大阪ミナミの戎橋のグリコ下には多くの観光客や若者が集まる(筆者撮影)

大阪ミナミの「グリ下」。虐待や不登校などによって家や学校に居場所のない20歳前後の若者たちが集まる場所だ。彼らはトラブルに巻き込まれるケースもあるという。いまこうした若者とつながろうと、大阪ミナミのど真ん中で居場所づくりをするNPOがある。

7月の大阪ミナミは酷暑にもかかわらず国内外からの観光客があふれていた。道頓堀の撮影スポット戎橋では、「グリコ」の看板前で若者たちが笑顔いっぱいに写真撮影をしている。一方グリコの看板下の遊歩道、いわゆる「グリ下」は人気がまばらだった。

「あそこは改修工事されて、座れる場所がなくなったんです。監視カメラもつきましたね」

そう語るのは大阪のNPO法人「D×P(ディーピー)」の今井紀明理事長だ。今井さんはこれまでも貧困や孤立で生きづらさを抱える全国の若者たちに、食糧支援やオンラインとリアルによる「つながりの場」を提供してきた。

家や学校にいられない若者たち

D×Pは「グリ下」で去年から週1回テントを出して、20歳前後の若者たちに食事を提供したり、話す場を作ってきた。今では平日に40人程度の若者が集まり、スタッフがさまざまな相談事を受けている。そして次に今井さんたちが「より若者が安心できるセーフティーネットを」と思い立ったのが「ユースセンター」の設立だ。


D×Pは昨年から「グリ下」にテントを出している

今井さんは「ここに集まるのは基本的に家や学校などにいられない若者たち」と話す。「個別相談スペースもあり、家族や性被害について相談を受けたりします。面談の後、病院に同行することもあります」と続ける。

広く告知していないにもかかわらず、これまでテントでの活動で出会った若者や、その友達など毎回40人ぐらい来るという。社会福祉士などの資格を持つスタッフが6人以上で対応している。

七夕の際には、集まった若者の間で「イベントをしよう」という話になった。ユースセンターに駐在するスタッフの1人、野津岳史さんはこう語る。

「ふだんセンターは夕方からオープンするが、朝10時ぐらいに皆が集まって、一緒に買い出しに行きました。昼に帰ってきてお米を炊いて、具材を切って。皆で一緒にちらし寿司を食べて、短冊も作りました」

ユースセンターに集まるのは、大阪府内だけでなく兵庫や奈良など府外からも多いという。

「彼らの中には親から暴言や暴力を受け続けたり、虐待されたり、経済的搾取、つまり親に給料をほとんど取られ、家に帰ることができない子がいます。複数でホテル暮らしをしている若者もいます。女性の場合はスタッフが病院に同行すると、妊娠しているケースもあります」(今井さん)

安心して活動できる場所が必要

今井さんは、これまでかかわった若者に食事を作って一緒に食べてきた。彼らはともに食事をしていると「もう一回学校行きたいかも」と言うことがあるという。


大阪のNPO法人「D×P(ディーピー)」の今井紀明理事長。これまでも全国の若者たちに「つながりの場」を提供してきた(筆者撮影)

「何回か経験したが、こういう空間で一緒に何か作業している時にポツンと『俺、実はこういうことやってみたいんだよね』とか、『私、やっぱ高校卒業したいわ』と言ってくるんです。一般的にユースセンターってわかりづらいが、彼らにとってこれからの未来を一緒に考える場所なのかな」(今井さん)

家でも学校でもない居場所こそが、彼らにとって自分と向き合える場となるのだ。今井さんは、ユースセンターを作った理由をこう語る。

「彼らはいろんな話をしたいし、音楽が好きだったりする。でもテントだけだと個別相談をしたり、一緒に音楽をやったりできない。家に居場所がなかったり精神的な問題を抱えている若者もいるので、一緒にご飯を作って食べたりする家庭的な体験や、自分の趣味ができる文化的な経験、安心して活動できる場所が必要だなと思った。複合的にできる場所は、ヨーロッパにあるようなユースセンターだなと思い作りました」

たとえばスウェーデンでは全土に1500ものユースセンターがあり、子どもや若者たちが集まるという。カフェや食事をつくれるキッチン、映画を観たり運動ができる場所、ステージなど音楽ができる場所もある。

グリ下から徒歩数分ほどのビルにあるセンターには、それぞれが思い思いにくつろげるスペースがある。階段状のスペースは、若者が路上でゆるくつながれる場所をイメージして作った。


ユースセンター内部には階段状になったスペースもあり、漫画やぬいぐるみなどが置かれている

キッチンや一緒に食べるテーブルもあるほか、部屋にはラップやヒップホップが流れ、ゲームや楽器、漫画やぬいぐるみも置かれている。若者がSNSサイトに投稿するための動画を制作するスペースもある。ユースセンターは毎週2日間開けている。

一方、こうした若者たちへの行政の支援はいまどうなっているのか?今井さんは「中高生ぐらいだと学校側がケアするが、卒業後に困ったことがあると自分から行政機関に行く必要がある。行政の対応で嫌な経験をしてきている子もいるので、行政に行かず支援につながらない」と問題視する。

スタッフたちが「生活保護の手続きを一緒にしようか」と誘っても、制度を使いたくないと拒否されたりするという。「その壁を乗り超えて、もう一度生活を立て直すのを私たちがサポートしているんです」(今井さん)。

8割が「自分の将来に不安を感じる」

D×Pでは若者たちに向けてLINEを使ったオンライン相談「ユキサキチャット」を行っている。現在の登録者数は1万1000人を超え、スタッフ10人以上で対応に当たっている。

食糧支援については、今年すでに2万9580食を341人に届けた(2023年7月末現在)。発送食数は昨年比で1.9倍となった。こうした経費のほとんどが寄付で賄われているほか、ユースセンターも助成金と寄付で運営されている。運営費用は人件費含めて年間で約6000万円以上かかる。

D×Pが今年、ユキサキチャットの利用者を対象にアンケートを行ったところ(10代から20代の131名が回答)、「自分の将来に不安を感じますか?」の問いに8割弱が「感じる」と回答、「少し感じる」を合わすと9割以上が将来に不安を感じていることがわかった。中でも多かったのが経済面とジェンダーギャップに対する不安だ。

また「日本は自分が努力すれば報われる社会だと思いますか」の問いには「あまりそう思わない」「まったくそう思わない」で6割以上となった。多くの若者が、生きづらさを感じながら生きている現実が見えてくる。

今後ユースセンターでは営業日を増やしていくつもりだ。「家や学校から逃げてきた彼らが、自分たちで『グリ下』に集まって居場所を作り盛り上げる。その能力は本当にすごいと思う。彼らはこれからいろんな経験をしたら、自分自身が知らないような才能や社会でできることがきっとある。僕らはユースセンターの中で、地域の方も巻き込みながら、これからもサポートしていきたいなと思っています」(今井さん)

夜の街はトラブルと背中合わせだ。「グリ下」を若者のセーフティネットーにしない。そのためにD×Pのような活動を、近隣のみならず行政も一丸となって支えることが必要だ。

(鈴木 款 : 教育アナリスト)