信用銀行を危機に追い詰めた「女子高生の冗談」とは?(写真: teresa / PIXTA)

なぜいつの時代も人は「デマ」や「フェイクニュース」に踊らされてしまうのか? 明治大学教授の堀田秀吾氏が解説。『「勘違い」を科学的に使えば武器になる』から一部抜粋・再構成してお届けします。

Aさん「堀田先生、新しい本おもしろかったです!」
Bさん「昨日ゼミ生で飲んでたんですけど、Aが堀田先生の新刊、読んだらおもしろかった、って言ってましたよ」

あなたが私(堀田)で、この2人がゼミ生だとして、どちらの情報がより信憑性が高いと思いますか? 正直、私は根が単純ですし、大学生にとって本を買うのは大きな出費なので、読んでくれる時点でありがたいです。

Aさんのようにダイレクトで言われても素直に喜びます。でも、どちらかといえば「また聞き」なのにもかかわらず、Bさんのほうが信じられると感じる方が多いのではないでしょうか。

このように当事者に言われるよりも、第三者から伝わった情報のほうが信憑性が高まる効果を「ウィンザー効果」と言います。

この効果の怖いところは、当事者が真実を訴え、第三者が間違ったことを言っていても、後者が信じられてしまうことがあるということです。

ジョークが発端の「豊川信用金庫事件」

この興味深い事例としては、1973年、心理学に関係する者なら誰もが知っている「豊川信用金庫事件」という事件があげられます。

豊川信用金庫に対する取り付け騒ぎ(金融機関への信用不安から、預金などを引き出そうとするユーザーが殺到して混乱が起こること)ですが、ことの発端は、女子高生たちの「信用金庫は(銀行強盗に襲われるから)危ないよ」というジョークでした。

単に、豊川信用金庫に就職が決まっていた同級生を、友だちが電車の中で他意なくからかっただけです。

しかし、その会話を聞いた人が「豊川信用金庫は(経営が)危ない」と、話の内容を勘違いして家族に伝えたことから発生し、それが瞬く間に噂となって町中に広がりました。このため、預金者が信用金庫に殺到し、最終的に短期間で20億円もの預貯金が引き出されるパニックへと広がっていきました。うそならぬ「ジョークから出たまこと」ですね!

ちょっとした話が、どんどん尾ひれをつけながら広がっていき、豊川信金側が「倒産などの危険性はない」と否定しても、なかなか信じてもらえませんでした。このように、検証手段がない話を、自分と利害関係のないところでされると、疑う理由がないので、簡単に信じてしまうことがあります。

一度広まった情報はなかなか訂正できない

さらに、一度信じられてしまうと、当事者がそれを否定しても効果がありません。「悪い話は広がってほしくないだろうから、それは否定するだろう」と思われてしまうので、なかなか信じてもらえないのです。

また、このような大規模な事件になると「交差ネットワークによる二度聞き効果」という現象も、当事者側に不利に働きます。

この心理効果は、別々の人から同じ噂を聞くと信じやすくなるというものです。SNSなどでフェイクニュースが広まりやすいのは、この心理効果の影響が大きいと言えるでしょう。

このような人間の性質を理解し、武器にしているのが広告代理店やPR会社です。インフルエンサーによるPRなどは、その最たるものと言えます。どれだけ本当に美しい絶景でも、地元の自治体が宣伝するより、インフルエンサーたちがSNSに映える写真をアップしてくれるほうが、受け手の心に響きやすいのです。

これを逆手に取るのがいわゆるステルス・マーケティングです。アマゾンなどのネットショップで、商品を購入したユーザーに「いいレビューを書いてくれたら、代金を返金する」と連絡してくる業者の存在なども知られています。


当事者が言いたいことを、利害関係のなさそうな第三者に言わせることができれば、ウィンザー効果と似たような効果を利用できるわけです。そのため、アメリカでは、ステルス・マーケティングを法律で禁止しています。

一方、日本でも、広告記事やインフルエンサーによる露出に「PR」などと表記する例が増えてはいますが、法律で禁じられているわけではありません。いつかは日本でも禁止になるかもしれませんが、法の整備を待っているあいだにも、ステルス・マーケティングは増殖し、巧妙化していくでしょう。

そのため、サクラを使ったステルス・マーケティングを、自力で見抜けるリテラシーを身につけることが、日本の消費者としては大切になってくるのです。