残念な社長ほど「残念な人」に改革を任せてしまう、根本的な理由とは?(写真: takeuchi masato/PIXTA)

「電通の労働環境改革を、最優先事項として全力でやる。小柳、きみも手伝ってほしい」

2016年10月、後に電通の社長になる常務から呼び出され、時短の「特命」を受けた小柳はじめ氏。2年間という限られた時間の中で、パフォーマンスを落とすことなく法定外労働時間を60%削減できたのは、なぜだったのか。

その全手法を「8つの鉄則」にまとめた書籍『鬼時短――電通で「残業60%減、成果はアップ」を実現した8鉄則』が、発売即増刷が決まるなど、いま話題となっている。

ここでは、本書の一部を抜粋・再編集して、残念な社長ほど「残念な人」に改革を任せてしまう、根本的な理由を解説する。

改革に「協力的すぎる人」は要注意

私はこれまで、多くの企業の「時短改革」に取り組んできました。


最初の機会は、30年以上勤務した電通で、4年間グループ会社に出向したときです。そこで利益率を向上させつつ、残業時間を大幅に短縮するという経験をしました。

その後、電通本社に帰任し、労働環境改革プロジェクトに参加。2年間で残業時間が半分以下に激減していくのを目のあたりにしました。

4年前に独立してからは、コンサルタントとして企業に「時短から始める企業改革」のアドバイスをしています。

そんな経験から、「改革メンバーに選んではいけない人」の特徴が見えてきました。それは、こんなふうに言ってくる方です。

「改革に大賛成です! ぜひ協力させてください!」

改革をスタートさせた段階では、多くの社員は改革に前向きではありません。現場の説得に四苦八苦している改革担当者からすれば、砂漠で見つけたオアシスのような希望の光に思えるかもしれません。

「あなたのような存在を待っていた! いっしょに時短に取り組んでいこう!」

こうして手を携えて共に改革を進めていく……という前に、慎重になってください

改革担当者の危機意識として、「私も改革に参加したいです!」と名乗り出てくる社員は「要注意」だというアンテナを張っておきましょう。

改革は「面倒くせえ」と言う人を口説いて任せるべき

なぜ、改革に協力的すぎる人は要注意なのでしょうか。

時短を含めたあらゆる改革は、既存の業務を否定する荒療治です。

現場で頼られている「現場の主」をはじめ、業務をしっかりとこなしてきた方々ほど、改革に前向きではありません。改革の効果は十分わかっても、その過程でどのくらい面倒なことになるか、それがわかっているからこそ後ろ向きなのです。

本当に重要な仕事を頼むなら、「面倒くせえなあ、ほんとにやらなきゃだめ?」と渋い顔をする人にこそ頼むとよい、と言われます。

「面倒くさい」と言うのは、その人が、その業務を完遂させるまでのプロセスを頭に描けるからです。その間に必要なリソース・調整・リスクなどなどを、瞬時にリストアップできるからこそ「面倒くさい」と感じるのです。

「あんた、簡単に改革って言うけど、それがどんなに大変かわからないだろ?」

こう言ってくれる経験豊かな方を説得して仕事を引き受けてもらえば、準備不足や甘い見通しで失敗するリスクは格段に減ります。

「まっさきに手を挙げる人」は全体が見えていないかも

逆に「よろこんで!」と改革に対してまっさきに賛同の手を挙げる方は、それがどんなに困難で長い登り坂であるか、わかっていない恐れがあります。

この時短改革が「スイスイ進むだろう」「楽勝じゃね?」と思ったのかもしれません。

そういう方は、プロジェクトの開始前は元気だったのに、いざ始まってみると静かになる。そして「みなさん言うことを聞いてくれないんですよ」とか、「会社からもっと強く『事務局メンバーの言うとおりにしろ』と落としてくれないんですかね?」などと言い出す。

もしかしたら、会社のチカラをバックに、個人的に絶大なパワーを得られるとでも勘違いしたからこそ、事務局メンバーに手を挙げたのかもしれません。

もっと言うと、手を挙げた原動力が「いまの職場への不満」である可能性もあります。業務プロセスへの不満というより、人間関係への不満。同僚に対して恨みを抱いている場合すらあるでしょう。

そういう人は業務にあまり精通していなかったり、周囲からの信頼が薄いため、仕事がさほど振られていません。だからこそ「改革というイベント(しかも会社主催)」に手を挙げたのかもしれません。

「無能な味方は、最大の敵」という言葉もあります。それを察知する危機意識はもっておきましょう。

改革に前向きではない人を説得して改革を任せる――そんなの大変だ、と思われるかも知れません。でも、その「大変なこと」を避けて通るから、いつまでたっても改革が成功しないのです。

「時短のプロセス」を時短するから失敗する

時短改革に取り組もうとして頓挫する会社の多くは、時短のプロセス自体を「時短」しようとして失敗します。

現場を説得する手間や労力は、絶対に省いてはいけませんし、手を抜いてもいけません。

改革を主導する立場の人は、自社の社員たちを「軽く見ている」ことが多い。「同じ社員だからわかってくれるだろう」と油断していることもあります。そのため、丁寧に説得する手間を省いてしまいがちです。

商売の鉄則として、顧客の満足(Customers’ Satisfaction:CS)を最優先すべきとされた時代が長く続きました。「お客様は神様」精神ですね。

しかしいまは、最初に自社の社員の満足(Employees’ Satisfaction:ES)があるべきだという考えが主流になりつつあります。

「CSよりES」。社員が不満たらたらな状況で顧客にすばらしい体験をしていただくなんて、とうてい無理な話だということです。

クライアントへの提案、説明、説得、そしてお願いも含めて、どれだけ時間と手間とコストをかけるかを考えてみてください。

クライアントを驚かせ、喜ばせ、ライバル社より当社を選んでいただくために、いったいどのくらいの分厚い準備を重ねるか、思い出してください。

それと同じように、いや、それよりも丁寧に、自社のメンバーに向き合うのです。

そう聞いて「笑わせるな、何のために毎月、安くない給料を払っていると思っているんだ」と感じてしまったら、あなたの「経営観」は相当大がかりなアップデートが必要です。

アプリを更新するだけでなく、OSから入れ替えないといけませんね。

この新しいOSは「人的資本経営」と呼ばれるようになっています。要するに、人材から見捨てられるような企業が、顧客に選ばれ続けて持続的に成長するなんてことは、金輪際あり得ないということです。

「自社の社員を説得するプロセスこそ、けっして時短してはいけない」

ちなみにこれは、ご家族に対するコミュニケーションにも、通じるものがあるかもしれません。

書籍『鬼時短』に掲載した【23の「やること」と58の「チェックポイント」リスト】はこちらからダウンロードできます

(小柳 はじめ : Augmentation Bridge(AB社)代表、元電通「労働環境改革本部」室長)