ブリティッシュコロンビア州ウエストケロウナのマクドガル・クリークで発生した山火事は、瞬く間に広がり、湖沿いの住宅を焼き払った(写真:Darryl Dyck/CP/ABACAPRESS.COM/時事通信)

自然豊かなカナダ。日本ではあまり知られていないが、実は例年、夏になると多くの山火事が発生する、“山火事大国”ともいえる。とくに温暖化の影響によって山火事の発生件数は年々増加傾向にあるが、とりわけ今年の夏は件数、規模ともに異例な状況となっている。

州史上最悪レベルの山火事が発生

オーロラで知られるカナダ北西部のノースウェスト準州のイエローナイフでは、近郊で発生していた火災が拡大し、街の付近に到達した。これを受け、8月18日夕方の時点で約1万9000人の住民が避難したと見られる。

その2日前、8月16日にはカナダ西部のブリティッシュ・コロンビア州ケロウナで、州史上最悪レベルの山火事が発生。住民はもとより世界中に衝撃を与えている。

なぜここまで未曽有の災害となっているのか。現在(8月23日時点)の状況はどうなのか。ケロウナの状況について、海外書き人クラブの現地在住ライターがリポートする。

まず、山火事の状況を述べる前に、そもそもケロウナがどのような街であるか説明する。

ケロウナは、太平洋側の玄関口バンクーバーから車で5時間ほど、飛行機で1時間ほどの内陸部にあるブリティッシュ・コロンビア州第3位の規模を持つ街だ。

琵琶湖の約2倍の面積を有するオカナガン湖を挟んだ東側がケロウナ、西側がウエストケロウナと呼ばれ、市の主要部は東側に集中している。

湖の静けさに加え、湖沿いに点在する砂浜のビーチ(湖の砂浜)や芝生の公園の景観がリゾート地を思わせることから、ケロウナは“カナダのハワイ”とも称され、ベストシーズンである夏になると、世界中から大勢の観光客が押し寄せる。

自然豊かな地形から、年間を通してキャンプやサイクリングなどのアウトドアアクティビティが盛んであり、街のいたるところでサイクリストやハイカーに出くわすのが日常の光景だ。

また、チェリーや桃、リンゴ、ラズベリーといったくだものの産地としても知られ、果樹園やワイナリー巡りも観光の目玉として人気が高い。

筆者の家からも煙が確認できた

そんなトップシーズン真っ只中に起こった今回の山火事。

筆者の自宅から山火事発生現場までは10キロほど。火災の状況こそ目視できなかったが、煙が立ち昇り広がっていく様子ははっきりと確認できた。


発生直後の様子。山からは煙が立ち上っている。現場から10キロほど離れた筆者の自宅から撮影。煙は瞬く間に広がり、空を埋め尽くした。ここまで間近で山火事に直面したことはなかったため、不安がよぎった(写真:筆者撮影)

改めて山火事発生の経緯を整理してみたい。

ウエストケロウナで山火事が発生したのは、8月17日正午過ぎ。

強風の影響から、発生直後は64ヘクタール程度だった焼失面積は、24時間で約100倍の6800ヘクタールにまで拡大。午後には同市とその周辺の都市にブリティッシュ・コロンビア州デイビッド・イービー州首相は非常事態宣言を出し、「警戒を怠らず、地元当局の情報に耳を傾け、避難指示に従うように」と呼びかけた。

強風はその後も収まらず、同日夜には火の粉が東西の長さ5キロにもおよぶオカナガン湖を越え、対岸のケロウナ市街にまで到達した。

それまで対岸の火事だとばかり考えていたが、湖を挟んだこちら側が燃えているという状況に、一瞬頭が真っ白になった。筆者(と日本人の夫)は車を持っておらず、2人とも英語が堪能とは言えない。万が一の際はいったいどうすればいいのか、という不安が襲い眠れない夜を過ごした。

インターネットで情報を追っていると、まさに火の海となったウエストケロウナの状況が目に飛び込んで来る。ウエストケロウナの人口は約3万5000人。日本人の知人も何人か住んでおり、先日ビーチパーティーで集まったばかりだった。彼らは無事なのか? 心配で頭がいっぱいになる。

8月18日には、ウエストケロウナの大部分とケロウナの北部、計1万5000世帯に避難命令が下る。幸い、筆者の住むエリアは避難を免れた。このときイービー州首相は、「州史上最悪の山火事シーズンに直面している」とコメント、緊迫した状況であることを説明した。

食料や飲料水を求めて住民が殺到

この日、筆者は朝から仕事(スーパーのベーカリー)だったが、午後には多くの人が食料品や飲料水を求めて殺到しており、非日常感が漂っていた。


筆者が勤務しているスーパー。商品の買い占めを懸念した人々がレジに押し寄せている(写真:筆者撮影)


翌朝5時に出勤すると、棚の商品はほぼ無くなっていた。この状況は、新型コロナで緊急事態宣言が出たときに近い(写真:筆者撮影)

8月19日、避難命令は3万世帯に拡大し、このほかに3万6000世帯に避難勧告が出され、対象者は各エリアに設けられた避難センターや、避難を免れた知人宅に避難した。

同州のボウイン・マー危機管理担当相はカナダ全土の国民に向けて、「山火事発生地域への不要不急の目的での渡航、宿泊施設の利用を9月4日まで制限する」ことを公表。これは避難者や消防隊員の拠点確保のため、ということである。

山火事が発生してから3日目の8月20日、ジャスティン・トルドー首相が軍に出動を命じる。


煙で一面真っ白になった空。周辺には煙の臭いが充満し、マスクをつけ始める人も増えた(写真:筆者撮影)

8月21日、消防に軍も加わって行われた懸命な消火活動により、避難区域の拡大は食い止められたが、いまだ鎮火の目処は立っていない。

8月22日もなお鎮火には至らなかった。ただ、山火事は最悪の状況を免れ、新たな避難指示などは出ていない。うっすらと青空が見えるようになり、火災の臭いもほぼなくなりつつある。

現場ではまだ炎が上がっている

8月23日の明け方。ケロウナでは念願の雨。雨は留まっていたスモッグを一掃し、6日ぶりに新鮮な大気が戻った。ケロウナ市民がこれほどまでに雨と青空を所望したことはないだろう。

ケロウナはほぼ日常を取り戻したが、ウエストケロウナの山火事発生現場、マクドガル・クリークではいまだ炎が上がっている。同日の午前零時には、ウエストケロウナ、レイクカントリーなどの一部エリアを除き渡航規制も解除された。

CBC(カナダ放送協会)の発表によると、8月23日現在の焼失面積は、ウエストケロウナ1万2270ヘクタール、ケロウナ790ヘクタール、ケロウナの北に位置するレイクカントリーでは370ヘクタールとなっている。

ウエストケロウナは市のおよそ北半分が被害を受けた。

続いて、山火事の原因と未曽有の災害に至った背景についてみていきたい。

そもそもカナダの夏は乾燥しているため、山火事が発生しやすい。ケロウナの夏の気候は例年28℃ぐらいで、比較的過ごしやすい街だが、ここ数年は30℃超えが当たり前となっている。とくに乾燥した晴天、35℃前後の高温状態が続いていた。

山火事の原因についてカナダ気象庁は、晴天が続いたことによる乾燥と、ヒートウェーブ(熱波)によるものと報じている。

火災発生時の8月17日は、最近ではまれに見る強風であったことも、山火事がここまで急速に拡大した要因だ。同僚の多くが「まさか火の粉が湖を飛び越えて来るなんて、誰が予想できた?」と話していたが、まさに「対岸の火事」ではすまない惨事である。

現在の被害状況は、8月23日現在、焼失または損傷を受けた住宅は200件近くにのぼる見込みだ。不幸中の幸いは、州からの迅速な避難命令などもあり、今のところ死者は確認されていない、ということだろう。ただし、ケガ人や行方不明者については公表されていない。


シーズン中のダウンタウンが山火事の影響でゴーストタウン化している(写真:筆者の友人撮影)

20年前の同じ日に大規模な山火事

実はケロウナは、ちょうど今から20年前の2003年8月16日にも山火事に見舞われている。そのときは3万3000世帯に避難勧告が出され、250キロ平米の森林と、240件近くの住宅が焼失するという、今回よりも規模の大きな火災だったようだ。

このときの被害総額は約200万ドル(当時の日本円では約1億6500万円相当。1ドル=82.8円で計算)ともいわれ、つい先日、20周年の記念セレモニーが行われたばかりだった。そんな矢先に発生したのが、今回の山火事だった。

カナダでは山火事は当然のこととして受け入れられており、夏の風物詩のように捉えている節がある。日本人にとっての地震のようなものなのかもしれない。しかし、今回の大規模な山火事は人々に衝撃と悲しみをもたらした。完全な復旧までにはどのくらいの月日を要するのだろうか。

一方、規模が大きい割に死者が出ていないのは、州や国の迅速かつ的確な対応の賜物であろう。避難区域の頻繁なアップデート、および避難命令は明瞭だった。また、早い段階で被災地域への渡航禁止令を発表したことも、観光でケロウナを訪れようとしている人々への適切な注意喚起となった。被害を受けた人たちの心境を思うと胸が張り裂けそうになるが、状況に応じた政府の対応には感心させられた。

ケロウナは洗練された街並みが自然にうまく溶け込んだ美しい街だ。1日でも早く本来の美しいケロウナが帰ってくるように、と願わずにはいられない。

(村山 葵 : カナダ在住ライター)