紅海でフーシ派に拿捕された日本郵船の運航する「ギャラクシー・リーダー」(写真:Houthi Military Media/ロイター/アフロ)

アラビア半島とアフリカにはさまれた紅海。その周辺海域での緊張がいちだんと高まっている。

イエメンの武装組織「フーシ派」は2023年11月19日、日本郵船のチャーター運航の自動車専用船を紅海で拿捕した。背景にあるのはイスラエルとハマスの衝突だ。バハマ船籍の船だったが、イスラエルの実業家と関係のある「イスラエル関係船」として拿捕した。

日本郵船のチャーター船はいまだ解放されず、フーシ派による船舶攻撃が断続的に続く。これに米英軍が反撃、フーシ派支配地域へのミサイル攻撃も始まった。紅海の緊張は高まり、国際海運の大動脈であるスエズ運河の船舶運航が難しくなっている。

島国である日本は貿易量における海上輸送の割合が99.6%を占める。今回の危機はどのように日本に影響するのだろうか。

喜望峰経由だと積載能力20%減

紅海が安全に運航できないと世界経済への影響は大きい。日本貿易振興機構(ジェトロ)の取材によると、「世界で運航している約30%の船が紅海を経由し、(迂回して)喜望峰経由となると世界全体の約20%の積載能力が奪われる」という。

「アジア発のサウジアラビア向け貨物が、紅海に面するジェッダ行きでなくアラビア湾側のダンマン行きに変更されている。ドバイでもコンテナ不足や船賃上昇の兆しが出ている」。ジェトロのドバイ事務所に駐在する清水美香氏はそう指摘する。すでに中東での影響は大きくなっている。

日本郵船、商船三井、川崎汽船の3社が共同出資しコンテナ事業を行う会社のオーシャンネットワークエクスプレス(ONE)は、「スエズ運河と紅海から船舶の航路を変更する」と昨年12月20日に発表。それ以外の自動車船などを運ぶ多くの海運企業もルートを変えている。

「すべての船は喜望峰へのルート変更や待機を行い紅海には入らないようにしている」(日本郵船広報部)など、日本の海運大手も紅海を回避する。

こうした状況で運賃値上げなどの期待が高まり、国内の海運大手は株価上昇が続く。とくに日本郵船、川崎汽船は上場来高値圏の値動きとなっている。

日本への輸送の影響度は

紅海と地中海を南北に結ぶスエズ運河。海運経済学を専門としコンテナ輸送の動向に詳しい拓殖大学商学部国際ビジネス学科の松田琢磨教授は、「アジア・ 中東と欧州・北米を結ぶショートカットルートで、効率的にモノを運ぶために欠かせない重要拠点だ」と話す。

「喜望峰を迂回すると欧州航路ではループ(1往復)で2隻程度の船の追加が必要になる」(松田氏)。問題が長期化すれば、リードタイムや輸送コストへの影響が懸念されるという。

ただし、日本関連の海上輸送で考えると、原油などは紅海を経由して運んでおらず影響は限定的との見方もある。「コンテナ船でも新規竣工が進んでおり、中国の春節前の輸送ラッシュなど短期の問題を切り抜けられれば、市況への影響は限られるのではないか」。松田氏もそう語る。

コンテナ輸送などの費用が最終商品の価格に占める割合は数パーセント程度のものが多く、仮に急騰してもコスト面の影響は限定的とされる。いきなり商品価格が倍になるなどの影響は短期ではなさそうだ。

一方で不透明要因は、フーシ派による船舶攻撃がいつまで続くか、だ。

フーシ派はイエメン北部を拠点とするイスラム教シーア派系のザイド派の復興を志す武装組織だ。

2004年に蜂起し、2014年9月にはイエメンの首都サナアを占拠、2015年1月に実権を掌握している。その後、同年3月からのイエメン内戦への介入を開始したサウジアラビア主導の連合軍とも戦闘していた。

ガザでの戦闘の行方が今後を左右

フーシ派の軍事力はイエメン内戦以降、急速に強化され兵員数は20万人を超えるという見方もある。日本エネルギー経済研究所・中東研究センターの副センター長である坂梨祥氏によると、「フーシ派はイスラエルによるガザ攻撃の停止に加え、イエメン国内でのプレゼンス強化を目指している」という。


日本郵船の運航する「ギャラクシー・リーダー」がフーシ派に乗っ取られた際の様子を記録した画像(写真:Houthi Military Media/ロイター/アフロ)

これに対抗しているのが中東地域の海洋安全保障を担っているアメリカだ。フーシ派が攻撃する商船護衛を目的に米英を中心に行っている「繁栄の守護者」作戦では、「20カ国が参加を表明している」と発表している。判明しているだけでもアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、バーレーンなどが参加している。

一方のフーシ派の背後にはイランがいるとされる。1979年のイラン革命以降、「抑圧との闘い」と「アメリカへの対抗」を掲げ、アメリカとイスラエルを敵対視。イスラエルのガザ攻撃も強く非難している。

「フーシ派の船舶攻撃を停止させるには、イスラエルによるガザ攻撃の停止が有効」と坂梨氏は指摘する。今回の危機の主要因であるガザでの戦闘を平和的かつ速やかに終了させることができるのか。国際社会は難題を突きつけられている。

(岸本 吉浩 : 東洋経済 記者)