教授 平岡 祥孝)