児童を救助しようと殉職した日本人教師の慰霊祭が行われる/台湾
今から84年前の1930年1月に東勢農林学校(現・新社高校)の教師として台湾に赴任した山岡栄先生は同年5月9日、豪雨で繰り上げ下校となり帰宅しようとしていた新社公学校(現・新社小学校)の児童7人と保護者2人が、増水した川に流されて中州に取り残されたことを知り、泳いで助けに向かおうとしたところ、濁流に流され帰らぬ人となった。
今年は新社高校の生徒や教師、台中市台日文化経済交流協会などの関係者のほか、山岡先生の孫にあたる駄場美恵子さんと、中州に取り残されながらもその後救助された邱阿添さんの息子、邱湧忠さんも出席。長栄大学台湾研究所の温振華所長は、勇気ある行動を長きにわたり伝えていかなければならないと語った。
記念碑は2007年に台中県(当時)の歴史建物に登録されている。
(編集:齊藤啓介)

