アメリカ人の「狂気と幻想」に迫ります(写真:izanbar/iStock)

1962年生まれの私にとって、アメリカは思春期のころから「憧れの国」だった。

親近感が漠然とした疑問に変化したのは、ドナルド・トランプ大統領が登場してからだ。選挙期間中から感じていたのは「この男が大統領になったら大変なことになる」ということだった。そして、それが現実のものとなってからは、大きな違和感を抱くことにもなった。

当然ながら、違和感の根源は、自分の気に入らない相手を感情的に嫌い、自分に都合の悪い報道を「フェイク・ニュース」と断言するトランプの幼児性だ。

やがて1つのことに気づくことにもなった。アメリカ中西部の「ラスト・ベルト」に多いといわれるトランプ支持層の存在だ。彼らがいるからこそトランプは当選したわけだが、それは、かつての自分が憧れたアメリカのイメージとは大きくかけ離れたものだった。

だが、『ファンタジーランド: 狂気と幻想のアメリカ500年史』(カート・アンダーセン 著、山田美明・山田文 訳、東洋経済新報社)を読んでみた結果、納得したことがある。アメリカという国には、少年時代の自分には見えていなかった別の側面があるということだ。

火にかけられた鍋の中のカエル

タイトルにあるとおり、著者はここでアメリカという国を「ファンタジーランド」と表現している。アメリカ人は数世紀の間に少しずつ、そしてこの50年の間に急速に、あらゆるタイプの魔術的思考、なんでもありの相対主義、非現実的な信念に身を委ねていったというのだ。その結果、ファンタジーランドができあがってしまったということ。

しかも国民の大半が、あらゆる奇妙な思考がどれほど広範囲に広がっているのか気づいていないという。その状況を例えて言うなら、火にかけられた鍋の中のカエル。手遅れになるまで、その運命に気づかないということだが、こう聞かされただけでトランプの顔が頭に浮かんでしまうのは、あながち偶然ではあるまい。

アメリカ人は、ほかの先進国に暮らす10億〜20億の人々よりもはるかに強く、超自然現象や奇跡、この世における悪魔の存在を信じている。最近天国に行ったとか、天国から戻ってきたという話や、数千年前に生命が一瞬にして創造されたという数千年前の物語を心から信じている。
21世紀が始まるころには、わが国の金融産業が、危険な負債がもはや危険ではないという夢想に陥った。また、何千万ものアメリカ国民が、不動産の価値は上昇していくばかりだという幻想を植えつけられ、誰でも富裕層のような暮らしができるという空想に耽った。
私たちアメリカ人はさらに、政府や政府に共謀する者たちが、あらゆる類の恐るべき真実をひた隠しにしていると思い込んでいる。たとえば、暗殺、地球外生物、エイズの起源、9・11、ワクチンの危険性にまつわる真実などだ。(上巻5〜6ページより)

天使や悪魔がいることを本気で信じている人たち

過去20年間に行われた膨大な量の調査からデータを精査・照合・抽出していくと、アメリカ人の思い込みや信じやすさ、妄想に関する有益な情報が浮かび上がってくるのだそうだ。

著者の調査によれば、多少なりとも現実に基づいた判断をしているという人は少数派であり、おそらく国民の3分の1程度。車や工場から排出される二酸化炭素が地球温暖化の原因だと信じているのは、国民の3分の1だけ。『創世記』の天地創造の物語は事実に基づいていないと確信している人も、テレパシーや幽霊を信じていない人も、やはり3分の1のみだというのである。

では、残りの3分の2はどんな人たちなのだろう?

アメリカ人の3分の2は、「天使や悪魔がこの世界で活躍している」と信じている。少なくとも半数は、人格を持った神(よくわからない力や普遍的精神ではなく、一人の人間のような神)が支配する天国が存在すると、絶対的に信じている。3分の1以上が、地球温暖化は大した問題ではなく、科学者や政府やマスコミが共謀して作り上げたたわ言だと思っている。
また、3分の1のアメリカ人がこう思い込んでいる。「私たちの最初期の祖先も、現在の人間のような人間だった」「政府は製薬会社と結託し、がんが自然治癒する証拠を隠蔽している」「地球外生物が最近地球を訪れてきたことがある(あるいは現在地球に住んでいる)」。
さらに、4分の1のアメリカ人がこう信じている。「ワクチンを接種すると自閉症になる」「2016年の大統領選挙では、得票数でもドナルド・トランプが勝利した」「オバマ前大統領は反キリストだった」「魔女は存在する」。驚くべきことに、聖書は主に伝説や寓話で構成されていると思っているアメリカ人は、5人に一人しかいない。その一方で、「政府やメディアは、テレビ放送を通じてマインドコントロール用の電波を送っている」「9・11にはアメリカ当局が関与していた」と考えている人も、ほぼ同数いる。(上巻7〜8ページより)

思わず笑ってしまいたくなるような話だが、確かにこう考えていくと、トランプ支持層の多さも、多くの報道を「フェイク・ニュース」だと信じ込んでしまう人の多さにも納得できる。

気をつけるべき点は、この3分の1や4分の1が常に同じ人たちではないということだという。さまざまな空想を信じている人たちが入り混じっているわけだ。

地球外生物の来訪や地球人誘拐を信じている人の中には、政府の大々的な隠蔽工作を信じている人もいれば、信じていない人もいるということ。政府の隠蔽工作を信じている人が、さらに広範囲にわたる陰謀の存在を信じているとは限らないし、それらの陰謀の存在を信じている人が、聖書のいうハルマゲドンの到来を信じているかどうかはわからないということ。

だから、アメリカという「ファンタジーランド」は、EU(欧州連合)のようなものだと著者は表現している。EUはまったく異なる国々の集まりだが、シェンゲン協定に加盟していれば、どの国の市民も別の国へ自由に行き来できる。アメリカ人も同じように、さまざまな信念の中を自由に渡り歩いているというのだ。

ファンタジーの根源を探る

ここでお断りしておくが、本書はそんなアメリカ人のことを「非常識なトンデモ人種」として面白おかしく紹介したものでは決してない。それどころか、「なぜ、こういう国になってしまったのか」ということについて、とことん検証しているのである。

アメリカは、何もないところから設計・創建された初めての国だ。壮大な物語を書くようにして生み出された最初の国である。たまたまそのころは、シェイクスピアやセルバンテスが近代的なフィクションを生み出しつつあった時期にあたる。新世界にやって来た最初のイングランド人たちは、刺激的な冒険に出た意欲的な英雄に自分をなぞらえていたことだろう。実際、魅力的な信念や、大胆な希望や夢、真実かどうかわからない幻想のために、慣れ親しんだあらゆるものを捨て、フィクションの世界に飛び込むほど向こう見ずな人たちだったに違いない。(上巻21ページより)

かくして上巻では、1517年から1970年までの時代をなぞることにより、ファンタジーが探られる。そして下巻は、1980年代から20世紀末までを扱った第5部、そして「1980年代から現在、そして未来へ」という副題のついた第6部で構成される。

時系列に沿って話が進んでいくため、もちろんラストの部分で扱っているのはトランプ政権だ。

21世紀の最初の15年間で、共和党は幻想党に変わり、現実ベースの一派は幻想派に取り囲まれた。極右の反体制文化が何百万もの支持者に力を与え、アメリカの右派を乗っ取った。30年前に急進派が福音派や銃擁護のロビー団体を支配したのと同じだ。(下巻348ページより)

今は希望と光の時代

そして今や、トランプが(感情やノリで)先導するアメリカは、非常に危険な状態にあるように見える。同じことを感じている人は少なくないはずだが、著者は悲観的ではなく楽観的なのだと記している。

あまりにも多くのアメリカ人が理性と現実を手放してはいるものの、今は希望と光の時代だというのだ。

たとえばこの30年間で、アメリカは殺人やその他の暴力犯罪を半分以下に減らし、ヒトゲノムを解読し、アフリカ系アメリカ人の大統領を選出した。地球上で極端な貧困状態にある人たちの割合は40パーセントから10パーセントに急減した。非合理性と魔術的思考に退行していることには絶望を感じるが、すべてが悪いほうに向かっているわけではないということだ。

だが著者はここで、至極当たり前な、しかし、とても重要な提案をしてもいる。

「私たちは、今よりも軟弱者でなくなる必要がある」というのだ。危険なまでに真実でなく現実でないものは、非難しなければならない。事実として正しいこと、疑わしいこと、間違っていることを区別するのに、少なくとも宗教以外では、好みや「適切」「不適切」についての個人的意見が大きく影響することはないだろう。ただし、そこではアメリカを再び現実ベースにする闘いが求められるのだという。では、そのためには何をすればよいのか?

それぞれ自分の身近なところで頑張って闘おう。ジョージ・ソロスやウーバーがマッスルカー(訳注:アメリカの大排気量スポーツカー)を非合法化しようと企んでいる、と主張する見ず知らずの人に議論をふっかける必要はない。だが、知り合いや友人や家族がおかしなことを言ったら、見すごさないようにしよう。子どもや孫がいれば、正しいことと間違ったこと、ばかなことと賢いことの区別を教えるのと同じぐらい厳しく、真実と嘘を区別することも教えよう。(下巻396ページより)

アメリカにファンタジーランドへ向かう傾向が初めからあったとしても、現在の状況は必然の結果ではないと著者は主張する。なぜなら、歴史と進化に必然はないから。同じように、特定の未来に向かう必然性もない。


つまり、国のバランスと落ち着きを取り戻すことは可能だということだ。過去数十年は1つの段階、進行中の物語の奇妙な一幕、アメリカの実験の残念な一エピソードにすぎず、やがて過去の出来事になるということ。

だからアメリカは今、ファンタジーランドのピークにあると願いたいというのだ。だとしたら、そんな考え方を楽観的に捉え、そして身近なところで闘うのが望ましいのだろう。