ispaceはミッション1での挑戦で、月面着陸の成功まであと1歩のところまで迫った。確かな手応えを得た袴田武史CEO(中央)は、2024、2025年に予定するミッション2、3の両方に失敗することは「考えづらい」と話す(記者撮影)

4月26日未明、成功すれば民間企業では初だった月面着陸(ミッション1)に挑んだのが今年4月12日に東証グロース市場に上場した宇宙ベンチャーのispace(アイスペース)。あと1歩のところで失敗したが、来年に予定する2回目(ミッション2)は成功させる自信を見せている。

月面着陸の達成は近づいているようだが、ではその先の競争はどうなるのか。ispaceが手掛ける月面探査・輸送事業では何が勝負のカギになるのかについて、袴田武史CEOに直撃した。(後編:「ispaceが宇宙事業挑戦で民間資金にこだわる訳」)

――5月26日に開いたミッション1の分析結果の報告会見では、肝心のハードウェアにはまったく問題がなかったことを明かし、次回への自信を示したと株式市場では受け取られました。

ミッション1では非常に大きなことを成し遂げられた。月面着陸こそできなかったが、着陸体制に入って、着陸姿勢を垂直に制御して、ほぼ速度がゼロのところまでコントロールもできた。ハードウェア的には大きな問題がないことは検証できている。

失敗の原因は(月面からの高度を測定する)ソフトウェア側の課題だということは明確で、それを改善すれば着陸を成功させる可能性は高まってくる。100%とまでは申し上げられないが、非常に自信を持っている。成功への最後のあと一歩というところは簡単なものではないが、しっかり物事を進めていけば十分達成できる範囲にいると考えている。

未知だからこそ説明が重要

――自信はあるにしても、株式市場からの期待が高まった分、次回がうまくいかなかった時の反動は大きなものになります。結果分析をどこまで詳細かつポジティブに発表するかについて、迷いはなかったですか。

それはなかった。やはり事実をしっかりとお伝えすることが重要だと思っている。確かに、次回でうまくいかないリスクがゼロではないこともまた事実だ。ミッション1では着陸の寸前までいったが、これをもう1回やることもそれなりに大変で、(1回1回で環境条件が違うという)宇宙開発特有のリスクというものが存在する。

ただ、われわれはもうすでに1回挑戦しているので、どういったことをやればいいのかはよく理解しているつもりだ。2回目は、1回目のミッションとは成功確率の点では違う状況にあると思っている。

また、そもそも宇宙産業は、多くの人にとっては未知のもの。よくわからないことは、それだけでリスクが高いと思われてしまいがちだ。その点も踏まえ、われわれからは状況や事実をしっかりと説明し、なるべく情報開示をしていくということが、非常に重要だと考えている。

――ミッション1の分析結果の公表から3カ月経ちました。外部からの評価はいかがですか。例えば、2025年に打ち上げを予定するミッション3の月面輸送の顧客開拓の状況は。

その辺りについて、今はあまり明確には申し上げられないところが多い。ただ、結果分析については会見の前後に日本だけでなく世界中で、お客様や各国政府にも個別にご説明をした。基本的には、非常にポジティブに受け止めていただいている。われわれの能力を次に向けて示すことが十分にできたのではないかと思っている。

ミッション1の月面着陸の失敗が、外部からの評価でとてもネガティブになる状況があったとすれば、それは原因がよくわからず、解決策もわからなかった場合だろう。幸いにしてわれわれはそのような状況にはない。

これから取るべき対策は明確で、残るはタッチダウンのところだけだ。その事実については、外部からは理解や評価をしっかりとしていただいていると感じている。

先頭集団にいることは必須

――競合であるアメリカのアストロボティック・テクノロジーやインテュイティブ・マシーンズも年内に月面着陸にトライします。袴田さんは5月の会見で「1番にはこだわらないが、他社から3、4年遅れると厳しい。先頭集団にいるのが大事」とコメントしました。その意図は何でしょうか。

もしこちらがなかなか月面着陸を成功できず、その間に他のプレイヤーが着陸に成功し、その後も毎年、1回から複数回、着陸成功を重ねて実績を積んでいくとする。そうなると、宇宙事業では実績を持っているほうが強いので、お客さんが全部、向こうに流れてしまう。

お客さんの立場からすれば、まだ成功していないところにリスクを取って月面輸送を頼むより、すでに実績があるところに頼みたいと考えるのは自然だろう。

月面着陸の成功で3、4年ぐらい遅れてしまうと明確に差がついてしまい追いつけなくなる。ただし、1年ぐらいの遅れなら、そんなに大きな差はない。宇宙事業では1年はほぼ誤差の範囲で、まだまだキャッチアップできる。だから、1番に達成する必要は必ずしもないが、何年も遅れるわけにはいかないと考えている。


はかまだ・たけし/1979年生まれ。名古屋大学工学部卒、米ジョージア工科大大学院で航空宇宙修士号取得。外資系コンサルで経営を学んだ後、2010年より民間月面探査レースに参加する日本チーム「HAKUTO」を率いた。2013年に運営母体を組織変更してispaceを設立しCEOに就任(撮影:梅谷秀司)

――その裏返しで考えると、今後、ispaceが月面着陸に早期に成功し、その後も実績を重ねていけば、後発者に対してかなり有利に立てるとお考えですか。

そういう風に思っている。新しく月面着陸船を開発しようとすれば5年ぐらいかかる。その5年のうちに先行者が1年に2回、計10回着陸を成功させていれば、お客さんは状況をブレークする新しい機能やサービスでもない限り、そちらを選ぶだろう。

宇宙事業の場合にはそういった先行者利益というのは非常に強いと思っている。先行したほうがルールを形成することもできるので、その部分でも先行者メリットがある。ある程度、先行することができれば、非常に有利な、強い状況になれると思う。

課題を超える技術力が差になる

――どこが民間企業として1番乗りになるにせよ、月面着陸の成功というのは、もう目前にあります。それでは、その後の競争のポイントはどこになりますか。

まずはやはり、信頼性、着陸の成功率だろう。確実に毎回着陸できるかが一番に問われてくる。

さらにその先にあるのが、サービスの充実化だ。例えば、月面の中でも地形が複雑な場所により正確に着陸できる能力を持てるかどうか。この業界では「ピンポイント着陸」という言葉で言われるが、大体、目的地から100メートルぐらいの範囲の精度で、狙った場所に着陸するという技術というものが求められてくる。

これから、月面で水探査などをしていくためには、南極の複雑な地形のところにも降りていく必要がある。そういうニーズが高いので、精度の高い着陸をいかに早く実現できるかも非常に大事になる。

もう1つが「夜を越える」こと。月の夜は日が陰ると、マイナス150度くらいになる。リチウムイオンの液体電池では凍って使えなくなってしまうので、これまでは夜を越えることができていない。

今はわれわれも昼間だけなので、2週間ぐらいしかミッションの期間がとれない。もし、夜を越えることができるようになれば、論理的には活動を継続してできるのでミッションを長くできる。こうした課題を技術的にいかにクリアしていくのかが非常に重要で、しっかり取り組んでいきたい。

(後編:「ispaceが宇宙事業挑戦で民間資金にこだわる訳」)

(奥田 貫 : 東洋経済 記者)