「あの子は人任せにせん。選挙でも寝ないんよ」高市早苗首相の〈睡眠不足〉は、1992年の初出馬の時からだった《当時の支持者が証言》
「0〜3時間睡眠が常態化」と、高市早苗首相がXアカウントに投稿したことに批判の声が相次いでいる。実は、高市首相の睡眠不足は今に始まったことではない。1992年に初めて出馬した参院選でも、高市首相は「2日寝てない」と当時の支持者に打ち明けていた。
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選挙でも寝なかった
高市は「平成維新隊さなえ組」と呼ばれる組織を支持母体に選挙に臨んだという。当時の報道によれば、高市事務所の広報担当者の話として、「さなえ組」は学生や主婦などのボランティアで構成される集まりで、多い時で300人から400人が事務所に出入りしていると伝えられる。出馬にあたっての高市のリーフレットにも、〈奈良から日本に吹かせたい 平成維新の風!〉と記されていた。

28日に発生した熊本地震の対策会議では、高市早苗首相が「夜を徹して、全力で取り組んでください」と檄を飛ばした ©時事通信社
89年に出版されてベストセラーになった大前研一の『平成維新』(講談社)を意識しているのだろう。政府と霞が関を解体して真に国民のための政府を作り出すことを提唱したこの本は、当時の政治改革ブームもあって広く読まれた。新顔の高市にとって最大の武器だった刷新感とも重なる。
“勝手連”的に集まった市民たちから支持を集める、「平成維新」を目指す若き女性候補。「米国では納税者からの意見書が毎日、議員事務所に届く」として、納税者の声に耳を傾ける政治家になり、政治を正すと訴えた。米国風にプラカードを持って歩いたこともあった。
当時の高市の選挙への向き合い方は現在の姿にも重なる。高市を応援していた自民党奈良県議の粒谷友示(当時は生駒市議)は言う。
「あの子は人任せにせん。全部自分でやらな気がすまんタイプ。選挙でも寝ないんよ。新聞社のアンケートも政策の文章も、人に任せず自分で書いていた」
初出馬時から高市を支持する大和郡山市議の乾充徳も、高市が「2日寝てない」と言うのを聞いたことがあるという。
夜はアンケートや政策を書き、日中はとにかく走り回った。団地の住民が窓から顔を出すと、「ありがとうございます」と一人一人に頭を下げる。支援者から「あそこへ行って」と言われた場所に、高市はすぐに駆け付けた。こうした選挙のやり方を、高市は現場で覚えていった。
タバコを吸いながら「お母さんには内緒やねん」
粒谷は、生駒市での初めてのスポット演説を記憶している。マンションの前で高市に演説するよう指示したのだ。
「本人は怒っとったね。『何で、こんな誰もいないところで喋らなあかんねん』と。でも、聴衆を集めてその前で演説したところで、票の掘り起こしにはならんのよ。集まってくれている時点でその人たちは候補者に関心をもってくれているわけで、それよりは、マンション住民の何人かでも新たに高市に興味を持ってくれるのがええ。なので僕は『これがええねん』と言ってね」
乾によれば、高市は、選挙の手伝いに来ていた母・和子から、振る舞いや礼儀について「サナエ、そんなんじゃダメなのよ」とよく𠮟られていた。愛煙家の高市が車の中でタバコを吸うときには、こう言っていたという。
「お母さんには内緒やねん」
傍目からは輝かしい経歴を持ちながらも、母には頭が上がらない。そういう人間臭さもまた、支援者たちを引きつけていたようだ。
だが結局、奈良選挙区では自民公認の三男雄が21万2537票を獲得して当選。無所属の高市は15万9274票で、次点で敗れた。リクルート事件に憤り、政治改革を訴えていたにもかかわらず、選挙後には陣営内の「使途不明金騒動」が報じられる皮肉もあった(「週刊宝石」92年10月8日号)。
だが、次のチャンスが1年も経たずにめぐってきた。
翌93年6月。宮澤喜一首相が内閣不信任案の可決を受けて、衆院を解散した。政治改革の風が吹き荒れ、自民党に逆風が吹く。この選挙で再び無所属で出馬した高市は、中選挙区制での奈良県全県区で13万1345票を獲得し、自民の奥野や新生党から出馬した前田らを抑えてトップ当選を果たす。
このとき32歳。高市は自著『高市早苗のぶっとび永田町日記』の中で、〈女性代議士としては、憲政史上最年少での当選だった〉と胸を張った(実際には1946年衆院選で三木キヨ子が26歳で当選した事例がある)。
ただ、この選挙からは、最初の選挙で後ろ盾に逆らってまで古い自民党政治に挑戦状を叩きつけたような熱気は感じられない。(文中敬称略)
※この続きでは、“奈良政界のドン”浅川清と高市早苗氏の関係を詳しく掘り下げています。約1万2000字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年8月号に掲載されています(甚野博則+本誌取材班「裏切りと涙のサナエ劇場」)。
(甚野 博則,本誌取材班/文藝春秋 2026年8月号)
