半導体の製造工程で欠かせない日本企業の技術力(写真:tsukat/PIXTA)

この約30年間で日本の半導体メーカーはかつての強さを失い、過半を握っていた世界シェアを10%程度へと大きく落としたが、日本の半導体製造装置メーカーは30%前後のシェアを維持し続けており、高い競争力を保っている。

売上高ランキングのトップ10に東京エレクトロン、アドバンテスト、SCREEN、KOKUSAI ELECTRICの4社が名を連ね、そのすぐ下にも日立ハイテク、ニコン、キヤノンらがおり、「日本製の半導体製造装置がなければ半導体を製造できない」といっても過言ではない。

各工程で際立つ日本企業の活躍

半導体の製造では、基材となるシリコンウエハーに電子回路を作り込んでチップを作製するプロセスを「前工程」と呼ぶ。ロジックやメモリーなど作製するチップの種類によって異なるが、半導体の前工程ではチップが完成するまでにおおよそ700の工程を踏む。

半導体製造プロセスは、フォトマスクを介して回路パターンをウエハー上に写真製版の要領で焼き付ける「露光」や「現像」、回路パターンに応じて不要な膜を取り除く「エッチング」、金属配線や絶縁膜などを形成する「成膜」、ウエハーにイオンを注入して半導体化する「拡散」、形成した金属や絶縁層などの薄膜を研磨して平らにする「平坦化(CMP)」、そしてこれら各工程のあいだにウエハーに付着した残渣をきれいに取り除く「洗浄」工程が入り、これらを数十回繰り返し行って完結する。

その後、チップをウエハーから切り分けて製品にする「後工程」が続く。いずれのプロセスも極めて高度な技術が必要だが、各段階で日本企業の存在感が際立っている。

日本の半導体製造装置メーカーが国際競争力を長く維持できている最大の理由は、つねに世界最先端の半導体メーカーとの取引を継続し、密接な関係を築き上げてきたからにほかならない。

半導体製造プロセスの世代が1つ更新されるたびに研究開発費が上昇するなかで、装置メーカー自体が先端半導体メーカーの開発パートナーとして微細化技術を学び、次の微細化にも欠かせない存在として、自らの価値を高めてきたといえる。このため、売上高ランキングで上位に位置する半導体製造装置メーカーの海外売上比率は80%を優に超える水準にある。

経営の独自性を維持してきた日本の製造装置メーカー

このように、早くから世界を相手に事業を展開してきたため、日本の半導体製造装置メーカーは日本半導体メーカーのシェアが凋落してきた影響をほぼ受けなかった。

かつては、いわゆる日本の総合電機メーカーの系列と呼ばれた装置メーカーもいたが、そうした系列装置メーカーは現在、世界市場からはほぼ姿を消した。日本の半導体メーカーの多くが総合電機メーカーの一部門であったことと対象的に、製造装置メーカーは経営の独自性を維持してきたことも、現在の地位を獲得していることと無縁ではない。

また、日本の製造装置メーカーは、欧米の製造装置メーカーに対して、非成膜系のプロセスに強みを持つという特徴がある。例えば、日本最大の東京エレクトロンはコーター&デベロッパー(塗布&現像装置)、SCREENは洗浄装置という特定プロセスで高いシェアを持つ。

こうしたプロセスでは、超純水や薬液といった液体、温度といったアナログ的な要素を精密に制御する必要があり、日々の改善や匠の技といった地道な開発の労をいとわない日本人の強みが生かしやすい。

加えて、レジスト(感光材)や各種プロセス薬液、超純水を提供する優秀な化学メーカーやプラントメーカーが日本に多数存在し、いずれも世界的に高いシェアを有していることも、製造装置メーカーの強さを力強く支えている。

さらに言えば、ほとんどの製造装置メーカーが円建てで取引を行っており、為替レートの大きな変動に影響されにくいことも挙げられる。

半導体業界では、製造プロセスの微細化が3nmまで進み、物理限界に近付いていると指摘されることもあって、微細化以外の手法でさらなる性能向上を実現しようとする動きが活発化している。その最有力候補が「チップレット」と「次世代パッケージ」である。

「後工程」でも大きな存在感

チップレットとは、コアやメモリーといったチップ内の構成要素を個別に別チップとして製造し、それぞれを電気的に接続して、あたかも1チップとして動作するように設計する手法をいう。

また、次世代パッケージとは、従来はパッケージ基板上に並列に実装されていたチップを、3次元方向に縦積みしたり、チップレット化によって個別に製造されたチップを高密度に集積して基板上に実装したりする手法の総称である。

チップレットや次世代パッケージといった技術は、半導体の製造プロセスでいうと、組み立てやテストなどを行う「後工程」の要素技術を多く用いる。日本はこの後工程でも、大きな存在感を持つ企業が数多くある。

例えば、ウエハーからチップを個別に切り出すダイサーではディスコが圧倒的な世界シェアを持つほか、チップを基板上に実装したあとエポキシ樹脂で封止するモールド工程ではTOWAが高い存在感を放っている。また、モールド樹脂では住友ベークライトのシェアが高く、後工程を支える実装材料メーカーには特定領域で他の追随を許さぬ技術力を誇る企業が多い。

こうした背景から、近年は日本の「後工程の強さ」を活用する目的で、日本に進出してくる海外メーカーが増加している。その最たる例が、2022年6月に茨城県つくば市に先端パッケージの開発拠点を開設した台湾のTSMCだ。また、韓国のサムスン電子も横浜市に約300億円を投じて研究開発機能をベースにした試作ラインを整備すると報じられており、これは後工程を中心とした施設になるとみられている。

生成AI関連で、チップレットや次世代パッケージ技術を要する半導体の需要が伸びていることも、半導体メーカー各社の開発意欲を刺激する一因となっている。

実際、すでに一部で製造装置メーカーの業績に、後工程関連の受注が反映され始めている。東京エレクトロンは、高密度実装向けにウエハーを貼り合わせる装置「ウエハーボンダー」の引き合いが増加し、2023年度に売上高が3桁億円に達するとの見通しを発表している。

ディスコも生成AI関連で先端パッケージの需要が拡大していること受けて大型投資案件を獲得し、早ければ2023年10〜12月期から業績に寄与する見通しであることを明らかにした。

今後も、チップレットや先端パッケージに関連した装置・材料の需要はさらに伸びていくことが予想され、これに関連したプロセスの装置化、開発・実用化をいち早く手がけることができれば、日本企業に新たな成長のチャンスが到来するはずだ。

成長領域に「不安要因」

しかし、日本の製造装置メーカーは決して順風満帆ではない。確かに、一定の世界シェアを長年維持できてはいるものの、シェアが上昇しているわけではないからだ。為替レートの変動によって左右される部分が多分にあるものの、円安傾向が強い直近の世界シェアは30%を下回る水準となっており、かつて40%前後あったころに比べれば、シェアが低下していると捉えることもできるからだ。

この要因として、高額のEUV露光装置をオランダのASMLに独占されている、露光装置に匹敵する規模に成長したエッチング装置市場でアメリカ・ラムリサーチに首位を奪われている、ALD(原子層堆積)装置といった近年伸びてきた新市場で高いシェアを獲得できていない、といった指摘がなされており、成長領域で欧米の装置メーカーに水をあけられていると分析されている。

さらに、中国の製造装置メーカーが急成長を遂げていることも懸念材料になりつつある。電子デバイス新聞の調べによると、2021年時点で半導体製造装置メーカーの売上高ランキング上位30社に中国企業は5社がランクインしたが、米中摩擦によって先端装置の輸入を禁じられたことに伴って、中国政府がローカル企業の育成や装置の採用促進にこれまで以上に力を入れてきた結果、これら5社はその後も順調に売り上げを伸ばしている。

一例として、中国最大手のNAURAは、2023年上半期(1〜6月)に84.3億元を売り上げたが、これは前年同期に比べて55%の増収となった。

「投資があるところに装置メーカーが育つ」と言われるように、中国政府の政策によって中国半導体メーカーが旺盛な設備投資を継続していることから、中国の製造装置メーカーは今後も汎用的な領域から「装置の国産化」を進めていくことは間違いなく、これが将来的に日本の製造装置メーカーの業績にも影響を及ぼしてくる可能性がある。

製造装置市場は20兆円まで成長する可能性

日本が今後も製造装置市場でシェアを維持・向上していくためには、先端半導体メーカーを相手に新規のプロセス開発案件を引き出し、最先端分野での開発を一時たりとも怠らないことが必要だ。

半導体製造装置市場は2022年時点で約14兆円まで拡大したが、半導体市場が2030年までに100兆円に達すると予測されており、これに伴って製造装置市場も20兆円近くまで成長する可能性がある。

デカップリングによって、かつてのように大型のM&Aや経営統合を実現するのが難しい国際情勢のなか、日本の製造装置メーカーが国際舞台でさらに存在感を高めていくには、先端領域でライバルたちに勝ち続けていくほかないのである。


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(津村 明宏 : 電子デバイス産業新聞 特別編集委員)