アメリカでのAI加速化の流れは日本へ。「メガバンクの人員削減計画は甘すぎる」と筆者は言う(撮影:尾形文繁)

人工知能(AI)が大きな注目を集めている背景には、コンピュータの性能が急速に発達したこと、インターネットの普及で膨大なビッグデータが取得しやすくなったこと、深層学習(ディープラーニング)などコンピュータの学習方法が飛躍的に進化したこと、などがあります。

メガバンクの窓口ではすでにロボット導入も

AIは膨大な資料やデータを読み込み、分析や学習を繰り返しながら、日々進化を遂げています。非常に複雑な計算もあっという間にこなすことができます。それゆえにAIは、企業の活動はもちろん、私たちの雇用のあり方そのものを大きく変えてしまう可能性を秘めているのです。


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製造業の現場で自動化された工場のほかにも、AIはすでにさまざまな分野で活用され始めています。AIがとりわけ効率化を促すのは、事務などの単純作業の分野においてです。工場での作業を効率化するために、ロボットの導入が加速化しているのと同じように、日本企業のオフィスでも、作業を自動化するソフトの利用が広がり始めています。

パソコンを使ったデータ入力などの繰り返し作業を担うのが、ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)と呼ばれるソフトで、通称ロボットと呼ばれています。たとえば、さまざまなデータをインターネットなどから拾って集計・グラフ化するという反復作業がありますが、あらかじめロボットに作業の手順を覚えさせておけば、人が犯しがちなミスを防ぐことができ、作業速度は10倍、20倍といった具合に格段に速くなるのです。

金融業や保険業では特に、AIが活躍できる余地が大きいといえます。メガバンクのなかには、すでに窓口の業務において、AIが来店客との会話の内容を分析し、適切な受け答えをするロボットを導入しているところもあります。

銀行や保険会社のコールセンター業務においても、AIが顧客との会話を分析しながら、最適な回答を探し出すオペレーター支援システムが導入され始めているのです。顧客からの問い合わせ内容に応じて、AIは過去に学習した数万件の回答事例から最適な答えを瞬時に導き出すため、オペレーターは分厚いマニュアルを調べる必要がなくなり、従来よりも短時間で対応できるうえに、顧客の満足度も上げられるというわけです。

金融業におけるAIの積極的な活用は、窓口やコールセンターといった業務だけでなく、与信や融資に関する業務、振り込み確認、クレジットカードの不正検知など、多岐にわたって進んでいくことが確実な情勢にあります。

アリババグループはすでに既存の銀行を凌駕している

たとえば、金融業の中核業務である与信や融資においては、これまでは専門知識を持った金融マンがその金額によって数時間から数日以上かけて審査していましたが、AIがビッグデータを分析すれば1秒以内で判断することができるので、審査時間を極端というべきレベルまで短縮することが可能となります。金融業ではAIの導入が加速することによって、生産性(収益力)を大いに高めると同時に、大幅なコスト(人員)削減を進めることができるというわけです。

AIによる与信や融資で先行する、中国のIT大手アリババのグループ銀行では、個人商店の運転資金の融資はすべてスマートフォンで完結する仕組みとなっています。スマートフォンから融資の申請をするのに必要な時間は数分程度、AIが融資の審査や融資可能額を1秒もかけずに判断し、審査が通った場合は希望融資額が、アリババグループが持つ世界最大の電子決済サービス「アリペイ」の口座に数分で振り込まれるというのです。

アリペイは、中国の人々の90%超があらゆる消費に使っているスマートフォン経由の電子決済サービスの中で、最大シェアを誇ります。ここでAIが融資判断に用いているのはアリペイから得られる膨大な決済データです。膨大なビッグデータから100以上の予測モデルを解析し、資金回収の確率を民間銀行よりも大幅に引き上げることに成功しているのです。

日本の金融機関でも、AIが積極的に使われ、人員削減が進んでいくことになるでしょう。現に、みずほフィナンシャルグループは2024年度末までに500店舗のうち100店舗を削減し、2026年度末までに1万9000人の人員を削減すると発表しています。三菱UFJフィナンシャル・グループも2023年度末までに516店舗のうち最大100店舗を自動化し、6000人の人員を削減するといいます。三井住友フィナンシャルグループも、2019年度末までに全店舗の自動化を推進し、4000人分の業務量を削減するといいます。

しかし、これらメガバンク3行はAIの普及がもたらす雇用への悪影響を過小評価している節があり、現行の人員削減計画は甘いといわざるをえません。日本の金融機関は欧米の金融機関に比べて人件費などのコストが高く、生産性の改善が課題となっているといわれて久しいですが、これからはAIを搭載したコンピュータやロボットが生産性を大幅に引き上げるのと裏腹に、賃金が高い金融機関の雇用を破壊していくことが避けられないでしょう。

銀行などの金融機関と同じく、保険会社も人員削減の余地が大きいといえます。最近のアメリカでは、AIを活用して人手を必要としない保険会社の起業が増えています。生命保険にしても自動車保険にしても、加入手続きから保険金の支払いまで、スマートフォンのアプリを通したやり取りだけで完結するというサービスが広がり始めているのです。

AIやビッグデータを駆使することで、保険料の見積もりや保険の支払いを迅速にするというのが最大のメリットであり、ことのほかスマートフォンで簡単な質問に答えるだけの数分で保険に加入できるという手軽さが受けています。賃金が伸びていない若い世代を中心に、人件費などのコストを徹底的に抑えた割安な保険商品への人気度は高まっているということです。

そればかりか、顔を見れば寿命がわかるという技術を開発したベンチャー企業までが現れています。機械学習を重ねたAIがたった1枚の顔写真から、性別や年齢、かかりやすい病名、寿命までを割り出すことができるというのです。アメリカではすでにこのベンチャー企業のサービスを使い、顔写真から生命保険料の大まかな見積もりをする生命保険会社があるといいます。

また別のベンチャー企業では、AIが初期診断と健康管理を行い、病気を防ぐというサービスを開発し、そのサービスの導入を考えている生命保険会社もあるといいます。これらの事例が示すように、AIの技術力でコストを抑えることによって、保険料を大幅に下げることができれば、より多くの人が保険に加入できるようになるでしょう。

アメリカでの流れが、いずれ日本にも波及する

そのうえ、AIは手間がかかる自動車保険の保険金の支払い手続きでも活躍しています。スマートフォンのアプリで事故現場の写真を送信すると、保険金の支払額の見積もりが数分でできてしまうというのです。従来は1カ月程度かかっていた保険金の支払いが、1週間以内で完了できるまでになったといいます。

アメリカの大手の保険会社でも、新しく起業した保険会社の手法やベンチャー企業の技術を貪欲に取り入れて、できるかぎりすべての業務を簡素化して、コスト削減につなげる取り組みを進め始めています。これからの保険会社の経営目標は、店頭の窓口や保険の勧誘、対面の手続きなどをできるだけ省き、業務にかかる人件費を抑えることになってくるでしょう。

日本の保険会社では今のところ、AIの利用は単純な事務作業やコールセンター業務の一部にとどまっていますが、遅かれ早かれアメリカでの流れが日本にも波及し、AIやビッグデータ分析を駆使して業務を効率化し、保険料を下げていくという方向性が固まっていきそうです。保険料が下がる消費者にとっては好ましいことかもしれませんが、賃金が高い部類の雇用があまり必要なくなるという副作用は決して無視してはいけないでしょう。