アメリカのX(旧Twitter)への対抗軸としての、中国発SNSの新潮流とは何か。最先端のテックビジネスとその未来について、中国テックビジネスの専門家成嶋祐介氏(写真左)とIT批評家の尾原和啓氏(写真右)が全3回にわたって語ります(成嶋氏写真:本人提供、尾原氏写真:干川修撮影)

中国をはじめとする世界では、日本人の多くが知らない最先端の技術やビジネスが日々生まれている――『GAFAも学ぶ!最先端のテック企業はいま何をしているのか』には、著者の成嶋祐介氏が実際に世界で見聞してきた、知られざる最先端テック企業の事例が、10のキーワードとともに紹介されています。

同書に「衝撃を受けた」と語るのが、『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP)などの書籍で知られるIT批評家の尾原和啓氏。その尾原氏と成嶋氏による「世界のテック企業は社会をどう変えるのか?」をテーマとした対談が実現しました。その内容を、3回にわたってお届けします。1回目の今回は、X(旧Twitter)に代表されるアメリカ発のSNSへの対抗軸としての、中国発SNSの新潮流について取り上げます。

中国で密かに進む「アフターデジタル」の衝撃

尾原:冒頭から率直に言うのですが、僕、この成嶋さんの本を読んでものすごく衝撃を受けたんですよ。今の日本で多くの人に読まれるべきだな、と。


成嶋:本当ですか! ありがとうございます。

尾原:なぜかというと、今、ChatGPTに象徴される生成AIがバズワードになっていますよね。でも、そういった生成AIは結局のところ手段にすぎないので、それだけ眺めていても世の中にどんな変化が起こるかは見えてきません。

より本質的な変化は、そういったデジタルやAI技術の発展を通じて、リアルがすべて「デジタル化」していくということ。スマートフォンを通じて個人の行動がすべてデータ化され、1つのIDによって統合され、ありとあらゆる最適化が起こるということです。


尾原和啓(おばら かずひろ)/1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート(2回)、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレイトディレクション、サイバード、電子金券開発、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。 経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。 現職は14職目。シンガポール、バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリストでもある。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に参加するなど、西海岸文化事情にも詳しい。 著書に『プロセスエコノミー』『モチベーション革命』(幻冬舎) 、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)など

成嶋:その現象を、尾原さんは共著『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP)において、「リアル世界がデジタル世界に包含され、オフラインがなくなる世界」という意味で「アフターデジタル」と呼んでいますね。

尾原:その観点で、この成嶋さんの本に登場する中国テック企業の事例に衝撃を受けたんです。あれだけの人口ボリュームを誇り、かつある種の合理主義が徹底されている中国という国では、ここまでアフターデジタルが進んでいるのかと……。ある意味、GAFA以上に進化している。

その中国テック企業の実態を、成嶋さんならではのユニークな目線で観察していて、なかなか表からだと見えない裏側の仕組みも解説してくれている。そこに驚かされました。

成嶋:ありがとうございます。私も、本書で取り上げている事例について尾原さんの見解をぜひ聞いてみたいと思っていたので、今日の対談を楽しみにしていました。

「レッド」に見るインフルエンサーとフォロワーの信頼関係

尾原:本書で成嶋さんが紹介している事例はどれも面白いのですが……例えばこの「レッド」。

シャオホンスー(小紅書/通称:レッド)

2013年に登場。InstagramのようなSNSに「@cosme」のような口コミサイトとAmazonのようなEC機能をワンストップで内包し、20代、30代の女性を中心に絶大な人気を集めている。

「プチプライス専門」「アイメイク専門」などインフルエンサーのカテゴリーが細分化されており、その専門性と信頼性の高い投稿がフォロワーの心をつかんでいる。

成嶋:レッドは、一見Instagramと似ているのですが、Instagram以上にインフルエンサーがカテゴリーごとにかなり細かく専門分化されている。そして、それぞれのカテゴリーで信頼性の高い情報を発信することでフォロワーの支持を集めています。


レッドではインフルエンサーが専門分化されており、フォロワーの強い支持を集めている。上段左から2番目のインフルエンサーは「爪」が専門(写真:小紅書より引用)

尾原:それによってインフルエンサーとフォロワーの強固なエンゲージメントが構築されているんですね。

成嶋:はい。日本でインフルエンサーというと、一部のトップインフルエンサーがYouTubeやTikTokなど動画サイトで再生回数を稼いだり、企業とのタイアップでマネタイズするのが主流ですよね。

でもレッドではアプリ内にEC機能があり、インフルエンサーが紹介した商品をフォロワーがその場で購入できる。購買の成果に応じてインフルエンサーに手数料がバックされる仕組みもあるので、フォロワー数が数万人のインフルエンサーでも専門領域を生かしてうまく稼ぐことができています。


成嶋祐介(なるしま ゆうすけ)/一般社団深圳市越境EC協会日本支部代表理事。世界の最先端企業1800社とのネットワークを持つ中国テックビジネスのスペシャリスト。中央大学、茨城大学講師などを歴任。 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。株式会社成島代表取締役。2019年から深圳市政府公認の深圳市越境EC協会日本支部の代表理事を勤める。 全世界の中小企業をつなげることを目指し、情報テクノロジー、通販分野にて日本と中国の橋渡しを行い、世界規模のグローバルECの開発に向けて活動をしている

尾原:本書にある、インフルエンサー自身の体験をそのままプランとして販売する事例は面白いですね。

カップルで、あるレストランに行きコースを満喫した後、別室に移動してサプライズでバースデーケーキが出てくる。さらに天井からフラワーシャワーが降ってくる演出もある。

こういった自身の体験談を紹介するだけでなく、「同じような演出をご希望の方のために、そのレストランとコラボしてデートプランを用意してもらいました!」と、そのインフルエンサーのオリジナルプランとして販売できる。

成嶋:ここでももちろん、成約ごとにレストラン側から手数料を受け取れる仕組みになっています。

それだけでなく、フォロワーにとっても憧れのインフルエンサーから一方的に情報を受け取るだけでなく、購入という形で直接「お礼」を返すことができます。そして、インフルエンサーの側も、フォロワーへの期待により応えようと、ますます有益な情報を提供しようとする。そして、フォロワーのロイヤリティもさらに高まっていく……といった双方向のギブ&テイクの好循環がもたらされています。

尾原:そういったインセンティブ設計で裾野を広げていくやり方が、中国のSNSではものすごく上手だと感心します。「とにかくバズらせて人々の注目を引こう」というのではなく、フォロワーとの信頼関係を地道に築きながら“健全”に稼いでいる、という印象を受けます。

「信頼関係」の力で健全に稼げる美容専門SNS

成嶋:尾原さんがおっしゃった「フォロワーとの信頼関係を築きながら“健全”に稼ぐ」という文脈で、もう一つ紹介したいのが「ソーヤング」。美容整形の施術体験をシェアし合う美容医療のプラットフォームです。

ソーヤング(新気)

2013年にサービス開始。美容整形に興味のあるユーザーが、自ら体験した美容整形サービスを紹介・評価し、シェアするコミュニティ型のプラットフォームで、美容整形について同じ不安や悩みを抱えるユーザー同士がつながる場として人気を博している。

美容整形には、「この施術は痛いのかな」「失敗したらどうしよう」といった不安が付きものです。そのユーザーの不安に対して、ソーヤングではユーザーが「実際に体験してきましたよ!」「1週間後の経過はこうです」などと、自らの体験を日記でオープンにシェアしています。

尾原:美容整形は、クリニック側が出す広告への信用度が低く、「広告のコストパフォーマンスが最も低いジャンル」の1つといわれています。それに対して、ユーザー同士の口コミによって信用を担保する仕組みですね。

それにしても、自分の身を削ってまで美容整形の体験を投稿する人なんているのかな、と思いきや、けっこういるんですね。

成嶋:実はここにもインセンティブが発生していて、自分の日記にコメントがついたり、日記経由で申し込みが入るごとに8%前後の手数料が投稿したユーザーに入る仕組みになっています。そうすると、およそ12人成約すれば100万円かかった手術の元が取れ、場合によっては次の手術代まで確保できてしまう。

稼げるうえにみんなの役にも立てるとあって、多くのユーザーが施術の体験談や写真をソーヤングに掲載しています。

尾原:身を削っているからこそ、「痛いこともあったけど、結果いい施術だったよ」といった言葉にリアリティがこもり、「この人の言うことは嘘ではない」という信頼が生まれるのですね。

成嶋:インフルエンサーを自社で囲ってプロモーションを依頼するやり方でなく、そのコストをユーザーにインセンティブの形で還元しながら、信頼性の高い口コミを増やしていくという設計が巧妙です。

Xとは正反対の道を行く中国発のSNS

成嶋:この「レッド」や「ソーヤング」などの事例を観察すると、X(旧Twitter)やFacebookに代表されるアメリカ発のSNSの広がり方と、中国でのそれとの対比が見て取れます。

アメリカ発のSNSは、共感などのポジティブを共有していく「いいね!文化圏」。ポジティブな情報やスキャンダルなどの情報は広がりやすいけど、消費者の不安を代弁するようなネガティブな情報はそもそも投稿しにくい性質があります。

一方、中国発のSNSでは、インフルエンサーが身を削ってでもネガティブな情報を発信し、不安を払拭しようと努めている。そこには、大きく2つの動機があります。一つは、手数料という明確なインセンティブがあること。もう一つは、嘘のない有益な情報を発信することで、そのインフルエンサーの信用が高まることです。

尾原:言い換えると「アテンションエコノミー」と「インテンションエコノミー」の対比ともいえますね。

尾原:ただフォロワーの数を追いかけて注目を喚起する「アテンションエコノミー」では、人の注意を集められるのであれば手段や質を問わない。それこそ今の日本でも社会問題になっているように「回転寿司チェーンで醤油差しを舐めてもいいよね」といった副作用が伴います。

「アテンションエコノミー」の世界は消耗していく

尾原:でも、「レッド」や「ソーヤング」では、インフルエンサーが自身の信用度を高めるために、フォロワーの意図(インテンション)するとおりの買い物が実現できるよう、有益な情報を発信し続ける。その結果、インフルエンサーとフォロワーの長期的で、かつ健全なエンゲージメントが確立される。これが中国で起こっている「インテンションエコノミー」です。

成嶋:Xが導入した広告収益分配プログラムが話題になっていますが、これも結局は「アテンションエコノミー」の一種で、その人にアテンションが集まれば、その脇道に広告を置いておけば儲かるよ、というビジネスモデルですよね。でも、「それをやり続けて消耗しませんか?」というのがそろそろ問われてもいい気がします。

尾原:おっしゃるとおりですね。中国のようにインフルエンサーが自分の好きなものを提案して、そのインフルエンサーから直接商品が買えて、買ったフォロワーも満足する。そのようにユーザーとユーザーが信頼でつながる世界のほうがよほど健全で持続的です。なんでもいいから注目を集めて見たくもない広告を見せられるアテンションエコノミーの世界はどんどん消耗していくのではないでしょうか。

(成嶋 祐介 : 一般社団法人深圳市越境EC協会日本支部代表理事)
(尾原 和啓 : ITエバンジェリスト)