「女性には無理」と断られても諦めなかった…巨大マグロをさばく「32歳ツナプリンセス」が一人前になった瞬間

■築地場外市場で働くツナプリンセス
各地の漁港や東京・豊洲の魚市場で、このところ女性の活躍が目立つようになってきた。決して女人禁制ではなかったが、魚市場は漁業と並んで男職場となっており、かつて移転前の築地市場(中央区)では、卸会社で競りや相対取引によって魚を卸す女性はほとんどいなかった。
ところが豊洲市場への移転以降、新しくきれいな施設であることに加え、ジェンダーレス意識の浸透もあって、生鮮魚介類を仲卸業者やスーパーなどに販売する営業職の女性が今では十数人、早朝から勤務するようになっている。さらに卸会社から魚を買い取る仲卸業者でも、女性の働き手が増えている。
そして同市場の仲卸業者「キタニ水産」では、ひとりの女性社員が今、注目を集めている。旧築地市場に隣接する築地場外市場にある「築地魚河岸」の店舗で、豊洲直送の大型本マグロを華麗にさばく、高橋李奈さん(32)だ。
90センチのマグロ包丁を使って、希少部位を含め、一心不乱に部位ごとに切り分け、寿司店など業務向けや一般消費者に対し販売する姿がSNSで話題に。その様子を収めたYouTubeは再生回数170万回を突破しており、インバウンドの間でも注目の的となっている。ついたニックネームが「ツナプリンセス」だ。
■魚市場とは無縁だった経歴
魚河岸の屈強な男とは真逆のビジュアルで時には200kg超えの大型マグロを小気味よくさばき、明るい笑顔で提供する姿には意外性があり、人目を引く。しかし高橋さんが注目されているのは、それだけが要因ではない。
高橋さんの職場は日本一ひいては世界トップレベルのFISH MARKET「TOYOSU」であり、さらに魚のプロたちが集う「TSUKIJI」である。本物以外、受け入れられない「魚の聖地」だ。
ましてやマグロとなれば国内、いや、これも世界最高級の地位を揺るぎないものにしている青森「大間のマグロ」を筆頭に、選りすぐりの上マグロたちがこのエリアに集まり、都内の名店などに卸されている。
そんなプロ中のプロが集まる豊洲・築地場外市場に、高橋さんはどうやって「入場」してきたのか。豊洲や築地で働く人は、身内のツテや水産関連の学校を経て市場入りするケースが多いが、高橋さんは魚市場・水産業に無縁だった。新潟県出身で、25歳までの7年間、地元で看板などのデザイナーとして活動していたのだ。
■築地の業者に電話で就職希望の直談判
デザイナーの仕事に「やり切った」と区切りを付けたとき、頭に浮かんだのはそれまでとはまったく違う仕事だった。当時、スーパーの鮮魚売り場で若い女性が、切り身ではない「丸魚」を買うのを見たときのことだ。

「この人は魚をさばけるのかな。魚を下ろせる女性はカッコいい。私も下ろしてみたい。どんな魚を? ……と考えたとき、マグロだ‼と、雷に打たれたように降ってきたんです。(小さな)魚を下ろせてもマグロを下ろせる人はそういないんじゃないか、と」
そう思った高橋さんは、早速、行動に移した。親や周囲からは「本当にできるの?」と笑われることもあったというが、決意は揺るがず、東京・築地で魚を扱う店に新潟から電話で次々と直談判。しかし、「女性でしょ」と何軒も断られ、最後に受け入れてくれたのがキタニ水産だったという。
最初に「カッコいい」と思ったマグロさばきについて、高橋さんは当初「何年か修業して、包丁を触らせてもらえるチャンスがもらえたらいいな」と思っていた。ところが、「なんと入社して3週間で店長から『ちょっとやってみるか』とチャンスをいただき、私の背丈と同じぐらいの長いマグロ包丁(全長160cm)を持たせてもらったんです」と振り返る。
■専用の「太刀」を預けられるまでに
しかし喜びもつかの間、相当な経験を必要とするマグロの解体だけに、最初からうまくいくはずはない。悔しい思いをたくさんして、時には涙したこともあったという。
それでも持ち前の真っすぐでひたむきな姿勢が実を結び、次第に腕を上げていった。3年ほど前からは、店長から高橋さん専用の「太刀」を預けられ、マグロ解体の花形・見せ場である「太刀入れ」を任されるようになっている。「ツナプリンセス」「女性マグロ解体師」の誕生である。
大間のマグロをはじめ、上マグロの扱いで知られるキタニ水産で腕を磨き、店の売り上げにも大きく貢献している高橋さん。前職の経験を生かして店頭に張り出すポップも制作し、まさに「看板娘」として生き生きと仕事に取り組んでいる。

■丸のままのマグロから身質を見極める
内外から熱い視線を送られ、豊洲〜築地で活躍する高橋さんだが、冷静に今後の課題を頭に浮かべている。
熟練を要する豊洲でのマグロの買い付けについて、キタニ水産では社長が担っており、高橋さんは社長が競り落としたマグロを解体し、販売している。
マグロの身質を競り前に判断する「下付け」は、見誤れば大きなリスクが生じるため、現在はその「いろは」を少しずつ習得中だ。豊洲ではマグロ以外の仕入れも行っているため、時間があるときは週に1〜2度、マグロの競り場に足を運んでいるという。
競り場のマグロは、腹から内臓が取り除かれ、尾が切られた状態でドンと横たわっている。その形状や尾や腹の状態・色などさまざまの観点から、さばいた後の脂の乗りや赤身の色合い、しっとり感などを想像し「買いだ」と決めるのが下付けだ。「50年やっても失敗することがある」(豊洲のベテラン仲卸業者)ほど、難解な見極めだという。
真剣勝負のマグロの競りで、今年6月下旬、「私が下付けしたマグロを社長が競り落としてくれました。社長からは『自分が下付けしたんだから、頑張って売れよ』と、最高に痺れる一言をもらいました」と高橋さんは興奮気味に語った。
落札の証しである「キタニ水産」の札が貼られたそのマグロは、境港産139キロ物。はたして解体後、身質はどうなっているのか。割った断面を見た高橋さんは、「やはり自分が思った通り、いいマグロだ!」と胸をなで下ろした。
しかし、マグロの目利きは、そう単純ではなかった。
「(築地場外市場に来る)馴染みのお客様には、私が選んだマグロを(社長に)競り落としてもらったから、ぜひ買いに来てほしいと連絡していました。ところが時間が経つと色変わり(身色の変色)が思ったよりも早く、難しさを痛感しました」

■お客さんの温かい言葉に涙が溢れた
買いに来たお客さんに対し、色変わりの事情を説明。申し訳なさから、ほかのマグロを薦めた。しかし返ってきたのは意外な反応だった。
「有名日本食店の大将は『自分も若いときにたくさんの人に支えてもらって今があるから、その気持ちのお裾分けです』と言ってくださり、私が選んだ境港のマグロを買っていただきました。大将の言葉には涙がじわっと溢れました」
これを機に「遠回りをしても、地道にコツコツ積み上げていこうと、心に刻みました」という高橋さん。「同時に、こうして任せてもらえることが少しずつ増えて、うれしくて幸せ。もっといろいろなことができるようになりたいです」と目を輝かす。
■「女性だからではなくキャラで勝負」
デザイナー職から畑違いの魚の世界に飛び込み、キタニ水産入社から8年目を迎えた。今でも「わからない、知らないということが1ミリも恥ずかしいと思わない。『なんでも教えてください』という姿勢でガンガン学んでいきます!」と、ハングリー精神を忘れない。
一方、魚市場という男性社会で働くことについてはこう話す。
「女性だから注目してもらえるのは正直うれしいし、ありがたい。なぜなら、スタートラインがみんなより前だから。ただ、お客さんになってくれるかどうかは別の話。私は女性で売るのではなくキャラで売っていると思っています。私と会うと元気が出ると言ってもらえることが多いから、店頭に立てばギアは常にON状態。元気な挨拶、返事、そして笑顔を欠かさないようにしています」
女性というより「キャラで勝負」と強調する高橋さん。マグロの売り方にもきめ細かい配慮があり、顧客に最大限寄り添った姿勢を崩さない。
「(業務向けではなく)一般のお客さんにはなるべく、いつ食べる予定のマグロなのか、聞くようにしています。その上で、そのとき店にある最適なマグロをお薦めします。また、予算が決まっているお客さんに対しては、その範囲内で最大限喜んでもらえるマグロは何か、常に考えています。売って終わりではつまらないし、寂しい。根底には、目の前の人を喜ばせたい気持ちがあります。そのために自分にできることをコツコツやって、ほかの人が気付かないところまで気を回し、笑顔にできるお客様を増やしていきたい。だから、男も女も関係ない、最後は気持ちだと思います」

■「いつかは自分で競り落としてみたい」

今後、自分の理想形については、「(卸会社から)マグロを競り落としてみたい。自分が『コレだ!』と選んだマグロを美しく解体し、お客さんに喜んでもらいながら売り切る。そしてまた、新しいマグロを競りで仕入れる。その一貫したサイクルが出来上がれば、最高にカッコいいと思うんです」と、マグロに懸ける思いは強い。
ある市場関係者は高橋さんについて、「彼女は真面目によくやっているよね。このまま経験を重ねれば、(和名で)《マグロ女王》なんて呼ばれる存在になるんじゃない。がんばってほしいよね」とエールを送る。
ツナプリンセス・高橋さんの活躍はマグロに限らず、魚の仕入れやさばき、販売まで、魚市場で性別を超えて実力を発揮できることを証明している。その働きぶりは、魚市場のジェンダーレス化に拍車を掛けることは間違いない。
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川本 大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長
1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006〜07年には『水産週報』編集長。2010〜11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)、『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)、『国産の魚はどこへ消えたか?』(講談社+α新書)などがある。
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(時事通信社水産部長 川本 大吾)
