アマゾンで15年間ロビイストとして活動した渡辺氏が得た学びとは(写真:當舎慎悟/アフロ)

キャリア官僚からビッグテックへの転職を先駆けたアマゾンの最古参ロビイストである、渡辺弘美氏。15年間の活動で学んだこと、日米におけるロビイストの違いなど、同氏の新著『テックラッシュ戦記――Amazonロビイストが日本を動かした方法』を一部抜粋・再構成する形でお届けします。

グローバルなテック企業はとてつもないスピードで新たな製品やサービスを出していく。私がアマゾンに入社した2008年当時は、書籍を中心とする物販のインターネットショッピングが中心で、国内の物流センターも千葉県に2か所あるだけであった。

AIやIoTなど多様な最新技術と関係

電子書籍や音楽・映像配信などのデジタルサービスはまだ開始しておらず、アマゾン ウェブ サービスというクラウドコンピューティングサービスに関しては日本に事業部門がなく社員がまだ誰も採用されていなかった。

そのため必然的に、ロビイングの仕事も一般用医薬品のインターネット販売など物販に関わる問題が主であった。

しかし、今やアマゾンが関係するサービスには、AI、ロボット、無人航空機、衛星、音声認識デバイス、IoT(モノのインターネット)など多様な先端テクノロジーが関わっており、そして新たな製品やサービスのローンチが非常に速いスピードで、今でも遅滞することなく続いている。

アマゾンの場合、「毎日がはじまりの日」という意味でのDay1という姿勢をとても大切にしているので、お客様が想像もしなかったようなサービスやプロダクトを常に生み出し続けている。

公共政策チームは、このDay1の姿勢をビジネスチームが実現できるように社内でサポートするので、ビジネス領域が拡大するにつれロビイングの業務領域は急拡大することになる。

加えて、企業自身の経済社会に対する影響が大きくなるにつれ、ロビイングの業務は法制度に関する活動にとどまらず、政府とのよりよい関係を構築するという企業のレピュテーション(評判)問題まで担うことになる。

アマゾンの場合には、欧州で納税や労働問題などに関してアマゾンをバッシングする論調が徐々に拡大したため、公共政策チームはパブリックリレーションズ(広報)チームと一体的にグローバルコーポレートアフェアーズという組織になり、アマゾンに対するレピュテーションをどう向上させるかという活動が重視されることとなった。

臨機応変に対応する「動的なロビイング」

そうなると公共政策チームの行動も「静的(スタティック)なロビイング」とは異なる「動的(ダイナミック)なロビイング」となる。

「動的なロビイング」の1つの特徴は、公共政策チームが取り扱う課題が固定的なものではなく、年々、場合によっては四半期単位で変化し、かつ、その範囲が拡大傾向にあるということである。

物販のインターネットショッピングであれば、消費者保護、薬事、食品・製品安全、資金決済、物流などに関わる政策課題が中心になるが、デジタル系のサービス(コンテンツ配信、デバイス販売)やクラウドコンピューティングサービスが加わると、セキュリティ、著作権、個人情報保護、電気通信、コンテンツモデレーションなど、さらに政策課題に広がりが出てくるし、また、同時にアマゾンという企業の行動に新たな注目が集まることにより、競争政策、環境エネルギー、人権といった公共政策分野の対応の重要性が増してくる。

繰り返して申し上げるが、これらの公共政策上の課題が非常に速いスピードで生じるのである。実際、今から10年以上前に私が手掛けていた公共政策上の案件と今アマゾンが抱えている案件を比較してみると、隔世の感がある。

加えて、デジタルプラットフォームと呼ばれる新たなビジネスモデルやこれまでに政策立案者が想定していなかったような新たなテクノロジーに対して、共同規制のように各国の規制当局がこれまでの規制のフレームワークにあてはまらないような新たな提案を行ってくることにも対応が必要となってくる。

テック企業が生み出す新しいテクノロジーやサービスというものは、既存の法制度が想定していない、つまり法律とテクノロジーとの間にギャップが生じるので、どうやってこれらを規律していくべきなのか、あるいは、政府と企業が共同してガバナンスをしていくべきなのかという新たな課題に直面することもしばしばである。

政府の政策提案に辛抱強く働きかける

製薬や電気通信などの「静的なロビイング」では、政策立案者側に規律のノウハウが蓄積されていることが多いため、ロビイング活動も毎年同じようなルーティンなものになりがちである。しかしながら、テック企業が手掛ける「動的なロビイング」の世界では、新たなビジネスモデルや技術についての情報は圧倒的に企業側が有しており、官民での情報格差が極めて大きい。

従って、時代遅れの法制度や現場感覚からずれた不条理な政府側の政策提案に対して、何度も辛抱強くテック企業側が働きかけることによってようやく合理性のあるガバナンスの枠組みが確立することになる。

僭越ながら、テック企業が政府に対してあるべき法制度の姿を積極的に提案することもしばしば必要になる。そのためにロビイングの活動も「静的」ではなく、積極的にスピード感をもって「動的」に行うことが不可欠となる。

「動的なロビイング」のもう1つの特徴は、規制改革や制度整備といった法的な活動のみならず、政府とのよりよい関係を構築するということにまで拡張してくるという面である。狭義には、テック企業のことを政府関係者に正しく理解してもらい、もし誤解や都市伝説があれば丁寧にそれらを訂正していくことが肝要になる。

私の場合にも、アマゾンが日本で法人税を納めていないかのような誤解が、一部の国会議員に見られることがあったので、そのような誤解に接する度に、アマゾンの日本での納税状況について丁寧に説明した。そのため最近では、国会でのそのような誤解に基づく発言も随分少なくなった。

アマゾンは「置き配」が好例に


このような企業についての政府関係者の正しい理解を前提とした上で、政府との間で良好な関係を構築するために、政府が抱える政策方針をテック企業の側面から支援し、政府も企業側もともに同じ目的を達成していくということが必要になる。

アマゾンの場合であれば、「置き配」についての取組がその好例であろう。このような「動的なロビイング」の活動はテック企業にとってはなくてはならないものであり、企業の社会的受容性を高め、引いては競争力を左右するものであると言っても言い過ぎではないと思う。

(渡辺 弘美 : 元アマゾンジャパン合同会社顧問・渉外本部長)