2023年6月にロシア政府に対し武装反乱を起こしたプリゴジン氏。反乱はわずか24時間で収束し、8月23日には「墜落死」していたことが報じられました(写真・AFP=時事)

2023年6月、民間軍事会社「ワグネル」を率いるプリゴジン氏が、ロシア政府に対し武装反乱を起こしました。内戦発生かと世界が見守るなか、反乱はわずか24時間で収束。そして8月23日には、「墜落死」していたことが報じられました。

彼はなぜ反乱を起こしたのか。そして、「墜落死」に至った背景とは? 本稿では池上彰さんの『知らないと恥をかく世界の大問題14 大衝突の時代』から一部抜粋・加筆してお届けします。

2023年8月23日、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」を率いるエフゲニー・プリゴジンの乗ったプライベートジェット機が墜落し、プリゴジンの死亡が確認されました。「やっぱり」と思った人が多かったことでしょう。墜落の真相は確定していませんが、この墜落の背後にプーチン大統領の影が見えます。

同年6月23日、プリゴジンはロシア政府に対し武装反乱を起こしました。内戦に陥るのではないかと世界が固唾を飲んでその行方を見守っていましたが、反乱は24時間で収束。いったい何があったのか。

実は、激戦の最前線で戦果をあげてきたのは、ロシア正規軍よりワグネルでした。正規軍を率いるセルゲイ・ショイグ国防相やワレリー・ゲラシモフ参謀総長にとって、存在感を強めるプリゴジンは目障りな存在。彼らは、ワグネルを解体させたくて武器弾薬を絞っていた可能性があります。結果的に多くの戦闘員を失うこととなったプリゴジンは、敵意をむき出しに。プリゴジンの反乱は、「俺とショイグ、どっちを選ぶのか?」というプーチン大統領への抗議行動(求愛行動)のように見えました。

結果、プーチン大統領はショイグ国防相もゲラシモフ参謀総長も留任させた一方、「プリゴジンの乱」以降、プリゴジンについては、「いずれ粛清されるだろう」との見方が広がっていたのです。

そもそも民間軍事会社「ワグネル」とは?

戦争が長期化する中、ロシアは兵器や砲弾が不足。アメリカが、「ロシアは北朝鮮から砲弾を大量に輸入しようとしている」と指摘すると、北朝鮮もロシアもそれを否定しました。

北朝鮮にしてみれば、「ロシアという国家に売っているんじゃない、ワグネルという民間の会社に売るんだ」ということでしょう。

ワグネルとは、民間の軍事会社です。今回ロシア軍が苦戦を強いられたことから、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の雇い兵がウクライナ東部に投入されていると、イギリス国防省が2022年3月28日に発表しました。

民間軍事会社とは日本では聞きなれないですね。2003年にアメリカがイラクを攻撃したときには、アメリカ軍とは別の「ハリバートン」という民間軍事会社が、アメリカ軍に食料や燃料を供給していました。アメリカにも存在するのです。

ハリバートンは、ジョージ・W・ブッシュ(息子のブッシュ)のもとで副大統領だったディック・チェイニーがCEOを務める会社で、イラク戦争で大儲けをしました。ちなみにアメリカやイギリスの民間軍事会社は戦闘には加わりません。高度なガードマン会社であるとともに、軍事用品などを補給する会社です。しかし、ロシアのワグネルが違うのは、実際に兵士として戦闘に加わっていることです。給料をもらって戦闘に参加する私兵組織。

ところが、小泉悠氏の『現代ロシアの軍事戦略』によると、ロシアでは民間軍事会社は法律で認められていないのだそうです。つまり、法律で認められていないから法律に違反する組織は存在しない、という理屈になるようです。プーチン大統領はワグネルに、戦闘のアウトソーシング(外注)をしていたわけです。それが今回の反乱の結果、ロシア国内では解体させられることに。戦闘員はベラルーシで活動を継続していくとみられていました。

「ワグネル」はあの音楽家のロシア語読み

ちなみに「ワグネル」という名前は、ドイツのヒトラーがこよなく愛した作曲家リヒャルト・ワーグナーのロシア語読みです。

もともとワグネルを創設したのは元スペツナズの将校です。「スペツナズ」といえば、軍事に関心が高い人なら知っているはず、旧ソ連軍の特殊部隊です。高度な訓練を受け、いざというときには戦地に送り込まれてあらゆる任務を遂行すると恐れられていた部隊です。その将校だった人物が、スペツナズを辞めて民間軍事会社をつくりました。

この人が実はヒトラーを尊敬していて、ヒトラーが好きだったワーグナーを会社の名前にしたというのです。

さらに、このワグネルに多額の資金を出資して大きく育て上げた人がいます。それが「大統領の料理長」と呼ばれた実業家のエフゲニー・プリゴジン。今回の武装蜂起の中心人物です。

彼はプーチン大統領と同じレニングラード(現サンクトペテルブルク)の出身。過去には数々の犯罪で9年間刑務所暮らしをし、刑務所を出てから高級レストランを経営するようになり大成功を収めました。ロシアに国賓がやってくると、レストランでその人たちに豪華な食事を提供するので、「大統領の料理長」と呼ばれているのだそうです(『ハイブリッド戦争』廣瀬陽子著より)。

民間軍事会社を使う側の最も大きなメリットは、人件費の節約です。正規軍の兵士には退役後の年金も含め、多額の費用がかかります。雇い兵なら高い報酬を約束しても、全体としては安上がりです。たとえ戦場で死んでも自己責任、国が責任を負うことはありません。国家は関知しないというわけです。

だから本当は北朝鮮から砲弾を買っていても、買っているのはあくまで民間の会社ワグネルであり、「我が国は関知していない」と言い張れます。

ロシアに対して大量に砲弾を売って外貨を稼いでいるとされる北朝鮮。2023年7月23日には、ロシアのショイグ国防相が、国防省としては23年ぶりに北朝鮮入りしました。ウクライナでの戦いに敗北しないため、武器弾薬の協力を依頼しに行ったとみられます。

北朝鮮はもともとソ連から輸入した武器を使っていましたから、ロシア軍が使うものとまったく同じ砲弾や大砲、戦車を大量につくることが可能です。プリゴジンは、国防省がワグネルへの弾薬の供給を怠っていると非難し、対立してきました。

アフリカでもワグネルが悪行三昧

激戦地で戦果をあげると、ワグネルを英雄視するような人も出てきます。ウクライナでロシア正規軍の苦戦が伝えられると、プリゴジンが、ロシア国内の刑務所を回って「志願兵になって任務を終えれば無罪放免になる」とリクルートしている動画がネットに流出しています。

前線に投入された受刑者たちは悲惨です。ワグネルはウクライナ軍の陣地に向けて彼らを突撃させ、ウクライナ軍に砲撃させることでウクライナ軍の潜伏場所を突き止め、そこをロシア軍が砲撃する。つまり受刑者たちはウクライナ軍の在りかを突き止めるエサにされているのです。

人間を人間だと思っていない。ロシアが「ならず者国家」なら、ワグネルは「ならず者集団」です。

ワグネルは、中東やアフリカ諸国の内戦にも介入しています。

シリア内戦ではバッシャール・ハーフィズ・アル=アサド政権を支援しました。ワグネルの兵士が大勢シリアに入り、アサド政権の先兵となって反体制派を激しく弾圧。民間人を拷問にかけて虐殺するなど、彼らの悪行が報じられました。

その後、ワグネルという会社は、シリアの石油採掘権、販売権を獲得しています。

スーダンでは、ダイヤモンド鉱山での警備を請け負っています。その見返りにダイヤモンド鉱山の採掘権を手に入れているのです。中央アフリカでは政府に雇われ、反政府勢力を弾圧しています。

いわば「三角関係のもつれ」

最近では、アフリカのマリでの関与が明らかになりました。マリは宗主国がフランスですから、親フランスの国でした。そのマリでイスラム過激派が台頭し、国軍と激しい戦闘を繰り広げていました。フランスも軍事介入し、マリ軍を支援してきました。


そのマリで軍部がクーデターを起こし実権を握ると、親フランス政権から親ロシア政権に変わりました。軍事政権が金を払ってワグネルを雇い入れたのです。

フランスのメディアによると、民間人が大量に殺されたといわれています。

アフリカ利権で莫大な収入を得ていたワグネル。

今回は、ワグネルと近い関係にあったとされるロシア空軍のセルゲイ・スロビキン総司令官も解任されています。武装反乱を起こしたプリゴジンは、ショイグらロシアの官僚の無能さを直訴し、プーチンの自分への“愛”を確かめようとしました。

プリゴジンの乱は、プリゴジン、プーチン、ショイグの「三角関係のもつれ」と考えると、わかりやすいかもしれません。そして、プリゴジンが敗北したのです。

(池上 彰 : ジャーナリスト)