2023年10月に開催されたJapan Mobility Show にパナソニックが出展した模型(撮影:梅谷秀司)

従業員数23万超、524のグループ会社を抱えるグループにとって、”号砲”となるM&A(買収・合併)が明らかになった。

パナソニックホールディングス(HD)は11月17日、傘下の自動車部品会社の株式の過半を売却する予定だと発表した。

売却するのはパナソニックオートモーティブシステムズ(PAS)。PASはメーターなどのコックピットシステムやカーナビ、ETC車載器、サイドミラー、電気自動車(EV)用の車載充電器など自動車関連の幅広い機器や部品を手がけている。将来的にはPASの上場も視野に入れる。

売却先はアメリカの資産運用会社、アポロ・グローバル・マネジメントが投資助言するファンド。現時点では基本合意を締結した段階で、売却額や時期については今後議論し、2024年3月末までに最終的な契約の締結を目指す。

「ギアを上げる年」と表明していた

パナソニックグループ全体にとってPASの売却は、まさに”号砲“だ。2021年以降準備を進めてきた事業ポートフォリオ改革が本格的に始まることを意味する。

パナソニックHDの楠見雄規社長は、就任当初の2021年5月に「2年間は競争力強化に集中する」と宣言。現場のムダをなくし、効率性を高めるよう指示を飛ばした。売却方針を明らかにしたPASの敦賀工場(福井県)を始め、ノートパソコン「レッツノート」など複数の現場で実際に生産性が上がった。

そして、就任から2年が過ぎた今年5月。経営戦略説明会で「ギアを上げる年にする」と述べ、2023年度内にも事業ポートフォリオの見直しに着手すると明言した。

事業を見極める際のポイントは、グループ共通の価値観と事業ごとの戦略が整合するかどうか、事業そのものの成長性や収益性がどの程度高められそうかの2つとなる。

PAS売却の1つ目の狙いは、開発競争が激化する自動車部品の領域で、今後の生き残りのために必要な資金調達能力を確保することだ。

自動車業界には100年に1度と言われる変革の波が押し寄せている。電動化はもちろん、自動運転やそれに連なる安全運転支援のための技術開発が活発化している。自動車部品の大手企業でも、そうした変化についていくために必要な投資額が膨らんでいる。

例えば、デンソーは2022年度からの10年間で研究開発や設備投資などに10兆円規模を投じると表明。ドイツのボッシュは2022年だけで120億ユーロ(約1.9兆円)を研究開発に投じたと発表した。

自動車部品専業ではないパナソニックの場合、同業他社レベルの金額規模の開発投資は難しい。しかも、ポートフォリオ改革に着手すると宣言したのと同じ経営説明会で、楠見社長は車載向けの電池に投資資金を集中する方針も明らかにしていた。

過去の説明会では明確にしていなかった戦略投資6000億円の使い道を、アメリカのEV大手テスラなどに供給している車載電池の領域に絞り込んだ。裏を返せば、それ以外の事業領域で巨額の投資はしないという意思表示とも受け止められる。

自動車事業を切り出す「もう1つの事情」

PASはグループから独立することで、他社からの出資を受けたり、上場して資金を調達したりしやすくなる。グループ内に残すよりも、自立して開発のための資金を調達できるようになったほうがPASにとってメリットがある。これが一連の再編で狙う1つ目のメリットだ。

ただ、パナソニックHDが車載事業を切り離すのは、そうしたPASへの親心だけが理由ではなさそうだ。

近年、自動車関連事業を本体から切り出す動きが電機メーカーの間で相次いでいる。背景には、自動車関連事業の利益率がほかの事業と比べて相対的に低く、全社の収益率改善を目指す電機メーカーにとっては足かせになっているという事情がある。

自動車関連事業の利益率が低いのは、大手自動車メーカー同士の競争が激しいことに加えて、メガサプライヤーや自動車メーカーからの価格低減圧力が非常に強いからだ。

2022年には価格転嫁について下請け企業と適切な協議ができていないとして、複数のメガサプライヤーが公正取引委員会から名指しされた。中小企業庁も「自動車産業適正取引ガイドライン」を策定し、業界全体に対して注意を呼びかけている。

赤字ではないとはいえ、PASも利益率が低い。直近実績となる2022年度の売上高は1.2兆円を超えるが、営業利益は162億円。営業利益率は1.3%で、パナソニックHDの事業の中でいちばん低い。利益率の大幅な改善は見通せておらず、目標として掲げた2024年度でも2%程度にとどまる。


他社の利益率も低い。日立Astemoは売上高1兆9200億円に対して調整後営業利益が696億円。率にして3.6%にとどまる(2022年度)。三菱電機の自動車機器事業は2022年度に8164億円を売り上げたが、462億円の営業赤字だった。

日立製作所はすでに傘下の日立Astemoへの出資比率を引き下げ、連結対象から外した。日立Astemoは2021年の設立当時にホンダ33.4%、日立66.6%という出資比率で発足したが、今年10月に日立とホンダがそれぞれ4割ずつ、産業革新投資機構(JIC)傘下のファンドが2割を出資する資本構成に変えた。

ポートフォリオ改革で他社に先行し、セグメントによっては10%以上の調整後営業利益率を誇る日立にとって、日立Astemoの利益率は相対的に低かった。データやテクノロジーを中心とした成長を模索する中で、グループ内でシナジーを追求するよりも、ホンダやJICなど外部の知見をより積極的に活用するべきだと判断した。

三菱電機も2024年4月に自動車機器事業を分社化すると発表した。分社化の対象となる事業の売上高は6218億円。カーナビなど一部事業からは撤退する。全社の収益性改善に向けたポートフォリオ改革の1つという位置づけだ。

今回のパナソニックの動きは、利益率をより重視した経営に移行する中で、車載事業の切り出しを決断した他社の戦略と重なる。


楠見社長の自問は続く

楠見社長は今年5月、メディアの合同取材に対して次のように語っていた。

「構造改革の目的は、事業の切り出しやM&Aではなく、収益構造を変えることだ。セグメントの出し入れはあくまで手段。(アメリカの家電大手)ワールプールは10%の利益水準がある。そういうところと何が違うのかを考えるべきだ」

パナソニックHDの2022年度の営業利益率は3.4%。東京証券取引所プライム市場上場企業の平均約6%より低い。東証が「資本コストや株価を意識した経営の実現」を要望するなど、収益性に対する市場からの要求は日に日に高まっている。

自動車部品事業の売却発表を受けて、パナソニックHDの株価は上昇。前日の終値から78円、5.49%値上がりして1497円で取引を終えた。株価はその後も上昇傾向が続いており、株式市場からの評価は上々といえる。

とはいえ、ポートフォリオ改革はまだ始まったばかり。持続的な成長モデルを描き出し、企業価値を徐々に高めていくことができるか。楠見社長が繰り出す次の一手に注目が集まりそうだ。

(梅垣 勇人 : 東洋経済 記者)