新たに開発された「車上型制御付き自然振り子方式」を採用したJR西日本273系「やくも」(筆者撮影)

岡山と出雲市を結ぶJR西日本の特急「やくも」は長らく、国鉄時代に製造された振り子式車両の381系で運転されてきた。2024年度に営業運転を開始する予定の新型車両273系は、新開発の「車上型制御付き自然振り子方式」を採用し、従来の振り子車両よりも乗り心地が改善されるという。

これまでに登場した振り子式車両や車体傾斜装置を搭載した車両を振り返るとともに、この273系の振り子装置を読み解いてみたい。

車体を傾けて遠心力を抑える

まずはなぜ振り子車両が必要なのかを整理しておこう。1963年に運輸省(現・国土交通省)は曲線通過時に乗客が不快に感じない定常加速度(遠心力)を0.08Gと定めた。これは法的なものではなく、現在新幹線などでは少し緩和した0.09Gを目安としているようだ。

当然、曲線の通過速度が高くなれば遠心力は大きくなり、0.08Gを超過してしまう(超過遠心力)。そこで曲線区間の外側のレールを内側よりも高くする「カント」を設けることで、曲線通過時に車体を曲線の内側に強制的に傾けて遠心力を低減させ、スピードアップを図った。カントは高速運転をしている鉄道では一般的だと言える。

しかし、カントの量を大きくしすぎると、曲線内で停車した際に車体が曲線の内側に横転してしまう恐れがあるため、最大カント量は在来線では1067mm軌間で105mm、1435mm軌間で150mm、新幹線(1435mm)では180mmに制限し、曲線通過速度も制限されている。

そこでカント量以上に車体を傾けることで超過遠心力を抑え、スピードアップを図るための機構が車体傾斜装置だ。振り子装置は車体傾斜装置の一種である。

振り子装置や車体傾斜装置にはいろいろな方式があるが、ここでは国内で実用化されている自然振り子方式、制御付き自然振り子方式、車上型の制御付き自然振り子方式の各振り子装置と、空気バネストローク式車体傾斜装置に絞って説明する。

国内の振り子車両の第1号は1973年に中央西線・篠ノ井線の特急「しなの」に投入した国鉄381系で、自然振り子方式を採用した。国鉄はトキ25000形貨車を改造したリンク式自然振り子方式の試験を経て、振り子動作がスムーズなコロ式自然振り子方式を開発。591系やキハ391系で試験を行い、381系で実用化した。


営業車両では国内初の振り子車両である国鉄381系(筆者撮影)

台車はコロを搭載した台車枠と車体を支える振り子梁で構成。振り子梁の底面は円弧状になっており、コロ上を移動すると振り子梁と車体が傾く構造になっている。

381系の自然振り子方式は、曲線通過時に振り子の中心(高さ2300mm)よりも下にある台枠や床下機器などの重量物が遠心力によって曲線の外側に移動する力を利用して、客室がある車体を曲線の内側に傾け、乗客が感じる遠心力を低減する方式。傾斜角度は最大5度で、半径600mの曲線通過速度は本則(曲線の半径などによって定められた通過速度)プラス時速20kmとなっている。

381系は「しなの」に続き、1978年から阪和線・紀勢本線の特急「くろしお」、1982年から伯備線・山陰本線の特急「やくも」に投入し、スピードアップと所要時間の短縮に貢献した。しかし、自然振り子方式は曲線に入って遠心力を受けないと車体が傾かないため、傾斜の遅れが発生して乗り心地が悪化するという欠点があった。また、曲線から直線に入った後も車体が揺れ続ける「揺り戻し」も乗り心地悪化につながった。


自然振り子方式の381系は振り子遅れや揺り戻しが発生し、乗り物酔いを引き起こした(筆者撮影)

乗り心地を改善した「制御付き自然振り子」

自然振り子装置の欠点を克服するため、国鉄は「制御付き自然振り子方式」の開発を行い381系で走行試験を行った。1989年にはJR四国2000系が制御付き自然振り子方式を初めて本格採用。以後JR各社で振り子車両を導入するきっかけとなった。JR西日本でも制御付き自然振り子方式を採用した283系を1996年に、キハ187系を2000年に投入した。


制御付き自然振り子方式を採用したJR四国2000系。世界初の振り子式気動車でもある(筆者撮影)


JR西日本の制御付き自然振り子車両283系。「オーシャンアロー」「くろしお」で活躍(筆者撮影)

制御付き振り子方式は、台車枠と振り子梁の間に振り子アクチュエーター(振り子シリンダ)を備えているのが大きな特徴。曲線の手前では振り子アクチュエーターにより強制的に車体を傾斜させて振り子遅れを解消、曲線出口では振り子アクチュエーターで車体を安定させて揺り戻しを解消している。


JR四国2000系の振り子台車。台車枠と振り子梁を振り子アクチュエーターで連結し、車体傾斜を制御する(筆者撮影)

振り子アクチュエーターを正確に作動させるためには、曲線が始まる位置を正確に把握する必要がある。そのため振り子装置を作動させる区間の曲線の位置(距離)、半径などの情報を記録した線路マップを車両のCC(コマンドコントローラー)にインストールしている。

実際の走行距離は、車輪に取り付けた速度発電機から算出。線路に設置しているATS地上子からの信号で、空転や滑走による走行位置の誤差を補正しながら走行して曲線の場所を把握し、曲線の手前でCCから各車両のTC(チルトコントローラー)に車体傾斜を指令する。


JR東海の383系。制御付き自然振り子方式はATS地上子で走行位置を補正して曲線を予見し、適切な場所から車体を傾斜させる(筆者撮影)

283系・キハ187系は振り子台車も改良され、コロ式からベアリングガイド式に改めている。ベアリングガイド式はJR四国8000系試作車とJR北海道キハ281系第2次試作車に初搭載され、キハ281系量産車で実用化。以後JR北海道キハ283系、JR東海383系、JR四国2700系でも採用している。

ベアリングガイド式は振り子梁に取り付けた円弧状のガイドレールを台車枠に搭載したボールベアリングボックスで挟んだ構造となっていて、コロ式よりも低重心化を図ることができる。


JR西日本283系の振り子梁。カーブしたベアリングガイドレールと、台車枠に固定するベアリングボックスがある(筆者撮影)

283系・キハ187系の車体傾斜角度は381系と同じ最大5度。ただし振り子遅れがないため、曲線通過速度は本則プラス30km以上と、381系と比べて10km以上速くなっている。

コストを抑えた「空気バネ式車体傾斜」

自然振り子方式・制御付き自然振り子方式共通の欠点は台車の構造が複雑で、イニシャルコスト・ランニングコストが高くなる点にある。そのためJR西日本は「くろしお」の381系を置き換えるための車両は、振り子式ではない287系・289系とした。

一方、1990年代後半からは「空気バネストローク式車体傾斜装置」の開発が本格化した。これは既存の台車をベースとすることが可能で、イニシャルコスト・ランニングコストを抑えることができる。その反面、車体傾斜角度は振り子方式よりも小さくなるが、制御を緻密にすれば振り子方式と同等の曲線通過速度で走行することも可能だ。

空気バネストローク式車体傾斜装置を最初に実用化したのはJR北海道で、1996年に通勤形気動車のキハ201系に搭載。1999年には特急形のキハ261系も導入した。


空気バネストローク式車体傾斜装置を搭載していたJR北海道キハ261系。車体傾斜角度は2度だったが現在は使用していない(筆者撮影)

JR北海道の車体傾斜装置は先頭車に搭載したジャイロがヨーイング角速度と走行速度から曲線を検知すると、曲線外側の空気バネを持ち上げて車体を2度傾斜させる。パッシブ式ではあるが、先頭車から編成全体に車体傾斜を指令するので、傾斜遅れは最低限となっている。また、車両に線路マップが必要ないため初期投資の削減ができる。

ただ、現在はキハ201系・キハ261系共に車体傾斜装置の使用を停止しており、キハ261系は2013年以降、車体傾斜装置の搭載自体もやめている。

ロマンスカーや新幹線も採用

空気バネストローク式車体傾斜装置は私鉄でも採用された。名古屋鉄道は1600系での試験を経て2005年1月から営業運転を開始した空港特急2000系「ミュースカイ」で実用化した。名鉄の車体傾斜装置は日本車輌製造が開発したもので、外軌側の空気バネに給気すると同時に内軌側の空気バネから排気して、車体を2度傾斜させる仕組みだ。なお、車体傾斜装置は常滑線内で動作させている。


私鉄の営業車両で初めて車体傾斜装置を搭載した名鉄2000系「ミュースカイ」(筆者撮影)

小田急電鉄も2005年3月にデビューしたロマンスカー50000形VSEに車体傾斜装置を搭載している。VSEは連接構造で、空気バネが高い位置にあるのが特徴。車体傾斜角度は連接台車が2度、先頭台車が1.8度。曲線通過速度を向上させない代わりに遠心力を0.08Gから0.046Gに低減させて乗り心地の向上を図ったのが大きな特徴だ。


VSEの車体傾斜装置の目的はスピードアップではなく乗り心地の向上という点が大きな特徴(筆者撮影)

2007年7月1日から営業運転を開始したJR東海・JR西日本のN700系16両編成は、新幹線の営業用車両で初めて空気バネストローク式車体傾斜装置を搭載した。この車体傾斜装置は東海道新幹線区間でのみ使用。半径2500mの曲線区間で車体を1度傾斜させることで、曲線通過速度を従来の時速255kmから270kmに引き上げて所要時間を短縮した。走行位置の把握にはデジタルATCを活用し、スムーズに車体を傾斜させている。


新幹線の営業用車両で初めて車体傾斜装置を搭載したJR東海・JR西日本N700系(筆者撮影)

2011年には改良型のN700Aが登場。2015年から最高速度を時速285kmに引き上げ、それに伴い半径2500mの曲線通過速度も275kmに引き上げた。また、車体傾斜装置を半径5000mの曲線でも動作できるように改良し、この区間を285kmで通過できるようにしている。従来型のN700系もN700Aタイプに改造した。

JR東日本の新幹線も、2011年3月に営業運転を開始したE5系と2013年3月運行開始のE6系に空気バネストローク式車体傾斜装置を搭載。半径4000m以上の曲線区間で車体を2度傾斜させることで、最高時速320km運転を実現している。北海道新幹線開業時に登場したJR北海道H5系はE5系の兄弟車で、当然ながら車体傾斜装置を搭載。JR北海道としては一旦消滅した車体傾斜装置搭載車の復活となった。


E5系・H5系・E6系は車体傾斜装置を使用して最高時速320km運転を実施している(筆者撮影)

2014年にはJR四国が空気バネストローク式車体傾斜装置を搭載した8600系を予讃線に導入した。予讃線ではすでに制御付き自然振り子方式の車両運行しているため、線路マップを搭載して車体傾斜をアクティブに制御。バックアップ用にジャイロも搭載している。車体傾斜角度は2度だが、遠心力を0.1Gに許容し、さらに制御を緻密に行うことで、制御付き自然振り子方式の8000系と同じ曲線通過速度と所要時間で運行している。


JR四国8600系はマップ型車体傾斜装置を搭載して制御付き自然振り子車両の8000系と同等の所要時間で運行(筆者撮影)

なお、8600系は試験走行中の空気の消費量が想定以上だったことが分かったため、空気タンクの容量を増加させ、車体を傾斜させる区間の見直しを図った。

空気バネ式は不向きな路線も

実はこの空気消費量が空気バネストローク式車体傾斜装置導入のカギとなっている。2017年に土讃線・高徳線向けに製造した空気バネストローク式の2600系は、土讃線内での空気消費量に空気タンクの容量が追いつかず量産を断念し、同線向けとしては制御付き自然振り子方式の2700系を導入した。2600系は線形がよい高徳線で限定運用している。


車体傾斜装置を搭載したJR四国2600系は土讃線での空気消費量が多く、量産化は断念。現在は高徳線で運用している(筆者撮影)

新幹線で空気バネストローク式車体傾斜装置を採用したJR東日本は、在来線でも同装置を搭載したE353系を2015年に製造した。E353系の投入線区である中央東線は制御付き自然振り子車両のE351系を運用していたため、マップ式車体傾斜装置を搭載。車体傾斜角度は1.5度とし、約2年間の試験走行で車体傾斜のロジックを入念にチューニングして、2017年から営業運転を開始。E351系と同じ所要時間を実現した。


JR東日本E353系の車体傾斜角度は1.5度ながら制御付き自然振り子車両のE351系と同じ所要時間を実現(筆者撮影)

特急「やくも」用新型車両の導入に際し、JR西日本は「やくも」のライバルが高速バスであり、非振り子車の導入で所要時間を犠牲にするのは避けたいと考えていた。2017年には空気バネストローク式車体傾斜装置の導入を検討するため、JR四国から8600系を借り入れて走行試験を行っている。その結果、土讃線と同様に伯備線では空気の消費量が多いことが判明。新型「やくも」も空気バネストローク式車体傾斜装置ではなく、振り子車両とすることとなったという。

JR西日本は制御付き自然振り子方式の精度を上げるため、車上型の制御付き自然振り子方式を鉄道総研・川崎車両と共同で開発した。

「車上型制御付き」の新型やくも

実は制御付き自然振り子方式は、走行位置を補正するATS地上子と曲線入口までの距離が若干あり、その間の空転・滑走による誤差で車体傾斜のタイミングがずれることがあった。車上型の制御付き自然振り子方式は、CCに線路マップをインストールしている点は従来の制御付き自然振り子方式と同様だが、先頭車にジャイロセンサを搭載している点が異なる。

このジャイロセンサが検知した曲線などの走行データを線路マップと照合して走行位置を正確に把握し、曲線の入口に合わせて車体を傾斜させ、乗り心地の向上を図っている。273系の車上型制御付き自然振り子方式は、381系の自然振り子方式と比べて乗り物酔い評価指標が最大23%改善するという。


新型「やくも」273系が採用した車上型の制御付き自然振り子方式の概念図(筆者撮影)

また、振り子アクチュエーターも改良。アクチュエーターの出力は従来のキハ187系では3段階切換式だったのに対して273系は無段階で連続的に制御できるようになっており、車体傾斜制御をより緻密に行うことが可能となっている。


273系の振り子台車。振り子アクチュエーターを改良して車体傾斜をより緻密に制御することができる(筆者撮影)

なお、ジャイロセンサを用いた制御付き自然振り子方式はJR東海が開発中の「しなの」用新型車両385系にも採用される計画となっている。こちらの詳細はまだ明らかにされていないが、JR東海は現行の制御付き自然振り子方式の383系よりも乗り心地が約15%改善されると発表している。

一時は全国各地の特急に採用された振り子装置だったが、近年は車体傾斜装置への置き換えや非振り子化など、逆風が吹いていた。しかし、土讃線で振り子装置が見直され、273系では進化を遂げた。振り子車新時代を切り拓いた273系の乗り心地を早く試してみたいものだ。


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(松沼 猛 : 『鉄おも!』編集長)