「おじさん用語」ではないものの、若者に伝わらなくなっている言葉のひとつに「キセル(乗車)」があるようです。鉄道での不正乗車の意味ですが、なぜこのように呼ばれるようになったのでしょうか。

「両端だけ(お)金」という構造ゆえ

 職場の上司とのやり取りで、いわゆる「おじさん用語」が若者には伝わらないといったことが、SNSなどでたびたび話題になります。同様に、かつてはしばしば耳にしていたものの、令和になったいまは通じにくくなっている言葉に「キセル(乗車)」が挙げられます。
 
「キセル」――これは喫煙具の「煙管(きせる)」を指しており、現代では使っている人を見かけることはほぼありません。転じて「キセル」は鉄道における不正乗車を意味する言葉となるのですが、なぜでしょうか。それは煙管の構造にありました。


駅の改札のイメージ(画像:ぱくたそ)。

 煙管は細い棒状で内部が空洞になっており、棒の一端にある「雁首(がんくび)」に刻みたばこを詰めて火をつけ、もう一端の「吸い口」から煙を吸います。両端にある雁首と吸い口には金属が、そのあいだの「羅宇(らう)」と呼ばれる部分には竹など金属以外の素材が使われていましたが、この「金/竹/金」がポイントでした。

 前述の通り不正乗車全般を指して「キセル」といわれるものの、もともとは「中間の運賃だけを払わない」ことを指していました。乗車時と降車時の両端だけきっぷ代を払い、そのあいだは無賃というわけです。この「両端だけ(お)金」という構造が、「両端だけ金属製」という煙管に似ているため、「キセル(乗車)」という言葉が生まれました。

新幹線でキセル乗車、男性ら書類送検

 記憶に新しいところでは2021年1月、アイドルファンの男性が品川駅の改札を入場券で通過して東海道新幹線に乗車、名古屋駅へ向かい、そこで別の男性が名古屋駅の入場券を手渡し同駅の改札を通過、出場という事案がありました。品川〜名古屋間の運賃や料金を払っておらず、紛れもない犯罪行為であり、男性らは鉄道営業法違反容疑で書類送検されています。

 ちなみに不正乗車に対しては、鉄道営業法や鉄道運輸規程により、鉄道会社はその区間の運賃に加え、2倍以内の増運賃を請求することができます(合計で3倍以内の金額。特急料金なども含む)。悪質な場合には、さらに建造物侵入容疑などを受けるケースもあるようです。

 さて「キセル(乗車)」という言葉が誕生した時期ですが、明治時代の京都鉄道(現:JR山陰本線)社員だった山内覚成氏が1925(大正14)年4月に発行した追想録に、「煙管乗り」という項目があります。山内氏は「不正乗客といふ者は、浜の真砂と同様……紳士にでも、宗教家にでも、教育家にでも……昔も今も盡(つ)きる時はない」と語っており、「煙管」が不正乗車の代名詞として100年近く使われてきたことがうかがえます。

 現代では、例えば空いているからといって指定券を持たずに有料座席列車を利用するといった行為も見られますが、広義では「キセル乗車」に当たります。サービスの対価を支払うというのは、言うまでもなく当たり前のことなのです。