高校生に60歳以降のイメージを聞くと、「縁側でお茶を飲む」と答える人が多いといいます(写真:IYO/PIXTA)

長寿化と技術革新に伴い、「学ぶ→働く→引退」という3ステージ型人生から、各人各様のオリジナルな人生設計(マルチステージ型人生)への変化が必要となっています。外部環境の変化を見極め、主体的に学び、柔軟に「人生をシフト」していくためには、どのような教育が必要なのでしょうか。

高校生向けに人生100年時代の生き方を紹介した『16歳からのライフ・シフト』の刊行を記念し、本書監修の宮田純也氏(一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事)、編集協力の木村裕美氏(みらい家庭科ラボ共同代表/元都立高校教諭)・齋藤亮次氏(公文国際学園中等部・高等部教諭/ブランド分析室)・安居長敏氏(ドルトン東京学園中等部・高等部校長)を迎え、学校教育における「人生100年時代」を「生きる力」の育み方について議論したフォーラム(「未来の先生フォーラム2023」2023年8月20日開催)の内容を前編に引き続き紹介します。

世の中の「当たり前」を一度外して考えてみる

宮田純也(以下、宮田):学びは前に進むことだけではないかもしれない。大事な視点ですね。

齋藤亮次(以下、齋藤):大いに共感します。私はもともと塾講師をしていたのですが、塾はある一点と一点をいかに最短距離で結ぶか、それがKPI(重要業績評価指標)としても求められています。ならば学校は何をするところか。


フランスの哲学者のジャン・ギットンは「学校とは一点から一点への最長距離を教えるところである」と言っています。最長距離というのは実に深い言葉ですが、一人ひとり価値観が違う、学ぶプロセスも違う。それぞれがいろいろな弧を描き、まずはそれを肯定していくことが大切だと思います。

安居長敏(以下、安居):今までだったら、人生にはある程度のレールが敷かれていて、予測ができました。だから先生は、文字どおり「先を生きる人」として教えることもできたわけです。でも先を生きる、その先というものがわからなくなっている時代、必要なのは今までのような先生像ではありません。

第一、「その先」というのも前ではなく後ろかもしれませんし。そうした世の中の思い込みとか当たり前と思われている枠組みをどんどん外して考えてみる。すると、100年という時間も、物理的には皆が共通して持っている時間だけれど、どう考えるか、どう過ごすかで長くも短くもなり、浅くも深くもなると思います。

木村裕美(以下、木村):予定どおりにいかないのが人生。私自身も27年続けていた仕事を辞めるとは思っていなかったので、予定どおりにいかないところが人生のチャンスでもあると思っています。

齋藤:人生100年時代に必要な要素の1つが好奇心ですよね。社会のルールが変わっていく中で、学び続ける必要があるからです。『16歳からのライフ・シフト』は、ある意味、地図だと私は思っています。社会のルールが変われば、当然地図も変わっていく。常に変わる地図を楽しみながらサバイブしていくことを考えると、好奇心は絶対に欠かせません。それは未知の世界に飛び込んでいくきっかけになります。今いる自分とは違う、外側の世界に行ってみると、自分を俯瞰して見ることができます。

それによって自分を再発見して、さらにアイデンティティが変わっていく。要するに地図と羅針盤の関係性をどんどんアップデートしていく力が必要で、その源にあるのが好奇心ではないかと思います。


宮田純也(みやた・なおや)/一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事。早稲田大学高等学院、早稲田大学教育学部教育学科教育学専攻教育学専修卒業、早稲田大学大学院教育学研究科修了(教育学修士)。日本最大級の教育イベント「未来の先生フォーラム」創設や2億7100万円の奨学金設立など、様々な教育に関する企画や新規事業を実施。株式会社未来の学校教育代表取締役などを務める。編著書に『SCHOOL SHIFT』(明治図書出版)。監修に『16歳からのライフ・シフト』(東洋経済新報社)(画像:未来の先生フォーラム)

宮田:ありがとうございます。ここで参加者からの質問を紹介したいと思います。

「先に進むのではなく後ろに下がるという経験をするには、ある程度の時間的・精神的な余裕が必要だと思います。受験前の余裕がない中高生に向けて、その余裕をどう提供できるか」という質問です。安居先生、お願いします。

安居:難しいですね。先ほども申し上げたように、枠組みを外してみましょうか。受験で忙しいと言うけれど、受験は本当に必要でしょうか。いい大学に行けばいい就職ができて、いい人生が待っているという考え方が前提になっていないでしょうか。

もはやそういう時代ではありません。大学は、必要なときに学びに行けばいい。もちろん人生は人それぞれですから、いい大学を目指すという選択肢があっていいと思います。ただ、その先にレールが敷かれているのではなく、自分がその道でどのような世界と関わるかのほうが大事です。

人は、自分の知っている範囲でしか物事を判断することはできません。だからいい大学を目指すのも、いい就職先のためではなく、視野を広げ、いい人に出会いに行くといった具合にマインドをちょっと変えてみてもいいのではないでしょうか。自分が持っている種を増やすことのほうが大事だと思います。

「わからないことをわかる」ことが大事

木村:授業で子供たちに人生100年時代を考えさせるようにしているのですが、決まって出てくるのが、60歳以降は縁側でお茶を飲むというイメージです。50代くらいまでなら、自分の両親や祖父母を見ていて何となくわかるけれど、それ以降はまったくイメージが湧かないんですね。以前は、それでも考えてみてほしいというスタンスだったのですが、最近では「わからないことがわかる」ことが大事なのではないかと考えるようになりました。

宮田:「無知の知」ですよね。これはアンラーンと言い換えることができると思います。アンラーンについて、齋藤先生はどうお考えですか。

齋藤:生徒との関わりの中で、まず自分を自己批判的に見るというのが私の出発点です。そのうえで、相対的に見る機会を得ることが必要だと思っています。

Googleでは、仕事の時間の20%は別の部署の仕事をやっていいという20%ルールがあります。これは、2つのものを常に相対的に見ることができるようになり、アンラーンにもつながり、新たなチャレンジを促すことにもなります。


安居長敏(やすい・ながとし)/ドルトン東京学園中等部・高等部校長。大学卒業後、滋賀女子高等学校に赴任し、20年間教鞭をとる。その後、コミュニティFM2局の設立やITオンラインサポート事業を起業。2006年から再び学校現場にもどり学校改革、学校経営に取り組む。校長就任後は「PBL×ICT教育」の新しいスタイルを構築し、学校と企業をつなぐなど、現場で様々な活動をアクティブに実践中。現在は学習者中心のドルトンプランを実践したドルトン東京学園中等部・高等部で校長を務める。『16歳からのライフ・シフト』(東洋経済新報社、編集協力)(画像:未来の先生フォーラム)

一教員としては、20%を割くのは現実的に難しく、120%にならざるを得ないのですが、いずれにせよ自分のポートフォリオをどう組み立てていくのか、これは本当に必要なのか、一つ一つ疑ってみることが必要だと思っています。

宮田:確かに何かをシフトするには、まず自分を知ることが先決ですね。就活ではコミュニケーション能力が大事といわれますが、これは基本的に楽しく人と会話する力ではありません。自分と対話する力です。自己対話がなければ、他者も変わらないし、組織も変わっていきません。学校を変えようと思ったら、まず自分から変わっていかなければならないわけです。

そうして多様な経験を通してアンラーンをしつつ、自分を見つめ、他者も変容していく関係をどう作っていくかだと思います。

木村:アンラーンというと、今までの自分の知識を捨てなければいけないように感じる人もいると思うのですが、決してそうではないと考えています。捨てるという感覚よりは、一旦脇に置いてみる。新たなものを吸収して、合わなければまた元に戻ってもいい。そんな形で捉えてもいいのではないでしょうか。

教師に必要なマインドシフトとは

宮田:さて、ここからは教育者として私たちはどのようなマインドシフトが必要か、どのような学びをしていくのがいいのかについて考えていきたいのですが、木村先生はいかがでしょうか。

木村:私は成長オタクで、何かを学んで成長したいという傾向が強いんです。自分が成長したときは嬉しいのですが、一方で、自分ができないこと、マイナス面もこれまで見えなかったものが見えるようになってきました。

これまでは、それをいかに克服するかを考えていたのですが、最近になって気づきがありました。自分が見たくないところや嫌なところ、それを受容していく過程こそが、私を強くしているということです。マインドセットやアンラーンのためには、まず自分が自分の中に見たくないもの、共にいられないものをしっかり見て、認めていくことから始めるしかないと思っています。


木村裕美(きむら・ゆみ)/みらい家庭科ラボ共同代表。都立高校の家庭科の教諭として定時制、職業科、改革推進校、進学校、新設校などに勤務。都立高校在職中に、東京都教育委員会設定教科「人間と社会」の研究開発委員、ZKK(全国家庭科教育協会)理事、NHK高校講座「家庭総合」監修者を務め、2022年3月に退職。現在は、早稲田大学にてリーダーシップ教育支援、淑徳大学、立教新座高校にてリーダーシップ教育に関する授業を担当。玉川大学では小学校の教員養成に関わっている。ライフワークとしては、「みらい家庭科ラボ」を立ち上げ、オンラインカフェの運営や、授業に関するコンサルタントを実施し、コミュニティ運営に力を入れている。『16歳からのライフ・シフト』(東洋経済新報社、編集協力)(画像:未来の先生フォーラム)

齋藤:私は、余白をどう作るかだと思っています。そこが唯一、主体的でいられる場所だからです。大人も子供も、やらなければならないことが増えていって、自分で自由に使える時間がなくなっています。そのバランスをどうとるか。人間はどうしても緊急性や重要なことばかりに目が行きがちですが、緊急性がなくても重要なことだってあるはずです。これを意図的に組み込んでみる。

また緊急で重要だと思っていることが、本当に重要なのかという問いを立てることも有用でしょう。受験していい大学に行かなければならないというのは本当か。強迫観念でそう思っているだけではないのか。認知バイアスがかかっているのではないか。水泳が得意な子に木登りをさせているのではないか、という問いです。

安居:私は、究極的には、もう開き直るしかないと思っています。要するに自分は自分でしかないのだから、その自分を100%周りに出せるかということです。相手に合わせようと取り繕ったりする人もいるかもしれませんが、すると常に自分を作っていかないとなりません。職場でも、人生においても、それはつらいですよね。自分は自分でいいんだという自己肯定感を高める最良の方法は、「自分はこういう人間です」と詳らかにしてしまうことです。

「白地図」を自分色に塗ってもらえたら

宮田:では最後に、これまでの議論を踏まえた本書の意義や、今後の活用の仕方についてお伺いしたいと思います。


齋藤亮次(さいとう・りょうじ)/公文国際学園中等部・高等部教諭/ブランド分析室。早稲田大学教育総合研究所特別研究員、厚労省公認キャリアコンサルタント。誰もが自分らしく生きていけるために、キャリア教育として社会科教育や探究学習、アントレプレナーシップ教育、進路支援、学校と教師のトランジションなどに取り組む。 自らもジェネレーターとして数々の探究学習や国内外フィールドワークを設計し、生徒と取り組んだ「SDGsを漫画で学べるトイレットペーパー」で日本トイレ大賞2021を受賞。今までに中高生延べ1,000人以上のキャリアを支援し、探究学習とキャリア教育のアップデートに取り組む。『16歳からのライフ・シフト』(東洋経済新報社、編集協力)、共著に『SCHOOL SHIFT』(明治図書)など(画像:未来の先生フォーラム)

木村:齋藤先生は先ほど本書を地図だとおっしゃっていました。私は「攻略本」として、子供たちに提案していきたいと思います。入り口は簡単なのですが、そこから自分自身に落とし込んで考えていかなくてはならない、人生を考えることは深い沼を探究することでもあります。その深い沼へと誘う第一歩になるのではないかと考えています。

齋藤:本書はもちろん生徒たちに手に取ってもらいたいのですが、教える先生の側にも気づきがあると思います。本書を通して自己との対話ができるようになってくる点が、非常におもしろい。私も本書をベースに全6回の授業を実施する予定です。

安居:私は、地図は地図でも、本書は白地図みたいな本だと思っています。本校の生徒には、まずは一通り読んでもらって、引っかかった点や疑問点、気づきなどを拾い上げ、そこから話を膨らませていきたいですね。読む人によってフックになる部分は異なると思うので、それをどう捉えて、どう展開して、教える側はそれをどう活かして生徒にアプローチするか。そこまで考えることのできる本だと思うので、本書は自分色に塗ってもらえたら一番いいと感じています。

宮田:ありがとうございました。


『16歳からのライフ・シフト』の特設サイトはこちら(画像をクリックするとジャンプします)

(宮田 純也 : 一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事)
(木村 裕美 : みらい家庭科ラボ共同代表)
(齋藤 亮次 : 公文国際学園中等部・高等部教諭/ブランド分析室)
(安居 長敏 : ドルトン東京学園中等部・高等部校長)