国鉄初の動態保存SL列車となった「やまぐち号」の試運転時の様子(撮影:南正時)

2023年、JR東日本の「SLばんえつ物語」を牽引するC57形180号機が77歳の「喜寿」を迎えた。同年には全般検査を終えたばかりの美しい姿に「喜寿」のヘッドマークを付けて磐越西線を走った。

C57形は戦前に開発された蒸気機関車(SL)だが、180号機は1946年8月に誕生した戦後っ子SLだった。実は筆者も同年同月に生まれ、77歳の喜寿を迎えた。生誕が同じ年月だと知るとより親しみが湧き、2023年には磐越西線を数度訪れ、「SLばんえつ物語」の撮影や乗車を楽しんだ。

全国ではほかにもさまざまな動態保存のSLが活躍しているが、一方で近年は運行を取りやめる動きも出ている。今回は動態保存SLの軌跡を振り返りたい。

始祖は大井川鉄道と国鉄「やまぐち」

日本におけるSLの動態保存営業運転は、静岡県の大井川鉄道が北海道の標津線を走っていたC11形227号機を導入し、1976年7月に開始したのが始まりだ。

この少し前、国鉄は日本の鉄道発展に貢献してきたSLを産業文化財として保存することを決め、鉄道開業100年の記念行事の一環として1972年10月、京都に梅小路蒸気機関車館が開館した。その後、同館に保存されたC57形1号機により、1979年から山口線の小郡―津和野間で国鉄として初のSL動態保存列車「やまぐち号」の運転が始まった。


SL動態保存のパイオニア、大井川鉄道のC11形227号機(撮影:南正時)

山口線が選ばれたのは、山陽新幹線の小郡駅(現・新山口)からアクセスできること、沿線の津和野などの観光活性化につながるといった理由からだ。C57形1号機は、かつて羽越線や磐越西線を走ったC57形のトップナンバーで、現役時代から人気のあるSLだった。筆者も当時その姿を撮影している。


羽越本線温海駅(現あつみ温泉)付近を走るC57形1号機=1971年6月(撮影:南正時)


国鉄時代、「やまぐち」のヘッドマークを掲げて走るC57形1号機(撮影:南正時)

その後、1987年に国鉄の分割民営化によりJR各社が発足すると、JR四国以外の旅客各社はこぞってSLを動態復元し、イベント列車などとして運転を開始した。各社ごとに見ていこう。

「山線」のC62、オリエント急行を牽いたD51

JR北海道の路線上で初のSL復活運転は、C62形3号機による「C62ニセコ号」で、1988年4月から函館本線の通称「山線」、小樽―倶知安間で運転を開始した。これは民間団体が寄付などによって動態復元を果たし運行していたもので、C62形が現役時代に急行「ニセコ」を牽引して活躍した路線を走ることもあり人気を博したが、1995年11月3日をもって運行を取りやめた。


函館本線「山線」の倶知安―小沢間を走るC62形3号機(撮影:南正時)

JR北海道独自の本格的SL復活は、1999年に放送されたNHK連続テレビ小説「すずらん」がきっかけだった。これは北海道の鉄道員一家の物語で、筆者がロケ地を留萌本線恵比島駅に設定し、架空の「明日萌駅」として撮影が行われた。

当時、JR北海道はこの地で走らせるSLは所有していなかったため、真岡鉄道のC12形を借りてロケを行った。「すずらん」の視聴率は好調でロケ地を訪れる観光客も多く、その人気にあやかりJR北海道は標茶町の児童公園で静態保存されていたC11形171号機を動態復元し、留萌線の観光列車「SLすずらん号」として1999年5月から運転を開始した。


留萌線増毛駅(廃止)に停車する「SLすずらん号」(撮影:南正時)

翌2000年1月からは、釧網本線の釧路―標茶間で「SL冬の湿原号」の運転も始まった。同年には現役時代に日高線で活躍した特徴ある「二つ目」のC11形207号機も動態復元されて交互に運行されるようになり、重連運転も行われた。現在、JR北海道のSL列車は「SL冬の湿原号」のみとなり、C11形207号機は東武鉄道に貸し出され「SL大樹」で運用されている。


運行開始10周年のヘッドマークを付けた「SL冬の湿原号」=2010年(撮影:南正時)

JR東日本の動態保存SLは、1988年の「オリエント急行」来日の際に復活したD51形498号機が最初だ。同年12月23日、オリエント急行の国内走行ラストランを上野―大宮間で牽引し華やかな復活を果たした。同機はその後、高崎―水上間の「SL奥利根号」(「SLぐんまみなかみ」の前身)を牽引、JR東日本の復活SL運転が本格化した。


電気機関車EF58形61号機との重連で、来日したオリエント急行を牽引し上野駅を出発するD51形498号機=1988年12月23日(撮影:南正時)

1999年にはC57形180号機が動態復活し、同年4月29日から「SLばんえつ物語」牽引機として運転開始し、現在まで根強い人気を保っている。2011年にはC61形20号機も復活を遂げ、D51形498号機とともに主に群馬県内で活躍している。


運行開始当初の「SLばんえつ物語」(撮影:南正時)

2014年4月からは、東日本大震災の被災地復興の応援として「SL銀河」を釜石線花巻―釜石間で運転開始した。盛岡市の公園で静態保存されていたC58形239号機を修復し、客車は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をモチーフに元JR北海道の気動車を改造した車両だった。客車の老朽化という理由で2023年6月4日に運行を取りやめてしまったが、このC58形は現在も動態保存状態にあり、JR東日本のSLは4両体制である。


動態復元したC58形239号機の「火入れ式」=2013年12月12日(撮影:南正時)

ウェスタン調だった「ハチロク」

JR西日本は先述の通り、国鉄・JRの動態保存SLのパイオニアである「SLやまぐち号」を発足当初から運行していたほか、現在は京都鉄道博物館で動態保存されているC56形160号機も「SL北びわこ号」としての運転をはじめ各地で走行した。2017年にはそれまで京都鉄道博物館(梅小路蒸気機関車館)の構内で動態保存されていたD51形200号機が本線での運転に復活した。


国鉄時代の1981年、C56形160号機の牽引で小浜線を走った「SLわかさ号」(撮影:南正時)

JR九州の動態保存SLは1922年製造の「ハチロク」こと8620形58654号機である。静態保存機を動態復元し、1988年8月から豊肥本線熊本―宮地間で「SLあそBOY」として運転を開始した。客車はウェスタン(西部劇)調に改装した50系客車を使用し、終点の宮地駅構内には小規模ではあるが「ウェスタン村」も設けられた。当時、JR九州には阿蘇にウェスタン調のテーマパークを造る構想もあった。この沿線でのハチロクの最高の見せ場は「立野の三段スイッチバック」越えであった。


「SLあそBOY」は「ウェスタン調」をコンセプトとしていた(撮影:南正時)

58654号機は1992年、デザイナーの水戸岡鋭治氏の監修指導の下にダークグリーンに塗装され、さらにその後、煙突にはアメリカの森林鉄道で使われていたダイヤモンドスタック型のカバーが付けられた。これは8620形を知る年配の(筆者も含め)SLファンからは不評を買った。


アメリカ西部開拓時代をモチーフにした宮地駅の構内と「SLあそBOY」(撮影:南正時)

「SLあそBOY」は2005年に運行を終了したが、機関車と客車は2007年から約4億円をかけて修復され、2009年4月から熊本―人吉間で「SL人吉」として復活。しかし、2020年7月の豪雨で肥薩線は壊滅的被害を受け、八代―吉松間が不通となっている。翌年からは熊本―鳥栖間で運転されているが、今年2024年3月23日で運転終了の予定だ。8620形は国内現役最古の蒸気機関車ということもあり、JR九州は運転終了の理由として老朽化を挙げているが、SLファン、とくに筆者を含めた「ハチロクファン」にはこの公式見解に疑問を持つ人がいるのも確かである。


「SL人吉」として復活した58654号機(撮影:南正時)

私鉄で活躍する動態保存SL

「SL銀河」や「SL人吉」の運転終了など、JR各社のSL保存運転はトーンダウンの傾向にあるように思える。一方で、私鉄の大井川鉄道や秩父鉄道(埼玉県)、第三セクターの真岡鉄道(栃木県)はSL列車を観光の目玉として継続的に運転している。


秩父鉄道の「SLパレオエクスプレス」。C58形363号機が牽引する(撮影:南正時)

また、大手私鉄の東武鉄道は2017年8月に鬼怒川線の下今市―鬼怒川温泉間で「SL大樹」の運転を開始した。機関車は前述の通り、JR北海道からC11形207号機を借り受けた。ヘッドライトが左右に2個付いた外観から、現役時代には「二つ目」「カニ目」と国鉄マンやSLファンに親しみを込めて呼ばれていた珍しい機関車だ。


東武が動態復元したC11形123号機の「火入れ式」=2021年12月24日(撮影:南正時)

東武は本格的なSL用機関区を下今市に建設したほか、南栗橋に設置したSL検修庫ではSLの全般検査や大規模補修なども行っている。転車台を譲り受けて下今市や鬼怒川温泉に設置するなど、全国の鉄道会社の協力を受けているのも特徴だ。2020年には真岡鉄道からC11形325号機を譲り受け、2022年にはかつて静態保存されていたC11形123号機を見事に復活させた。現在は3台のC11形により「SL大樹」「SL大樹ふたら」を運行している。


東武のSL3重連=2022年6月19日(撮影:南正時)

動態保存SL列車の歴史はすでにほぼ半世紀になる。鉄道の文化、技術を今後に引き継ぐ存在として、これからも活躍を期待したい。


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(南 正時 : 鉄道写真家)