「頑張る」だけでは良くならないこの時代に、どのような教育が必要なのでしょうか(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)

長寿化と技術革新に伴い、「学ぶ→働く→引退」という3ステージ型人生から、各人各様のオリジナルな人生設計(マルチステージ型人生)への変化が必要となっています。外部環境の変化を見極め、主体的に学び、柔軟に「人生をシフト」していくためには、どのような教育が必要なのでしょうか。

高校生向けに人生100年時代の生き方を紹介した『16歳からのライフ・シフト』の刊行を記念し、本書監修の宮田純也氏(一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事)、編集協力の木村裕美氏(みらい家庭科ラボ共同代表/元都立高校教諭)・齋藤亮次氏(公文国際学園中等部・高等部教諭/ブランド分析室)・安居長敏氏(ドルトン東京学園中等部・高等部校長)を迎え、学校教育における「人生100年時代」を「生きる力」の育み方について議論したフォーラム(「未来の先生フォーラム2023」2023年8月20日開催)の内容を前編と後編の2回に分けて紹介します。

情報革命がもたらした経済社会の変容


宮田純也(以下、宮田):経済のルールが大きく変わっている中で、教育はどうあるべきなのかという問い直しが今、起こっています。明治時代から始まった近代学校教育は、国民国家の形成と富国強兵、工業化社会に即した人材を輩出することを役割として、基本的には国主導で発展していきました。目的が最初から与えられていて、そこに集約させていく形で知識を伝達していく教育が行われてきたのです。

ところが情報革命によって社会は大きく変わりました。情報革命は何をもたらしたかというと、高度情報化社会と知識基盤社会、そして多文化共生社会です。


宮田純也(みやた・なおや)/一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事。早稲田大学高等学院、早稲田大学教育学部教育学科教育学専攻教育学専修卒業、早稲田大学大学院教育学研究科修了(教育学修士)。日本最大級の教育イベント「未来の先生フォーラム」創設や2億7100万円の奨学金設立など、さまざまな教育に関する企画や新規事業を実施。株式会社未来の学校教育 代表取締役などを務める。編著書に『SCHOOL SHIFT』(明治図書出版)。監修に『16歳からのライフ・シフト』(東洋経済新報社)(画像:未来の先生フォーラム)

高度情報化社会では、知識の価値が下がります。知識とは柔軟性、流動性があり、常に拡張し展開可能な資源です。その資源を加工し、価値を持たせて発信していく。工業化社会のように、時間を守り、一斉に働くことが求められているのではなく、知識を柔軟に組み合わせてイノベーションを起こすことが必要不可欠な要件になっているのです。

知識基盤社会というのは、端的に言えば知恵です。「おばあちゃんの知恵」とよくいわれるように、その人の経験や歩み、価値観が大いに反映されます。すると創造性や思考力がより一層求められます。それは自身の人格の発露でもあります。「これはいい」「あれはダメ」などと選択を続けていった結果、オリジナリティが出てくるわけです。

またAIを含め、社会ではコミュニケーションが高速化しています。メールを送ればリアルタイムで相手に届く。しかも自分の仕事を夜、地球の反対側にいるブラジルの人にメールをすれば、朝からその仕事をやってくれます。私たちは徹夜しなくて済むわけです。するとビジネスのアイデアや解決策もどんどん高速化していく。

多文化共生社会とは、LCCを見れば一目瞭然でしょう。かつては金持ちしか海外に行けませんでしたが、今ではどこの国の人も簡単に移動ができます。するとさまざまな文化がもたらされますし、人の往来が活発になれば移住者も出てきます。島国日本も例外ではありません。すると、好むと好まざるとにかかわらず、まったく文化コードを共有しない人とどう関係性を構築していくかが問われます。

アイデンティティの重要性

総じて言えば、私たちは高度な情報の受発信の主体として創意工夫ができる、自らの創造性を発揮しやすくなっているということです。主体とは、すなわちアイデンティティです。さまざまな取り組みを通して知恵を生み出し、インプットとアウトプットを繰り返し、そこに内省が加わることで自身のアイデンティティが強くなっていく。そのことが非常に重要になります。

中央教育審議会の「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」という答申では、次のように述べられています。

「一人一人の児童生徒が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるよう、その資質・能力を育成することが求められている」

「自分のよさや可能性を認識する」とは、まさにアイデンティティです。「多様な人々と協働」というのは、今申し上げた多文化共生社会です。そして社会のルールが変わっていく中で、私たちがそれをどのように認識してどう行動していくか。子供たちにとってもそれは同じことで、気づきは早ければ早いほうがいい。本書『16歳からのライフ・シフト』を世に問うた意義はそこにあると考えています。

人生100年時代を生きるための教育活動の実践

宮田:さて、ここからはパネルディスカッションに移りたいと思います。
今、16歳の子供は半数以上が100歳を超えて生きると予測されています。100年時代に来る大きな変化の1つは、「学ぶ→働く→引退」という一斉行進の3ステージ型の人生からマルチステージ型の人生になるということです。

20歳前後まで教育を受けて就職して、65歳まで働き引退する、というモデルでは立ち行かない。就職した後も育児や起業、副業、ボランティア、自分探し、再教育などを挟みながら働き続ける、多様な選択肢を組み合わせる必要があります。

これからの子供たちが、そうしたマルチステージ型の人生設計ができるようになるにはどのような教育活動の実践が必要でしょうか。パネラーの皆様は本書の出版にもご協力いただき、それぞれに「人生をシフト」もされていますので、まずは自己紹介も兼ねてこの点をお聞かせください。


木村裕美(きむら・ゆみ)/みらい家庭科ラボ共同代表。都立高校の家庭科の教諭として定時制、職業科、改革推進校、進学校、新設校などに勤務。都立高校在職中に、東京都教育委員会設定教科「人間と社会」の研究開発委員、ZKK(全国家庭科教育協会)理事、NHK高校講座「家庭総合」監修者を務め、2022年3月に退職。現在は、早稲田大学にてリーダーシップ教育支援、淑徳大学、立教新座高校にてリーダーシップ教育に関する授業を担当。玉川大学では小学校の教員養成に関わっている。ライフワークとしては、「みらい家庭科ラボ」を立ち上げ、オンラインカフェの運営や、授業に関するコンサルタントを実施し、コミュニティ運営に力を入れている。『16歳からのライフ・シフト』(東洋経済新報社、編集協力)(画像:未来の先生フォーラム)

木村裕美:みらい家庭科ラボの木村裕美と申します。私は都立高校で27年間、家庭科の教師をしていました。都立高校では「人間と社会」という総合的な探究の時間として実施している教科の研究開発にも長く携わっていました。50歳を機に仕事を辞め、今は大学や高校でリーダーシップ教育を行ったり、コーチングを提供したりしています。「教師力」を維持したいので、週に1日、都立高校で家庭科の授業を担当しています。『ライフ・シフト』でいうなら、「ポートフォリオ・ワーカー」のステージです。

家庭科の教科書では、まず「人生を設計する」というところからスタートします。そのうえで、それを生活に落とし込み、技術として学んでいく。

教師人生を通して「人生を考える」ことを子供たちに伝え続けたいと思っていますが、ある高校でこんなことがありました。「人生をトータルで長く考えていこう」と生徒たちに伝えたときに、「先生、それはわかるけど、今じゃない」と。部活動や受験勉強で日々忙しい。まずそれをクリアしてから人生を考えたい。だから「ちょっと待ってくれ」というわけです。  

とはいえ、今から考え続けることが大事なのだと、授業を通して伝えていけたらと考えています。

答えが1つでない時代のキャリア教育とは


齋藤亮次(さいとう・りょうじ)/公文国際学園中等部・高等部教諭/ブランド分析室。早稲田大学教育総合研究所特別研究員、厚労省公認キャリアコンサルタント。誰もが自分らしく生きていけるために、キャリア教育として社会科教育や探究学習、アントレプレナーシップ教育、進路支援、学校と教師のトランジションなどに取り組む。 自らもジェネレーターとして数々の探究学習や国内外フィールドワークを設計し、生徒と取り組んだ「SDGsを漫画で学べるトイレットペーパー」で日本トイレ大賞2021を受賞。今までに中高生延べ1000人以上のキャリアを支援し、探究学習とキャリア教育のアップデートに取り組む。『16歳からのライフ・シフト』(東洋経済新報社、編集協力)、共著に『SCHOOL SHIFT』(明治図書出版)など(画像:未来の先生フォーラム)

齋藤亮次:公文国際学園の齋藤亮次と申します。学校では地理やキャリア教育を担当、今年からはブランド分析室にも所属しています。

2年前に1年間の育休を取得し、その間にリスキリングで国家資格を取得したり、アントレプレナーシップを養成するプログラムに参加したり、小さなシフトをしているところです。

人生がマルチステージ化するとは、やり直しがきき、答えが1つではない時代になっているということだと私は考えています。その中でキャリア教育、進路指導はどうあるべきなのか。

今、私が感じているのは、学んだこと自体の賞味期限は短くなる一方、情動を伴った学びというのはその子にずっと寄り添っていくのではないかということです。

心理学者のチクセントミハイがいうように、何かに没頭するような「フロー状態の学び」をどう設計していくか。教員は子供たちをよく観察しつつ、適度に失敗させ、適度に成功させる。自己効力感を育むような学びが子供たちには必要なのではないかと思っています。

安居長敏:ドルトン東京学園の安居長敏です。1959年生まれですが、私は今年16歳になりました。自分の寿命は80歳くらいだろうと思って、折り返しの40歳のとき翌年は41歳ではなく39歳になろうと決めたんです。そして今、16歳というわけです(笑)。

「生きるためのOSをインストールする場所」


安居長敏(やすい・ながとし)/ドルトン東京学園中等部・高等部校長。大学卒業後、滋賀女子高等学校に赴任し、20年間教鞭をとる。その後、コミュニティFM2局の設立やITオンラインサポート事業を起業。2006年から再び学校現場にもどり学校改革、学校経営に取り組む。校長就任後は「PBL×ICT教育」の新しいスタイルを構築し、学校と企業をつなぐなど、現場でさまざまな活動をアクティブに実践中。現在は学習者中心のドルトンプランを実践したドルトン東京学園中等部・高等部で校長を務める。『16歳からのライフ・シフト』(東洋経済新報社、編集協力)(画像:未来の先生フォーラム)

私は40歳のときに「このまま人生を歩んでいいのか」と20年間勤めた学校を辞め、ラジオ局を開設するなどまったく違う仕事を経験し、昨年からドルトン東京学園の校長をしています。本校は大学入試を目的にはしていません。「生きるためのOSをインストールするための場所だ」と私は常々言っています。

先ほど宮田先生のお話にあったように、工場で効率よく生産するモデルというのは崩壊しています。「ベルトコンベアのように流れ作業をしていれば先に進む、イコール良くなるはず」。確かに私が生きてきた昭和の時代にはそう考えられていました。頑張れば明日はもっと良くなるといった具合です。

しかし今、頑張るだけでは良くなりません。頑張れない人もどう巻き込んで、一緒に良くなっていくか。前に進むことが学びであるという考え方を変えてみる。そうではない考え方もある、それを子供たちに伝えるのが一番大事かと思っています。

いわゆる探究的な学びということです。探究すると、子供たちは悩んだり立ち止まったり、「これはどういうことなんだろう」と後ろを振り返ったりします。そこで出た新たな自分の考えやアイデアを大事にしていく。教職員も子供たちも、まずは前に進むという考え方を転換してみる必要があるのではないでしょうか。

(後編につづく)


『16歳からのライフ・シフト』の特設サイトはこちら(画像をクリックするとジャンプします)

(宮田 純也 : 一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事)
(木村 裕美 : みらい家庭科ラボ共同代表)
(齋藤 亮次 : 公文国際学園中等部・高等部教諭/ブランド分析室)
(安居 長敏 : ドルトン東京学園中等部・高等部校長)