開業記念のパレードとともに走る芳賀・宇都宮LRTの発車式特別列車(記者撮影)

全国で初めて全線を新設するLRT(次世代型路面電車)として、計画時から注目を集めてきた栃木県宇都宮市・芳賀町の「芳賀・宇都宮LRT」。国内で75年ぶりとなる新しい路面電車が8月26日、ついに開業した。

同LRTは、JR宇都宮駅東口から市東部の清原工業団地などを経て、芳賀・高根沢工業団地(芳賀町)までの約14.6kmを結ぶ。車両の愛称は「ライトライン」。雷が多い宇都宮周辺の呼び名であるという「雷都(らいと)」から名付けられ、シンボルカラーは雷の稲光をイメージした黄色だ。

初乗り客でにぎわった開業日

起点の宇都宮駅東口では発車式を開催。午前11時40分前、抽選で選ばれた子どもたちや関係者らを乗せた特別列車は流線形の黄色い車体を輝かせて出発し、付近の道路上では地元の高校吹奏楽部やプロのダンサーらによるパレードの隊列と並走、お祝いムードを盛り上げた。一般客向けの営業運転は午後3時に始まり、停留場周辺は「初乗り」を目指す人々でごった返した。


開業記念イベントや「初乗り」の人々でにぎわった宇都宮駅東口の停留場=2023年8月26日(記者撮影)

運行開始直後に乗車した市内在住の40代女性は「音も静かですごく乗り心地がよかった」。現在は宇都宮駅近くから清原工業団地まで車で1時間近くかけて通勤しているといい、「LRTなら30分程度で着くので便利かな」と期待を示した。

芳賀・宇都宮LRTは、インフラを市と町が整備・保有し、列車運行などは第三セクターの「宇都宮ライトレール」が担う公設型上下分離方式で運営する。停留場(駅)は起終点を含め19カ所。全線の所要時間は約50分で、ピーク時8分間隔、そのほかの時間帯は12分間隔で運行する。一部の駅は列車の追い抜きが可能で快速の運転にも対応するが、当面は各駅停車のみだ。

列車は宇都宮駅東口を出発すると、駅前から延びる「鬼怒通り」(県道64号)の中央にある軌道を走って東へと向かう。路線のハイライトといえる、全長643mの「鬼怒川橋梁」を渡ると、内陸型工業団地としては国内最大規模という清原工業団地内を通って芳賀町へ。終点は同町の芳賀・高根沢工業団地内に位置する。全線14.6kmのうち、路面を走るのは約9.4km。鬼怒川橋梁やその前後の区間、交通量の多い交差点を通過する高架区間などの約5kmは専用区間を走る。

車両は国内の路面電車では最大級の、3車体をつないだ全長約29.5mの「HU300形」を17編成そろえた。床面が低く段差なしで乗り降りできる低床車両で、このタイプの車両としては車体幅も国内最大の2.65mだ。片側4カ所ずつのドアにはすべて運賃支払い用のICカードリーダーを備えており、交通系ICカード利用者はどのドアからでも乗降できる。


宇都宮駅東口を出発したHU300形。国内の路面電車では最大級の3車体連接車両だ=2023年8月26日(記者撮影)

構想30年、度重なる開業延期

LRT構想の始まりは30年前にさかのぼる。課題となっていたのは、宇都宮市東部の工業団地へ向かう道路の深刻な渋滞だ。栃木県と市は「新たな交通システム」の検討を進め、2003年に発表した報告書でLRTが最適であるとの方針を示した。


パレードのダンサーたちに見送られながら交差点を走る記念列車=2023年8月26日(記者撮影)

その後、宇都宮市は2008年に将来の人口減少・少子高齢化などを踏まえた街づくりの方針として「ネットワーク型コンパクトシティ(NCC)形成ビジョン」を打ち出し、この中でLRTは市の東西をつなぐ基幹交通に位置づけられ、新たな交通機関という枠を越えた「まちづくりの軸」という色彩を強めた。2013年3月にはLRTの導入を明記した「東西基幹公共交通の実現に向けた基本方針」を策定、同年には芳賀町とともに事業化に向けた検討を開始した。

着工したのは2018年。当初は2022年3月開業の予定だったが、用地買収などの遅れから翌2023年春に延期、さらに一部区間の工事の遅れで8月にずれこんだ。


かつて宇都宮駅東口に立っていた2022年開業を告知する看板=2018年9月(記者撮影)

圧倒的な車社会である宇都宮で初となる路面電車の導入は、批判の声にもさらされてきた。2013年に計画が具体化すると、市民団体がLRT導入の是非を問う住民投票実施に向けた署名活動を実施。これは翌2014年の市議会で否決されたものの、2016年の市長選ではLRT計画を推進してきた現職の佐藤栄一市長と、反対派の対立候補との票差が約6000票の「辛勝」となるなど、その後もLRT計画は市政の争点となった。

また、費用の増大も批判を招いた。2021年1月、市は約458億円だった概算事業費が、地盤改良や豪雨対策の強化などを理由に約684億円(宇都宮市・芳賀町分合算)に増えると発表。費用増そのものもさることながら、LRTの是非が再び争点の1つとなった前年11月の市長選から約2カ月後という公表のタイミングが議論を呼んだ。


工事中の宇都宮駅東口停留場=2022年6月(記者撮影)

市は運営収支について、需要が定着した開業4年目の時点で年間約1.5億円の黒字、9年で累積損失の解消を見込む。需要予測は平日1日当たり約1万6300人だが、これは2016年に策定した数値だ。

コロナ禍によるテレワークの普及などで鉄道の通勤定期利用が全国的に減少する中、需要が予想を下回れば経営計画にも影響が及ぶ。佐藤市長は開業日の記者会見で「1万6000人という数値は達成できるようにしていかなくてはならない。在宅勤務が増えたとされるが、工業団地の話を聞くとほとんどが出勤を求めているといい、会社の声を聞いて利用しやすい環境をつくっていきたい」と述べた。

「街の軸」として効果発揮できるか

一方、LRTの効果は鉄道単体での採算性だけでは図れないのも事実だ。関東信越国税局が7月に発表した栃木県の路線価(1月1日時点)は、LRTの起点となる宇都宮市宮みらい(宇都宮駅東口駅前ロータリー)が4年連続で最高となり、開業後の活性化への期待感が地価上昇につながっているといえる。


宇都宮駅東口を発車した営業1番列車=2023年8月26日15時00分(記者撮影)

沿線の住宅にも注目が集まっているようだ。開業日に定期券売り場に並んでいた、5月に市内に転居したという30代男性は「JRを利用して通勤するので駅のそばに住もうと思ったが、不動産業者がLRTができると教えてくれたので少し離れた場所にした」と話し、LRT開業による利便性向上への期待が住居選びの決め手になったと語った。

不動産情報サービス「LIFULL(ライフル)」の調査によると、LRT沿線賃貸物件の平均賃料(2023年4月)は6万7626円、ほかの町域は5万8100円だ。新築物件の2020年10月〜2023年4月にかけての平均賃料も、LRT沿線が31.9%上昇したのに対し、その他の町域は19.6%で、沿線の物件の人気が高まっているとみられる。

企業立地や人口の増加が進めば税収増につながり、さらにLRT周辺に人口が集中するようになれば、インフラ維持のコストを抑え「コンパクトシティ」の効果が発揮できるようになる。


車と並走する芳賀・宇都宮ライトレールの電車=2023年8月26日(記者撮影)

開業式典で佐藤市長は「今後はLRTを最大限に活用し、全国の地方都市のモデルとなるよう、50年先、100年先も持続的に発展できる街づくりに取り組む」と述べた。LRTが新たな交通機関として注目を集める中、日本初の全線新設路線として開業した芳賀・宇都宮LRT。その成否は、今後日本にLRTという交通、街づくりのシステムが根付くかどうかを占う試金石となる。


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(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)