経営者が若手に学ぶ「リバースメンター」制度とは(写真:Graphs/PIXTA)

ネットで調べればたいていのことがわかる現代において、ビジネスの現場ではもはや「答え」を見つけることよりも、「問い」をつくり、「問いかけ」をしていくことがますます重要になっています。デザインコンサルタントとして10年以上にわたり日本のイノベーションを見続けてきた野々村健一氏は、良質な「問いかけ」をするためには「新鮮なインプット」からインスピレーションを得る必要があると語ります。

※本稿は野々村氏の新著『問いかけが仕事を創る』から一部抜粋・再構成したものです。

好奇心は、新鮮なインプットから

本来、誰もが生まれながらに好奇心を持っています。ただ、面白い問いかけを発想するために役立つ好奇心に、私たち自身がカギをかけてしまっていることが多いものです。

ハーバード大学の児童心理学者であるポール・ハリスによると、子どもが2〜5歳の間にする質問の数は約4万個ということです。また、カリフォルニア大学の心理学者のミシェル・シュイナードによるとその頻度は多いときは2〜3分に1問というペースにもなるそうです。あらゆるものに興味を持ち、疑問を持つ子どもは問いかけの達人であると同時に、観察の達人でもあります。

しかしその後、私たちは成長するなかで、自分の好みや学校での勉強内容、職業や周りの友人等に影響を受けながら、「注意を払うもの」を絞っていきます。そして、日常が忙しくなればなるほど、情報の取捨選択をしていきます。20代後半から30代に入るころにはだいぶこの整理が進んでいることでしょう。

これにはもちろんメリットもあります。多忙ななかで効率的に情報を得ていくことは必要です。ただし一方で、情報や視点が画一化してしまうという大きなデメリットもあります。

「追いつけ追い越せ」の時代には、皆が持つ情報にできるだけ早くキャッチアップする必要があったため、効率性を追求することも重要でした。しかし現在は、意志を持って視野を広げる必要があります。

良質なアウトプットのためには良質なインプットが必要なのです(この場合のアウトプットは「良い問いかけ」のことです)。アウトプットに多様性を求めるのであれば、インプットにも同じものを求めなければなりません。

「インスピレーション」は突然降ってこない

良質なインプットのことを、IDEO(アメリカのパロ・アルトに本拠を置くデザインコンサルタント会社/Appleの最初のマウスをデザインしたことで知られる)ではインスピレーションと呼び、とても大切にしています。

直訳では「ひらめき」や「思いつき」とされていますが、現代における定義はどちらかというと「何かを搔き立てる/刺激する燃料のようなもの」といった捉え方のほうが正確かと思います。

インスピレーションは、待っていても突然降ってくるものではありません。自分から積極的に「インスパイア」されに行かなければなりません。

今は情報が世の中にあふれているので、どこにインスピレーションを得に行けばよいか、選ぶのが大変だと思う人もいると思いますが、逆にいえば、今ほどさまざまなインスピレーションを得やすい時代はありません。

ネットを開けば世界中のメディアにつながり、インスタグラムを開けば外国でのトレンドや世界の人々の趣味嗜好に触れることもできます。もしかしたら新たなファッションやアーティストに出会えるかもしれませんし、私の友人のように、誰かが何かの「100日チャレンジ」をしている様子にインスパイアされて、自分も1日1枚スケッチを描くようになるかもしれません。

もしかしたらインスタグラムもそのうち古くなり、次のプラットフォームが現れるかもしれません。しかしその変化自体が自分にとっては新たなインスピレーションのもとになるでしょう。

また、デジタルに頼らずとも日本はインスピレーションにあふれた国です。街に出ればさまざまなデザイナーやアーティストの実験や作品に触れることができますし、店に入れば世界中から選りすぐられた商品が並んでいます。アメリカなどとは違い書店も多く、あらゆるジャンルの書籍を手軽に手に取ることができます。

私がIDEOのパロアルトオフィスで働いていたころ、アメリカの大企業であるクライアントの多くはインスピレーションを得るために日本へリサーチに行きたいとリクエストしていました。「日本では絶対に何か面白いことをしているだろう」と言うのです。海外から見れば、日本はインスピレーションの宝庫なのです。

日常の中にもインスピレーションの種はある

もちろんインスピレーションを得るうえで、今とまったく違う環境・人に触れたり、やったことがないことを試してみたりすることには即効性があります。

しかし、それだけではなく、気張らず日常的に続けられる範囲でも、インスピレーションを集める工夫をしてみてください。

毎日巡回するニュースサイトやアプリがあるのであれば、それ以外の、普段は見ていなかった(使っていなかった)ものを一つでもいいので追加してみる。そんな小さなことの積み重ねを習慣化することで、より広くインスピレーションのアンテナを広げ、豊かな好奇心を養っていくことができるはずです。

この好奇心が、さらに多くのインスピレーションを受け入れるための素地になっていくのです。

前述したように、私たちは気づかない間に自分たちの見るものにさまざまなフィルターをかけるようになっています。そして、それが現れる最たる例が「世代間ギャップ」ではないでしょうか?

年齢やライフステージによって行動が変わったり、興味を持つものも変わっていき、他の世代とはギャップが生まれていきます。これは当たり前ですし、仕方のないことでもあります。ただ、このギャップとの付き合い方次第で、「問い」の広がりや、共感度を大きく変えることができます。

「現金で割り勘」しない若者から学んだこと

例えば数年前に、あるクライアントと金融に関するプロジェクトに取り組んでいたときのことです。

私たちはお金にまつわる行動・考え方などを調べていたのですが、その中で「割り勘」という行動を観察することがありました。皆さんは友だちと一緒に外食をして割り勘にするとき、どのようにしていますか?

私の世代なら、金額を人数で割って、それぞれ現金を出して精算するというのが当たり前でした。

しかし、そのときの観察対象であった20代の方たちの行動は、まったく違っていました。振込先の口座番号をLINEやチャットで教えあっていたのです。当時はまだLINE Payのような送金サービスもありませんでしたので、オンラインバンキングで振り込んでいました。私の世代の感覚・行動とはまったく違うものだったのです。

それは、自分と世代ギャップがある人に好奇心を向けていなければわからないことでしたし、そういった気づきは、その後のサービス開発にも大きく影響しました。

今まで数百社の方とお話しさせていただくなかで興味深かったのは、多くの場合、若手社員は面白い「問い」やアイデアを思いついても、上司や年代の離れた先輩とは共有していないということです。

「こんなことをしてみたらどうだろう?」「こんなことができるんじゃないか?」ということを思いついていても、それにふたをしてしまっています。なぜかと聞いてみると「そもそもその価値を理解してもらえない」「茶化される」「実際に起きている現象を見ていないので、その機会(アイデア)に共感してもらえない」といった回答が返ってきました。組織の文化としてはまずい状態です。

しかも、実際にそのアイデアの内容を聞いてみると、どれも面白い話ばかりでした。

上司に共有されなかった家電のアイデア

例えば数年前「June」というスマートオーブンが話題になったことがあります。これは1500ドルもする高級オーブンなのですが、カメラが内蔵されていて、画像認識で材料や料理、さらには焼き具合も自動認識して調整してくれるというものでした。また、カメラ機能の副産物として、食材が焼けていくところを動画として残し、SNSでシェアすることもできます。

それを見たある日本の電気メーカーの若手社員は、SNSをはじめさまざまなところで「調理ビデオ」が流行りはじめていたことにも着目していたため、「人は料理の完成形だけではなくその過程も見せたいんじゃないか?」と考え、さらには「どうすれば自分の調理過程を他人と共有したくなるようなカタチで残すことができる家電をつくれるだろうか?」ということを考えていたのです。

ところが、彼がこれを社内で共有することはありませんでした。その大きな理由は「食べ物や料理をする過程をオンラインで共有したい」という欲求について共感してもらうことはおろか、「写真や動画をオンラインで共有したい」という欲求すら“上”の人たちに理解してもらうことができないので、言うだけ無駄、ということでした。

残念ながら似たような状況は多くの職場で起きているのではないでしょうか。

IDEOのシニアパートナーで創業者の弟でもあるトム・ケリーの言葉で私が最も感銘を受けたのが、

「マネジメントの最も重要な仕事の一つは社内の最高の考えや気づきがスムーズに組織を流れ、自分たちのところまで流れてくる仕組みをつくることだ」

というものです。その仕組みとしておすすめしたいのが、「リバースメンター」というものです。

経営者が若手に学ぶ「リバースメンター」

メンターや職場先輩制度はふつう、若手社員に対してベテラン社員がメンターとして付きますが、その逆、つまり、ベテラン社員に対して若手社員がメンターとして付くのです。


IDEOの経営陣はリバースメンターを付けています。

例えば、CEOのメンターは20代の社員であったりと、経営陣に対して、人生もキャリアも浅いけれど、自身とは違うものを面白がったり、日常的に違う行動をとっている若いメンターが付くことで、経営陣は若者の思考や行動を目の当たりにできます。そして、そこから学ぶことが非常に多いのです。重要なのはそのギャップを認識することであり、そこにふたをしてしまうのではなく補完することです。

これは明日にでも実施可能ですし、リスクも低い試みなのでおすすめなのですが、そこまでは自分の会社ではできないという人は、まずはお子さんや親戚の子に「何かを教えてもらう」体験をしてみるとよいでしょう。そこで得られるインスピレーションは計り知れません。

ちなみにリバースメンターは、IDEOの専売特許ではありません。例えばP&GのCEOを務めたA・G・ラフリーも若いリバースメンターを付けていました。自分の常識は若い人たちの常識とは異なるという認識のもと、打てる手を打っていたのです。

「問い続ける」だけではなく、「問いに共感する」ためには、こうした工夫も必要です。

(野々村 健一 : デザイン・コンサルタント)