ベンチャー企業にとっては投資負担が非常に重い宇宙開発だが、ispaceは公的資金よりも民間資金の活用にウエートを置く(撮影:梅谷秀司)

4月に宇宙開発のベンチャーとしては初めて東証グロース市場に上場したispace。その少し後の月面着陸失敗後には株価はストップ安になった。1カ月後、失敗の原因が特定され、深刻なものではなかったことがわかると、今度は株価が急上昇した。

リスクが決して低くはない月面探査・輸送を手掛ける会社が株式市場とどう向き合っていくのか。株式市場からの資金調達を重視する理由やどんなアドバンテージがあるのかを、袴田武史CEOに聞いた。

(前編:「宇宙ベンチャー『ispace』が月面着陸で目指すもの」

――金のかかる月面探査・輸送の事業への挑戦は資金繰りが大変でしょうが、民間資金にこだわっています。その理由について教えてください。

まず、大きな方向性としては、(宇宙事業が)民間資本、民間の経済で回るような世界にしていかないといけないと考えている。そうなれば経済合理性が一番問われるようになり、高い付加価値のサービスを適正な価格で提供できる世界になっていく。

政府資金には、コスト削減をするインセンティブがあまりない。それだとインフラは維持できても、非常に高コストな構造になってしまう。また、宇宙関連は、安全保障も色濃い世界だ。政府資金が多く入るとどうしても、そういう要素が非常に強くなる。

政府資金は元をたどれば税金だ。アカウンタビリティ(説明責任)が求められる世の中で、なかなかリスクも取れず、動きにくい。だから国のミッションを見ていると、1つのプログラムに5年から10年くらいかかってしまっている。そのサイクルの中で何かやろうとしても、なかなか物事が前に進んでいかない。

理解と納得のうえで投資してもらう

――上場して株式市場から資金を調達し、これからは公募増資などでさらにお金を集めていくと思います。リスクのある挑戦をする中で、責任の重みは公的資金とどう違いますか。

もちろん民間資金でやるからといって、何でもかんでもリスクを取っていいというわけではない。ただ政府資金との違いでいうと、政府の場合は国民に理解してもらえるようにしなければいけないところを、民間資金ならばご賛同いただける方の資本で実現できるというところが大きな違いだと考えている。

なので、私の立場としても、事業のリスクとリターンをきちんと説明をして理解、納得をしてもらってから投資をしていただく。そのうえで、われわれとしては民間資金をしっかりと活用して、コミットしたことを実現していくことが重要だと思っている。

――宇宙先進国のアメリカでは、NASA(米航空宇宙局)に大きな国家予算がついています。

私の理解では、NASAはやはり高コスト構造になってしまっている。たしかに莫大な予算を持っているが、1つ1つのプログラムが相当高コストになってきていて、その結果、いろいろなことができなくなってきてしまっている。

外側(民間企業)を見れば結構新しい技術があって、宇宙技術も実はもうこなれてきているので、いまNASAがやっていることも、別にNASAがやらなくてもできるようになってきている。なので、外側にマーケットをつくって、NASAが欲しいサービスは外から安く提供してもらう環境をつくったほうがいいのではないか、という方向に、徐々に考え方が変わってきているように見える。

アメリカ2社は取引に制約がある

――月面輸送の事業でispaceと競合する、アメリカの民間企業のアストロボティック・テクノロジーやインテュイティブ・マシーンズには、NASAからのお金が多く入っています。

その2社はNASAの契約を主体に事業をしている。NASAは税金でやっているので、「地元のアメリカにお金を落としてほしい」「事業をアメリカでやってくれ」という国内からの要望がどうしても強くなる。

加えて、アメリカの場合は輸出規制も厳しいので、なかなか海外の企業や国と取引するのが難しい状況にある。そうなると、グローバルでの案件をなかなか取れなくなる。

それに対し、われわれはグローバルに事業ができる。アメリカ向けの着陸船のシリーズもやっているが、アメリカ製品をあまり使わない着陸船も開発している。そういう部分でも、日本を含むアメリカ以外の国の政府の案件は取りやすい。そこが彼らとの一番の違いだろう。

アメリカ国外だと今、実は(月面輸送を手掛ける)他のプレイヤーがいないので、アメリカ以外の政府や企業はispaceに頼らざるをえなくなる。

――日本にはJAXA(宇宙航空研究開発機構)がありますが、これまではJAXA法の縛りで民間企業への出資が難しい状況にあります。ただ、政府がその状況を変えるために、JAXA法を近く改正する検討をしていることが一部で報じられています。

まず、JAXA法での出資に関して、われわれには直接はそんなに関係ないかなという風に思っている。一方で、おそらくその流れの1つとしてJAXA基金などができ、それを使ってサービス調達とかができるようになっていくのではないかと思う。そこがわれわれにとっては本質的に非常に重要なところだ。

将来的には民間の資本で回るような世界をつくっていくべきと話したが、足元ではまだ政府の需要が大きく、そこを(宇宙関連の企業が成長していくための)トリガーにしていく必要がある。

その時に重要なのは、政府の資金の出し方を変えること。今までの政府資金は、宇宙産業の技術開発に対して補助金のような形で、研究開発予算として出している。それを、今後は政府調達、サービス調達として、政府が輸送などをサービスとして買っていくという考え方にシフトすることが必要だと思っている。


はかまだ・たけし/1979年生まれ。名古屋大学工学部卒、米ジョージア工科大大学院で航空宇宙修士号取得。外資系コンサルで経営を学んだ後、2010年より民間月面探査レースに参加する日本チーム「HAKUTO」を率いた。2013年に運営母体を組織変更してispaceを設立しCEOに就任(撮影:梅谷秀司)

政府のお金は呼び水として重要だ

――そうすることで何がどう変わりますか。

これまではJAXAが技術開発の予算として出ているので、JAXAなどが「こういうミッションをやりたいのでこういう宇宙船をつくりたい」「こういうロケットをつくりたい」というところまで固めて、それを三菱重工業などに発注していた。そのため、技術開発は基本的にJAXA側が責任をもって全部やってきた。

これからは、そうではなくて、JAXAとしてはこういうミッションをしたいので、ここからここにこういう機器を輸送してほしい、というサービスを調達していく形にすればいい。そして、そのサービスを実現するためにどういう機体にするかといった技術面などは、企業側が責任をもって考えるようにしていく必要がある。

そうなれば、企業側もつくったサービス、プロダクトをJAXAにも売れるし、他のところにも売れるので、ROI(投資収益率)を高めていくことができる。政府が初期のお客さんになってくれれば、他のお客さんも付きやすくなる。政府のお金はそのための呼び水にしていく使い方にすることが、重要なポイントなのではないかと思う。

(前編:「宇宙ベンチャー『ispace』が月面着陸で目指すもの」)

(奥田 貫 : 東洋経済 記者)