注目のジャクソンホール会議も終了。FRBのパウエル議長(左)も政策運営の難しさを率直に語った(写真:ブルームバーグ)

日米など主要国の株価は、このところ「冷静と過熱のあいだ」をさまよっているようだ。

つまり「冷静な展開」(経済金融などの実態面にふさわしい、株価の正常な下落)が優勢になったかと思えば、今度は「過熱」(根拠が薄く楽観にとらわれた株価の買われすぎ状態)がぶり返す、といった具合だ。

市場の反応はどうしても「いいところ取り」に

先週の動きから、そうした例を見つけ出してみよう。例えばアメリカの株式市場では、23日には当日公表された欧米諸国での8月分のPMI(購買担当者景気指数)が総じて弱かった。だが、この指標は「金利が低下する要因だ」として、株価を持ち上げるよい材料と解釈された。

加えて、同日の引け後に発表を控えていたエヌビディアの決算が好調だとの期待が膨らみ、同社株のみならず、半導体関連株が幅広く買い上げられる展開となった。

しかし、経済指標が悪化すれば、それは金利低下方向に働く要因ではあるが、本来、景気悪化は企業収益の悪化を通じて、株価を押し下げる要因のはずだ。そうした面を無視して、金利低下面ばかりをはやして株価が上振れするのは、「いいところ取り」すぎると言わざるをえない。

また、実際のエヌビディアの2023年5〜7月期決算は純利益が前年同期の9.4倍に急増するなど、確かに好調な内容だった。同社の株価が上昇することについては、何の違和感もない。

しかし、そうした利益増は、AI(人工知能)用の半導体の需要が急増しているからであって、例えば需要が伸び悩んでいる汎用半導体などを製造している企業の株価までツレ高したり、株式市況全般に何となくの楽観を広げたりしたのは、「やりすぎ」だったと解釈できる。

こうした米国株の過熱は、翌日24日の日本株をも押し上げた。ただ、TOPIX(東証株価指数)に比べて日経平均株価の上昇率が高く、値ガサ半導体関連株主導色が強かったといえる。

それでも、幸いなことに、投資家は冷静さを失っていないようだ。24日のアメリカの株式市場では、前日の過熱が寄り付き後しばらくは続いたものの、引けにかけては株価指数の下落が進み、同日のNY(ニューヨーク)ダウ工業株30種平均やナスダック総合指数は1%を超える下落となった。

この株価反落の要因として「24〜26日開催のジャクソンホール会議におけるジェローム・パウエル連銀議長の講演(25日午前10時過ぎ)への警戒感」を挙げた向きがある。だが、本質は23日のはしゃぎすぎが自己崩壊したことだと判断する。

こうしてアメリカ株がいったん冷静さを取り戻したため、翌25日の日本株も正常化の動きを示した。

日本株の「正常化」はまだ続きそうだ

ここで24日のアメリカの株価指数が1%台の前日比下落にとどまったことや、25日のTOPIXが0.9%の下落率であったことに対し、「25日の日経平均が2.1%も下がったのはやりすぎだ」との声もあるだろう。

ただ、それは値ガサ株の反動安という側面があるし、やや長い目で見ると、NT倍率(日経平均÷TOPIX)は6月16日に14.65倍と、最近の最高値をつけていた(8月25日の同倍率は13.95倍まで低下)。

このところのNT倍率の動きを見ると、2021年後半、2022年8月と、14.5倍を少し超えたところでピークをつけてきており、そこから相対的に日経平均がTOPIXに劣後する流れになっているのは自然なことだと判断できる。

日本株全般の流れとしても、これまで当コラムで主張してきたように、7月初までの株価上昇は「ウォーレン・バフェットが日本株に前向きだから買い」「日本企業が低PBR(株価純資産倍率)を脱する構造改革を早急に遂げるから買い」「日本経済がデフレを脱却し、健全なインフレに転じるから買い」といった買いの“口実”を大きく取り上げた買われすぎであった。

そこから正常な水準、すなわち日経平均でいえば、4月以降の買われすぎの前の水準である2万7000円程度に「仕切り直し」する、という予想は変えていない。

投資家別の動向で述べると、上で挙げたような買いの口実を信じてしまった「ツーリスト投資家」が、7月初めまでに日本株を大いに買い上げたと考える。ツーリスト投資家とは、日本を観光目的で訪れる外国人と同様、日本のことをよく知らずに日本株に投資し、長期的に信念を持って日本株を保有し続けるのではなく、何かあればさっさと本国に資金を返しかねない投資家のことだ。

また、そうした買いの動きに先回りして、株価指数先物を買い上げた短期筋も多かっただろう。

一方、年金などの海外長期筋は、決して日本株について悲観的なわけではなく、積極的に売っているわけでもない。ただ、「日本企業が構造改革を行う」「日本経済が健全なインフレに移行する」と言われても、それを直ちに否定はしないが、過去ずっと日本ができなかったことが本当に今回は達成できるのかどうか、じっと観察している、という状況だと聞く。

足元の日本株は「ツーリスト投資家」の売りが目立つ

そして、ろくに日本を理解せずに日本株を大いに買い上げたツーリスト投資家たちは「日本企業の構造改革が遅い」と無理難題の難癖をつけて、足元では日本株を売りに回っているようだ。実際のところ、8月第3週(14〜18日)では、海外投資家は日本株を現物と先物の合計で8351億円売り越した。

4月以降の日本株の上昇局面で見ると、週間でこれまで最大の売り越し幅となったのは8月第1週の3782億円で、それをはるかに凌駕する売り越しだ。

海外投資家からの注文を受ける証券会社のデスクでも、「例年の夏休み期間で、海外投資家からの買い注文が細る時期を過ぎても、今年は買い注文があまり出てこない、夏休みを長くとっているのだろうか」と首をひねる向きが多いと聞く。これは夏休みが長引いているからではなく、浮かれて日本株を買ったツーリスト投資家が、今度は売りに回り続けている、という事態なのだろう。

ということは、ツーリスト投資家がドタバタと買い上げたことによる日本の株高が、今度はツーリスト投資家がドタバタと売り投げることにより下落が続いて仕切り直しとなる、という図式だ。

日本国内の投資家にとっては、そうしてわけのわからない海外筋に振り回される相場については、やり切れない思いとなるだろう。ただ、筆者は過去にも多くの海外投資家から「日本は、経済は先進国かもしれない。だが、株式市場は新興国並みだね。海外投資家が買えば上がるが、売れば下がる。いったい、国内の機関投資家はどこにいるのか」という皮肉を聞いてきた。

もし、日本市場がそうした体たらくであれば、ツーリスト投資家に株価が振り回されても仕方がないだろう。それが不満であれば、日本の投資家がしっかりと日本株を岩盤のように買っていけばよい。「海外投資家が買ってくれないと困る」と泣き言を言っていても、株価は上がらない。

正常化のなかで、短期の株価は今後も大きく変動

こうして日本株はまだ仕切り直し(あるいは正常化)という名の下落基調が続くと見込むが、短期的に株価は大きく上下動を繰り返し、方向感が明確になりにくい状況が続きそうだ。

テクニカル分析においては「今度は売りサインが出た」「いや、それは『ダマシ』で今度は買いサインだ」「いや、やはり売りサインが点灯している」などといった声を聞くが、筆者に言わせれば何十回でもダマシが現れそうだ。

そもそも世界の経済状況をとっても、正確な状況はつかみにくい。前述のジャクソンホール会議では、パウエル議長がそうした不透明感を「われわれは曇り空の下で、星を頼りに航海している」(We are navigating by the stars under cloudy skies)と表現したが、それに沿って、引き締めが行きすぎるリスクと引き締めが足りないリスクの間で金融政策を運営する難しさ(Our task of balancing the risk of tightening monetary policy too much against the risk of tightening too little)をも表明している。

アメリカ経済について、今まで市場は「経済は好調で後退リスクは乏しく、インフレは改善していて金利上昇リスクも乏しい」といいところ取りし、右側の崖(景気後退)と左側の崖(金利上昇)の間には広大な台地が広がっていると、これまで楽観にとらわれてきた。

だが、パウエル議長の発言は、両方の崖の間には綱くらいの幅しかないという事実を突きつけており、米国株は過度の楽観から綱渡りの不安定さへと突き落とされよう。

それが日本株にも影響を及ぼし、向こう数カ月間の流れで株価が調整する中、株価の短期的な上下動が引き起こされる結果となりそうだ。やはり、投資家心理も市場も「冷静と過熱のあいだ」で大きく揺れ動きそうだ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(馬渕 治好 : ブーケ・ド・フルーレット代表、米国CFA協会認定証券アナリスト)