(※写真はイメージです/PIXTA)

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高齢化が進むなか、「親の老後の住まい」について、子世代が決断を迫られる場面が増えています。老人ホームの選択肢は年々多様化し、設備やサービスも充実。そこにはひと昔前までの“姥捨て山”というイメージはありません。一方で思わぬギャップに悩む声も少なくないようです。

入居後3ヵ月、父が口にした「まさかの希望」

「ここ、出ようと思うんだ」 。父・修さん(仮名・75歳)が口にしたひと言に、長男・直樹さん(仮名・49歳)は「冗談じゃねぇよ」とポツリ。しばらく言葉を失ったといいます。

老人ホームに入居してまだ3ヵ月。しかも、毎月の費用は35万円。年金月25万円にくわえ、足りない分は貯蓄から取り崩しています。母が亡くなり、実家でひとり暮らしをしていた父。ただ家事力がなさ過ぎて、家は荒れ放題。見かねた直樹さんが老人ホームへの入居を勧めました。

「最近の老人ホームは、すごく豪華で快適らしいよ」

どこかで聞いた言葉をそのまま伝えたところ、「見学でも行ってみるか」と修さん。それから半年、入居する老人ホームが決まり、「ようやく落ち着いた……」と思った矢先の突然の申し出でした。

修さんが入居したのは、いわゆる「自立型の高級老人ホーム」。介護を必要としない人向けの老人ホームで、温泉付きの大浴場や、ホテルライクな食堂、充実したアクティビティなどが揃い、居室も広く快適です。修さん本人も見学時には「ここなら安心して暮らせそうだな」と好印象を口にしていました。

施設選びの経緯について、直樹さんはこう語ります。

「仕事と子育てが重なっていて、父と一緒に何度も施設を回るのが正直つらかった。資料を取り寄せて電話して、1日かけて見学して――それを5件ほどやったところで、『もうここにしよう』と。施設の評判も悪くなかったし、父も『人生最後くらい、贅沢したい』と乗り気だったので決めました」

とはいえ、月額35万円という費用は決して軽くありません。父の年金は、65歳時点では月18万円でしたが、「受取額を増やしたい」と70歳まで受給を繰り下げました。とはいえ、月10万円程度を補填していくと、10年ほどで貯蓄が底を尽きます。

「人生最後の贅沢といっているけど。最悪、実家を売るしかないですね」

Q.介護認定なしの人の「老人ホーム」入居のきっかけ

ひとり暮らしの継続が難しくなった…27.8%

自宅での介護を受けていたが継続が難しくなった…24.7%

入院して自宅復帰が難しかった…17.5%

自立状態で生活できたが将来を考えて…13.4%

その他…1.0%

わからない…15.5%

出所:株式会社LIFULL senior/LIFULL 介護『介護施設入居実態調査 2025』

「音が気になる」「話し相手がいない」…予想外の暮らしにくさ

しかし、実際に暮らしてみて、修さんにはいくつかの違和感が生まれていたようです。

「夜、隣の部屋の音が気になって眠れないんだ。廊下の声やテレビの音がずっと聞こえてくる」と、修さんは打ち明けました。施設はバリアフリー設計で清潔感もありましたが、防音性は一般のマンションほどではなかったのです。加えて、もうひとつの理由が「話し相手がいない」というもの。入居している人は、いわゆる富裕層と呼ばれている人たちばかり。医者に弁護士、会社経営者――バックボーンが修さんとはまったく異なり、雑談や世間話が成立しにくかったといいます。

「一日誰とも話さない日があるんだよ」と修さんはポツリ。設備は整っていても、心地よい人間関係までは保証されなかったのです。

このような「入居後のギャップ」は、決して珍しい話ではありません。株式会社Speeeが2023年に行った調査では、「現在入居している施設は、何施設目ですか?」の問いに対し、「1施設目」が61.6%と多数を占めるものの、「2施設目」が28.4%、「3施設目」が7.2%。また転居の理由は「特養などに入所するための一時的な入居だった」が33.3%と最多だったものの、「介護スタッフ・施設職員への不満」が18.8%、「介護サービスの質が低い」17.7%など、入居してみたら――と不満を募らせ転居を決意するケースは少なくありません。

修さんの転居希望も、「ワガママ」ではなく、「暮らし方の再考」といえるかもしれません。直樹さんは、父の話を聞いて一瞬「もう勘弁してくれ」と感じたものの、仕方がないと考える部分もありました。

「やっぱり、いくら高級でも合う/合わないはありますよね」

老人ホーム=安心」とは限らないという現実。 入居前に住み心地や人間関係まで完全に把握するのは難しく、事前に見学するだけではわからない要素も多く存在します。また、費用についても、「高い=良い」と考えてしまうと、思わぬミスマッチを招くことがあります。大切なのは、その人にとって本当に必要な“機能”があるかどうかという視点です。

「まあ高級老人ホームは父には合わないことがわかってよかったです」

修さんは改めて「自分に合う老人ホーム」を探しています。

[参考資料]

株式会社LIFULL senior/LIFULL 介護『介護施設入居実態調査 2025』

株式会社Speee『介護施設の転居に関するアンケート調査』